05


 誰かと眠るのは、嫌いではない。
(……ま、そんなこと高杉には絶対に言わないけどね)
 間近で眠る美丈夫の寝顔を、起きてすぐ見るのも慣れてきた。この美丈夫は当たり前だが高杉のことで、高杉の寝顔はカッコいいより美人系だと思う。顔面偏差値が高すぎてエグい。高杉なだけに。
 身長はそんなに高くなくて、もう少しで越せそうだけど言ったら怒られるので絶対に言わない。美人は怒らせたり凄むと迫力が増して怖いし、高杉の場合はそれにプラスして口を開くと暴言が飛び出してくるから要注意だ。自分も口が悪い自覚はあるけど、高杉に勝てた試しはない。──眺めている分には眼福なんですけどね。
 寝起きのいい銀時とは違い、高杉は寝起きも悪ければ寝入りも悪い。
 高杉の睡眠時間は短くショートスリーパーというやつらしいが、どうやら入眠しにくい睡眠障害があるっぽくて。眠る前に酒を飲まないと眠れないとかで睡眠前の飲酒は当たり前、睡眠薬っぽい薬を飲むこともあった。
 最近は銀時を抱き枕にするとよく眠れるらしく、薬も寝酒する回数も少なくなってきている。もっと減らしていきたい。
 しかし問題点もある。──前述した通り、銀時は高杉と一緒に眠ることになってしまうのだ。
 銀時とて思春期の高校生、他人である高杉としょっちゅう共に眠るのは如何なものだと思ってはいる。……そう、思ってはいるし、何回も言っているのだけれども。

「……高杉、そろそろ一緒に眠るのやめない?」
「なンで」
「やっぱり、おかしいよ。男同士だし、」
「兄弟だから、変じゃねェだろ」
「変だってば!」
「ハイハイ。今日は撮影ないから、講義終わったら迎えに行くかァ?」
「……え、イラナイ」
「あァ? オニイサマのお迎えを断るたァ、いい度胸だな。銀時ィ」
「ひくっ……、」

 高杉の反撃が強力すぎて、銀時では太刀打ちできない。
 心配を掛けた担任の志村に相談するような内容でもなく、銀時のことを心配して一時帰国した松陽に愚痴ったら、「……へぇ、楽しそうですね」って、にっこり笑顔で言われた。笑顔なのに目は笑っていなくて泣きそうになったんですけど。
 ちなみに松陽は俺が高杉の家に養子入りしたのを知らされておらず、帰国直後にブチ切れていた。俺も初耳だったので高杉に詰め寄ったら、それが最善の策だったと返されたんだよね、意味わからん。何が最善だっちゅーの。松陽は納得していたけど、俺はまだ納得してないから!
 他には高杉のマネージャーである万斉に告げ口もとい相談したこともある。高杉の快眠のためとはいえ抱き枕よろしく抱き付かれて一緒に眠るのはツラい、と。ふむふむ何か考えだしたグラサンは恭しく手を合わせ、無言で銀時を拝みだした。万斉曰く、睡眠不足が続くと高杉は荒れて手が付けられなくなるらしい。最近ないのは銀時殿のお陰だと泣いて礼を言われた。すべてが解せぬ。
 白夜叉、と役名で呼ばれていたのは名前に直させた。年下だから呼び捨てでも良かったのに、恐れ多いと殿呼びだ。なんのこっちゃ。高杉の仕事に影響がなければ、なんだって構わないので承諾した。
 銀時だって、高杉の睡眠の質が良くなっているのなら二、三日に一回ぐらいの頻度で添い寝してやってもいいと思うし、事前に相談があったら養子縁組のことは断らなかったかもしれない……、いや、確かに個人の問題なので八割ぐらい断っていたとは思うけれども。
 騙すように養子縁組され、高杉のベッドでずっと一緒に寝ているのだ、文句の一つ二つ言っていいだろう。──高杉が銀時に好き勝手触れてきたり、抱き付くと離してくれないのが苦手なだけで、寝具自体はとても快適だ。
 以前まで銀時が眠っていた寝具といえば、煎餅布団もびっくりの薄い敷布団とこれまた薄い掛け布団で。冬場はそれに毛布をプラスするけど硬いし冷たい、快眠できるとは言い難い寝床だった。今敷かれている、ふわふわ反発の強いマットレスは最高だし、高杉がいるので寒いと思ったことはない。

「──…ん、しょ、っと、」

 銀時に絡み付く高杉の腕を解く。高杉を起こさないよう、細心の注意をしなければならない。
もし起こしてしまったら、銀時的に大惨事が起こってしまう。

「ひゃ……ッ!?」

 今日もあえなく失敗してしまった。銀時がせっかく解いた腕は、再び銀時の腰やら腕をがっちり掴んでいる。このままだと布団というか高杉の腕の中に引き込まれ、脱出すらできなくなってしまう。それだけは避けたい。
 がっしりとした胸板を叩き、もぞもぞ動いて高杉の腕から抜け出そうと銀時も足掻く。

「起きて! たかすぎ!」
「…………銀時、かァ……」
「はい、そうです。離してクダサイ」
「……」
「無言で寝入るのやめて! 朝ごはん作るから離してってば!」
「…………」
「味噌汁の具はわかめと豆腐ね、りょうかい」

 高杉を適当にあしらい、なんとかベッドを脱出する。ぼそぼそ呟いたのは、きっと味噌汁の具だろう。豆腐しか聞こえなかったけど。文句があるならコーヒーに豆腐を浮かべてやる。
 銀時が来る前の高杉一人暮らし時代は朝食なんて食べず、コーヒーと煙草だけの不健康な生活だったらしい。夜はコーヒーが酒に変わるだけ。いいところに住んでいるのに不健康すぎる。今は銀時の作る食事が美味しいと出せば残さず食べてくれるので、健康的な生活に近付いていると信じたい。
 生活に必要なものは同居を始めてすぐに買い揃えてくれた。壊れた携帯電話はもちろん、二人分の食器や炊飯器などの調理家電、部屋着や学生服などの服や、教科書なども全部。担任に相談して先輩が残していった古い教科書を使わせてもらおうと思っていたのに。金持ちって怖いね。高校三年生だから学生服なんて一年も着ないのにさ。しかも服は学生服も含めてサイズぴったり。どこで測ったんだよ、怖すぎる。
 金持ちが怖いのはこれだけじゃない。進学を諦めて就職を希望していたんだけど、高杉と同じ大学に進学したらどうかと言われたんだ。そりゃ今回の件でたくさん世話になった担任のしんぱっちゃんがやってる教師って仕事に興味があるけどさ、お金も掛かるし四年も通うから決めかねている。
 前までの漠然とした将来の夢は、高杉と一緒の舞台に立ちたい、というもので。この場合の舞台は端役とかじゃなく主役級のやつだから、俳優を目指していたけれど。今は触れようと思えば触れられる距離に高杉がいるので、ちょっと将来の夢としては希薄になっている。
 高杉とは義兄弟とかじゃなく対等でいたいので、早く自立したい。いっぱい稼いで、高杉に迷惑掛けてしまった分を恩返ししたいんだ。もっと甘えろ、って高杉には言われてるけどね。
 ──稼ぐ、といえば。高杉と一緒に住むことになって、学校が遠くなった。通えなくはないけど、今までしていた新聞配達やコンビニのバイト先も遠くなり、泣く泣くバイトは辞めた。その代わりじゃないけど、食費とおこづかい込みで月五万円をもらうことになった。……これは、多いよね? 余ったお金は俺の好きにしていいって言われても、使いにくい。
 新たにバイトを探そうとしたら、高杉に猛反対された。危ないし、足りないなら倍出すと万札をバラ撒いた高杉はぶん殴った。万札を撒くって非常識だし、危ないって何が危ないんだよ、意味わからん。
 だからか知らないけど、高杉のマネージャーである万斉君の手伝いをするって誰得なバイトを紹介された。手伝いといっても高杉の荷物を持って撮影に付いて行くだけのちょー楽なやつ。高杉が機嫌よくて仕事が捗ると万斉君は喜んでいた。ほんと意味わからんバイトすぎる。

「また高杉のマネージャー手伝いしよっか?」
「ダメだ。来ンな」
「俺、なんか失敗した?」
「てめーは愛想を振り撒きすぎだ。不愛想にしてろ」
「……なんて?」

 強制的に出禁にされたのは納得してない。高杉と一緒にいると、納得できない不条理なことが多すぎる。てか、高杉が横暴すぎるだろ。こんなダメな大人になっちゃダメ、絶対。
 顔を洗って、洗濯機を回し、身支度を整える。これまた買ってもらったばかりで新品の、青いエプロンを装着して朝食作りと弁当作りを並行して進めていると、珍しく起こしていないのに高杉が起きてきた。ちなみにエプロンは高杉用のがもう一つ、色違いのお揃いであるけど、着用しているのを見たことはない。

「高杉、眠いなら眠ってれば? ちゃんと起こすよ?」
「……うるせェ、」
「コーヒーでも飲む?」
「…………」

 ぼけーっと目の開いていない高杉のためにインスタントのコーヒーを淹れる。猫舌なので、少し冷めるまで飲もうとしないけど。氷を入れるのは邪道なんだってさ。
 最近の高杉は仕事で忙しいらしく、朝は起きてこないし夜は銀時が寝入ってからの帰宅が多い。だから起きてる高杉と会話できるのは嬉しいけど、……こう、改まって対面すると、話題が出てこなくてモヤモヤする。
 料理中の自分をじーっと見られるのも、視線が気になって集中できなくなるから恥ずかしい。なにか話題、話題を出さないと。

「あ、」
「……どうした?」
「高杉のおかーさん、地方での撮影終わって昨日から戻ってきてるんだって」
「初耳だぞ。本当かァ?」
「ほんとだって! お土産あるから取りにおいで、って」
「勝手に銀時に連絡するなって、釘刺しとく」
「……どうゆうこと?」

 なんとか絞り出した話題で会話をしつつ、高杉の朝食と自分の弁当の準備を終える。高杉の朝食は言われたとおり、わかめと豆腐の味噌汁と漬物、白米というシンプルな朝食だ。銀時の朝食は作りながらささっと食べた。弁当は夕食の残りと急いで作った激甘な卵焼きと白米を詰めてある。炊き立ての白米は正義。
 高杉と暮らすようになって、銀時の通学時間が倍以上になってしまったから早く出ないといけないのだ。のんびりしていられない。
 回し終えた洗濯物を干して、弁当を鞄に入れれば準備は完了だ。
 朝食という囮も用意したので、あとは高杉に見つからないよう、こっそり出掛けるだけだったのだが。眠気が覚めて覚醒した高杉は、とても勘がいい。

「──ほら、銀時」

 うきうき、という言葉が合いそうなほど高杉は浮かれている。ファンが見たらイメージを壊さないで!と怒り出すレベルだ。銀時だって、こんな高杉は見たくないし関わりたくない。
 関わり合いたくないけど、無視したらもっと面倒なことになるのは何度も経験済みで。しかしそれでも最後の抵抗を試みる。

「……もう、やめない?」
「なンで」
「こんなことやってる義兄弟いないよ」
「余所は余所、ウチはうち」

 高杉の腕が、銀時の腰に絡まる。──逃さない、と暗に言われているようで、むず痒い。
 ここまできたら諦めの境地だ。銀時も腹を括った。
 だって、これが終わらないと高杉が離してくれないので永遠に学校へ行けないのだ。諦めというか、無の境地。
 ちゅ、っと高杉の頬に、触れるか触れない程度のキスをすると、銀時は勢いよく家を飛び出す。……恥ずかしい、恥ずかしすぎる。最近すれ違っていたので、やっていなかったとはいえ、これ必要? 絶対にいらないよね

「高杉の! ばぁーーあぁか!!」

 早朝のタワーマンションに、銀時の叫びが虚しく響いていた。
 嗤いを噛み殺せなかった高杉は、冷えた味噌汁を飲みつつ嗤う。銀時の味噌汁はいつ飲んでも美味しい。いつでも嫁に来れるな。
 高杉が銀時へ味噌汁ばかり作らせている理由を、銀時は考えたことがあるだろうか。
 明日はどんな具の味噌汁を作らせようかと、味噌汁を飲み干して椀を流しへと置いた。



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