04


 冷蔵庫を漁ったが、お茶なんて上等な物はなかった。
 仕方ないのでミネラルウォーターのペットボトルを三本用意した。自分は高級志向ではないので蛇口の水で充分だ。コップを探していたら、後ろから陶器のコップとインスタントの味噌汁の素、そして待望の弁当を高杉から渡された。
 陶器のコップに味噌汁の素を入れ、奇跡的にあったティファールのポットでお湯を沸かす。この家にはまともな調理家電だけじゃなく食器も少ない。なんとかガラスのコップを見つけたが、これは酒を飲むグラスっぽい。飲料用にしては小さすぎる。
 他にコップはないかと探しつつ弁当を見てみれば、袋の中には弁当が二つ入っていた。中身は生姜焼き弁当と唐揚げ弁当で、まだ温かい。

「おべんとう……」
「食べたいなら両方やる」
「二個も食べれないし、どっちにしよう……」

 高校男児なので、肉は好物だ。
 どちらも好きだからこそ悩んでしまう。デザートの甘味がないのは減点だが、弁当のチョイスは満点にしてやってもいい。そりゃ焼き魚やフライ、煮付けだって好きだけど、やっぱり肉しか勝たん。

「生姜焼きちょっとあげるから、唐揚げ一個と交換しない?」
「……好きにしろ」
「やった、どれにしよっかな……」

 じーっと唐揚げの大きさを検分していると、高杉が目頭を押さえて上を向いている。眠いのかな? ──唐揚げは四個、大きすぎるのは貰うと悪いけど、小さいのは小さいので一口食べて終わっちゃいそうだから中間の大きさがいいんだけど。似たような大きさで、唐揚げを選ぶのも楽じゃない。

「……これ、いい?」
「一番大きいの持ってけよ」
「高杉に悪いし、これがいい」

 唐揚げのあった場所に生姜焼きを入れ替え、沸かした湯でインスタント味噌汁を作って銀時の夕食は完成した。高杉は弁当を受け取るも今は食べる気がないのか、弁当はキッチンに置いたままペットボトルを四本だけ持ってカウンターキッチンの向こう、二人が座って待つリビングへと向かう。

「久しいな、銀時」
「……どちらさまでしょう? 俺、会ったことある?」
「松陽先生の手伝いをしていたから、何度か会っているぞ」

 そんなことを言われても、役に入っている間の銀時は現実の感覚が鈍くなる。こんな長髪の美丈夫、会ったら忘れそうにないのに。たぶん舞台上では会ったことがない。あるなら銀時が舞台に立っていたとき、──高杉と演った、散りゆく花に祈りをのどこかでだろう。
 銀時は家庭の事情でメディアへの露出は極端に少なかった。それでも、昔は子役として多数出演しており、独特の感性で演じる銀時には未だにコアなファンが多い。最近ではもっぱら舞台裏での手伝いが多く、高杉と一緒に舞台に出演したのはイレギュラーで、松陽に頼まれて仕方なくだった。
 そう、主演の高杉が相手役を気に入らずに出演拒否をしたため、舞台演出の松陽が遠縁の銀時に白羽の矢を立てたのだ。そのとき銀時が舞台出演の条件にしたのはただ一つ、銀時の素性には一切触れないことだけ。これは逆に秘匿の話題性で注目が集まり、高杉は銀時の演技を大層気に入ったりで公演は大成功だった。
 銀時は高杉に何度も連絡先を聞かれたが、絶対に教えず今に至る。教えなかったというか、中学生の銀時は個人の携帯電話を所持していなかったので教えたくても教えられなかった。
 ──…今更、高杉が銀時に執着する意味が解らない。

「散りゆく花のどっかにいた……?」
「ほう? 思い出したのか」
「いや、全然」

 味噌汁をずっとぐるぐるかき混ぜながら考えるも、全く思い出せない。
 思い出そうと弁当を食べずに考え込む銀時に、高杉が助け舟を出す。

「ヅラは司法修習生で、万斉は俺のマネージャーだ」

 早く食え、と弁当を差し出され、銀時は上の空で食べ始める。高杉の隣にちゃっかり座れて安心しているのと、入浴して体が温まったのもあり、お腹は減っているものの眠気がすごい。銀時の瞼は重く、微睡んでいる。
 しかし高杉の説明は、説明のようで説明じゃない。
 だからどうしてここに二人がいて、銀時を誘拐し、これから何をしたいのか銀時には一切解らないままだ。

「俺を誘拐した理由とか、時系列順にちゃんと説明してほしいんですけど」
「誘拐じゃねェ。身柄を確保しただけだ」
「本人の意志が伴ってなければ誘拐なの!」

 一理ある、とヅラが閃いた顔をしてる。一理だけじゃないからね、二理も三理もあるから!
 高杉の演技は迫真で、鬼気迫る迫力があるのに細部にこだわって役になりきる様は凄いと思うけど、人間的には生活能力ないし破綻してるんだよなぁ。
 高杉と桂は二人で顔を見合わせると、桂が話し始めた。

「松陽先生から連絡があったのが始まりだ」
「松陽から?」
「ふむ。銀時と連絡が取れない、……と」
「……あー、」

 松陽が海外公演の仕事で出国したのは一ヵ月ほど前だ。
 ほとんど一人暮らしのような銀時の生活は特に変化なく、穏やかに過ぎていた。──…あの男達が強襲してくるまでは。
 家に突然、借金取りがやって来たのだ。身に覚えのない借金の返済を迫られ、返せないなら体で返せと、男である銀時にお決まりのテンプレートのセリフを投げつけた。どうやって返済させようとしているのか解らない、だって銀時は男だから。臓器を売られるか、どっかの船に乗せられて強制労働させられるのだろうか、そのわりに男達は銀時の体をベタベタ執拗に触ってきて気持ち悪かった。
 銀時は複数の男達に囲まれ、車でどこかへ連れていかれそうになり、隙を見てなんとかその身一つだけで命からがら逃げ出した。
 持ち出せたものはなく、教科書や制服だって家に置いたままだし、身分証明にもなる学生証やマイナンバーカードだってどうなったか解らない。家に帰りたかったが男達が張っているかも、と思ったら帰れず、学校へも行けず、しかも所持金は心許なくて。松陽が帰国予定の日までギリギリの逃げ隠れをする日々が始まった。ちなみに携帯電話は逃げる時に落っことして壊れた。電話帳は開けたが、通話ボタンを押しても反応はなかったので通話は不可だ。
 国際電話は通話代がヤバイと聞いていたので、やっと見つけた公衆電話で高校へ電話して、迷惑を掛けないよう退学したい旨を担任に伝えた。担任は納得していないようだったが、こうなっては仕方ないじゃないか。泣きそうになりながら、松陽が帰ってくるまでの辛抱だと自分に言い聞かせて必死に今日まで堪えてきた。

「松陽先生は追加公演が決まって、帰国は一ヵ月先になったぞ」
「えっ!? どうゆうこと??」
「だから連絡したのに銀時が出ない、とこっちに連絡があってな」
「松陽、帰ってこないの……?」

 しゅんと、目に見えて落ち込む銀時の頭を高杉がぽんぽん撫でる。……これは、食事をしながら話す内容ではないかもしれない。話題が暗すぎる。早く食べてしまおうと焦って箸を動かせば、ゆっくり食べろと高杉が言う。ゆっくり味わって食べたいのは山々だけど、そんな場合ではない。
 もしかすると高杉は誘拐犯ではなく、事情を知って借金取りから銀時を守ろうとしてくれていたのだろうか。まだ、すべて信用することは出来ないが、あの男達よりかは安全っぽい。
 のろのろと食べ進める銀時に気遣うよう、高杉たちは無言になった。桂は持っていた鞄から書類を出し、何か準備をしている。銀時に関係があるらしく、ボールペンだけじゃなくなぜか坂田という印鑑や朱肉も用意されており、それらと書類がずらりとテーブルに並べられていく。
 弁当を食べ終わって味噌汁を啜り終えたら弁当の容器と味噌汁の入っていたコップは高杉に取り上げられた。もっと食べるか、ともう一つの弁当も渡されたが、さすがにもう食べられそうにないのでそのまま高杉に返す。
 ミネラルウォーターを飲んで銀時が落ち着くと、再び会話が始まる。

「松陽先生は帰れないから、俺とヅラで銀時の捜索を始めたンだ」
「正確には銀時の保護を高杉が、身辺調査を俺が受け持つことになった。これは調査結果を口外しないという書類と、銀時の許可なく公にしないという書類だ」

 ここに署名してくれ、と大量の書類を渡された。
 銀時の素性はメディアに公開していないとはいえ、こんなにも書類が必要になるのだろうか。ゆっくり検分したかったが、まだまだ追加で書類を手渡される。

「学校に電話したら、志村とかいう担任に泣きつかれてなァ。銀時と連絡が取れないって、心配してたぞ」
「あー、学校辞めたいって言ったら、しんぱっちゃんがちょー心配してた」
「休学扱いにしてもらったンだが、復学するにはこの書類がいる」
「へぇ、そんな書類いるんだ」

 電話一つで簡単に辞められるとは思っていなかったので、納得しつつ次々に渡される書類に署名して住所を書いて、生年月日も書いて署名して、日付を書いて署名して印鑑を押して……、と大量にあった書類を捌いていく。

「ここまでで何か質問はあるか、銀時」
「えっと、……ヅラってカツラなの?」
「ヅラじゃない桂だ!」
「やっぱりカツラじゃん……」

 お腹はいっぱいだし、高杉の隣にいる安心感もあって気が抜けたのか、再びやってきた眠気に抗えない。
 高杉は銀時を自分に寄りかからせると、力の抜けた銀時の手からボールペンを抜き取ったと思ったら、ちゅっと手の甲にキスをされた。……コイツ、何やってんの? 求婚のつもり?

「好きだ、銀時」
「……寝ぼけてる? 俺、男だから、高杉と結婚できないよ……んん、」
「寝ぼけてンのはてめーだろ。──結婚は出来ないが、家族になることは出来るンだぜ」
「んん……?」

 高杉の言ってることが、眠くて理解できない。
 結婚はできないけど家族にはなれるって、どういうことだろう。そんなこと、できるのか、な……?
 キスされた手がじんわり熱くて、誤魔化すようにぎゅっと高杉の服を握ったら嬉しそうに笑っていた。胡散臭い笑みより、年相応っぽいその笑顔は好きだなって、なんとなく思いながら銀時は眠りに落ちていく。


 銀時の寝息が腕に当たってくすぐったい。
 高杉に寄りかかったまま寝入る銀時の体が、温かくて、──重く感じる。これが銀時の重みで、幸せの重さだと思うと尊くて離したくない。ちゃんと布団で寝かせないといけないと知りつつ、もう少しこのままでもいいかと崩れ落ちそうな銀時を抱きとめて話しを続ける。

「書類は抜かりねェか?」
「あぁ、全部に署名してもらったし、問題ないだろう」
「銀時を保護できて良かった。……あの女は?」

 高杉の問いに答えるよう、桂は一枚のカードを取り出して高杉へと渡す。それは銀時が紛失したと言っていた個人番号カードで、名前はもちろん坂田銀時だ。
 他にも押収できた学生証や学校の教科書、制服などもあるらしいのでそれらは後で届けさせよう。高杉の家は広く、空き部屋もあるので銀時一人増えたところで手狭になったりはしない。
 松陽に教えてもらって訪れた銀時の家の室内は荒らされており、残っていた家財道具は壊され、物は散乱して悲惨な状況だった。継続して住むというなら止めないが、家電は買い直しだし掃除も必須だ。あんなボロくてセキュリティの低いアパートに銀時を戻すつもりは高杉には到底ないけれど。

「やっぱり持っていやがったかァ……」
「貸し付けた会社もグルだ。書類を偽造して、あの女に言われるがまま未成年の銀時を成年に仕立てて大金を貸したらしい。返済できなかったときは銀時を風俗に沈めて稼がそうとしておったぞ」
「下衆が。母親の風上にも置けねェな」
「おぬしは銀時に付いていてやれ」
「母親の方は頼んだが、任せっぱなしには出来ねェ」
「同じ母親として許せないのでこっちは任せるように、だそうだ」
「……助かる」

 同じ母親でも女優業と子育てを同時にこなしていた高杉の母親は一般人とは違う感性を持つ。銀時に二度と会えないよう、もしかしたら出国させられるまである。どうなろうと高杉にとっては赤の他人なのでどうでも良いが。

「──…あ。義理の息子に挨拶したいから、落ち着いたら実家に顔を出せとも言っておったぞ」
「……気が向いたら、そのうち」
「俺は伝えたからな」

 しっしと手を払い、早く帰れと二人を追い出す。部屋の鍵は万斉が持っているので高杉が施錠しなくても問題はない。

「──晋助」
「あァ?」
「詫びではないが、調整して明日の午前の仕事は午後に回した」
「……」
「一時に迎えに来るでござる」

 万斉の処理を忘れていた。
 銀時を抱きとめていて動けない高杉をこれ幸いと、逃げるように万斉も桂と一緒に高杉の家を後にした。銀時の裸をタオル越しとはいえ見てしまったのだ、それだけで万死に値するのに殺し損ねた。……まァ、グラサンしてるし、仕事も半日オフになったし、銀時も手に入ったことだし大目に見てやってもいい。今の自分はとてつもなく機嫌がいいので。
 ぎゅっと高杉の服を掴んだままの手を引き寄せ、再び唇を落とす。惜しいのは今も含め、銀時の反応が一切ないことだ。高杉と銀時が義兄弟になったと知ったら、銀時は一体どんな反応をするのか楽しみでならない。
 高校男児ながら、まともな食事を摂っていなかった銀時の体は思っていたより軽かった。
 起こさないように抱き上げ、再び寝室へと連れ込む。クイーンサイズのベッドは銀時と二人、一緒に寝転がっても余裕だ。別にシングルの狭いベッドで二人、ぎゅうぎゅうになって眠るのも悪くはないけれど、狭いと寝返りも打てない。これぐらい隙間のあるほうが丁度良いだろう。
 銀時をベッドに寝かせ、薄い掛け布団で銀時をくるんで隠す。本当は誰にも見せたくない。このまま囲って監禁してしまいたいが、銀時は学生だし桂も万斉だって知っている。──高杉も解ってはいるが、やっと会えたし手に入れることができたのだ。少しぐらい俺だけの銀時を堪能していいはずだ。
 無意識だろう、高杉の服をぎゅっと強く握りしめる銀時の手を握り込んで、どこへも行けないよう抱きしめる。抱き枕など使ったことはなかったが、銀時の抱き心地は良く、久しぶりに良い夢が見られそうだ。



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