03


 冷蔵庫の中は何も入っていないに等しい。
 成人してから飲み始めてハマった酒を追及する余り、缶チューハイからビール、ワインや日本酒にウイスキーなど様々な酒を買い揃えた。冷蔵庫内は食料より酒のつまみや割ものばかりで、食べて腹に溜まりそうなものはとんとない。銀時をなんとか確保できたことが嬉しくて失念していた。
 あのボロボロで浮浪者のような状態の銀時は、碌に食べ物を食べていなかったに違いない。ちゃんと栄養のある、つまみではない食べ物を食べさせなければ。
 家の近くにあるコンビニへ弁当を買うために立ち寄る。打ち合わせのため同行していたマネージャーの万斉は時間が掛かるとでも思ったのか、先に自宅へと向かってしまった。……家には銀時がいるのに。
 しかも秘密にしておきたかったので、銀時のことは一切説明をしていない。万事休す、──…いや、万斉殺すの間違いか。
 殺意増しましの高杉に怯えているのか、はたまた湯冷めしてしまったからか、そっと触れた銀時の手は冷たく震えていた。早く服を着せてやらないと。
 殺意は隠して、銀時に優しく話しかける。

「風呂はちゃんと入って温まったのか?」
「う、うん。入った。……ほら、きれいでしょ?」

 銀時が高杉へ頬を寄せてくる。触ってもいいのだろうか、──犯罪になったりしないか?
(……何を躊躇している、高杉晋助)
 これから銀時のためとはいえ、犯罪紛いの行為をするのだ。怖れるな、……臆するな。銀時を手に入れられるならどんな悪事にも手を染めると決めたのに。
 銀時から差し出してきているこの状況は、棚からぼた餅ではないか。触って損はない。
 平静を装って、腕を掴んでいない空いている手で触れた頬は、洗ったばかりでボディーソープの石鹸の匂いがした。高杉と同じコンディショナーの匂いもしている。自分と同じ匂いがしている銀時は、殺伐としていた高杉の心を欲求で満たした。
 しかし見逃せない。銀時の肌はまともな食事をしていなかったせいか荒れており、頬がこけている。
 指をすべらせて触れたもみあげはゴワついており、何度も洗ったようだがまだ少し脂ぎっているようだ。毛先も傷んでいるし、これは許容できない。

「髪が傷んでンな」
「いつも通り、……だと思うけど」
「もっとくるくるだっただろ」
「悪口にしか聞こえないですぅ。え、なに、ケンカ売ってんの? 買っちゃうよ??」
「全裸で喧嘩を買うな、馬鹿」

 きゅるるるるぅーと、空気を読まない腹の虫が鳴り続けている。
 全裸で腹ペコの銀時の腕を引いて、服が置いてある寝室へと連れ込む。タオルは渡したが服を用意せずに出掛けた自分が悪いのだ、万斉は四分の三殺しで許してやろう。銀時の癒し効果に感謝しろ。
 万斉への尋問もあるので、時間はあまり掛けられない。
 下着は新しい物があったので未使用のボクサーパンツを渡した。サイズが合わないだろうが履かないよりはマシだろう。
 服は殊更悩んだ。部屋から出すつもりはないのでパジャマでもバスローブでも何でもいいが、これから高杉以外の第三者に晒されるとしたら露出は少ないほうがいい。目の保養にふわふわもこもこの可愛い銀時にしてやりたいが、それはそれで見せたくないし生憎持ち合わせがなかった。高杉の私服はすっきりしたデザインの物しかない。
 葛藤の末、高杉の私服をだぼっと着ている銀時でもいいか、と半ば諦めてクローゼットを物色していたら、買った覚えのない真っ白でもこもこの部屋着が出てきた。多分ファンからの贈り物だろう。絶対に高杉の趣味ではない。同じく白いもこもこのスリッパも付いている。ファンは一体俺に何を求めていたのだろうか。

「未使用だし、これ着るか?」
「……これ、」
「タグ付きで、洗ってもねェけどな」
「…………やだ」
「ぜったい銀時に似合うぜ」
「だってこれ、高杉が買ったやつじゃないでしょ」
「あァ、ファンから貰ったモンだ」
「そんなの着れないし、……高杉の服が、いい……」

 ──彼シャツを求めるとは、いい度胸じゃねェか、銀時。
 改めて銀時のために選び直してやったのは、ちょっと前まで現役で着ていた白地に流水紋が描かれたパジャマだ。高杉っぽくないね、と言いながらもこそばゆそうに服を着ていく。銀時っぽいと思って買ったのだから当たり前だ。ふわふわもこもこのパジャマは今度、自分が買ってやろう。それなら銀時も文句はあるまい。

「……どう、似合う?」
「俺の次に似合ってンぜ」

 くるんと回ってみせた銀時。裾が長く、足元はそのままだぼだぼさせたままだが、さすがに腕は動きづらいのか何回か折って、手先が出るよう捲くっている。
 めんどくさいのか前についているボタンは全部留めず、男らしく開きっぱなしだ。へこんだ腹と貧弱な胸板は欲望よりも庇護欲をそそる。いっぱい食べさせて肉付きを良くし、抱き心地を良くしなければ。使命感に燃えながら、高杉は上からボタンを留めてやる。首元が締まって窮屈なのが嫌なのか、全部を留めてやったら上二つのボタンを外された。仕方ないので二つ目のボタンだけ留めると、銀時は文句を言いたそうにしながらも黙って受け入れている。
 半乾きの髪をタオルでごしごし拭いて手櫛で整えれば、高杉がプロデュースした銀時の完成だ。

「待たせたな、万斉」

 玄関を開けると、共用通路で体育座りをしながら遠くを見つめて死刑申告待つ万斉と、書類の準備をしつつ万斉を片手間に慰めている桂が首を長くして待っていた。
 心配そうにひょこひょこ高杉の跡をずっと付いてくる銀時は、もちろん可愛かった。



[ 69/129 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]

[top]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -