最果てで口付けて


 高杉曰く、隠れ家なのだという。
 移動時間はそんなに長くなかった。高杉が呼び寄せた艦艇に乗り、高速移動すること半日といったところだろうか。艦に乗ったことがないのでこれが早いのか遅いのか、遠いのか近いのか距離感は解らないが、ワープしていたので景色も何もなく、銀時にとってはつまらない船旅だった。
 艦内に人はおらず、隠れてでもいるのだろうか? 高杉以外の人と接触することはなく、ずっと高杉と二人っきりで寒々しい個室にいた。
 こんなに大きな艦が自動操縦で動いているとは考えにくく、絶対に誰か他にも人がいるはずなのに。

「この艦、他に人はいないの?」
「いる」
「全然、出くわさないんだけど」
「人払いしてある」
「……人払い?」
「この惑星は俺の隠れ家だから」
「ふーん」

 最小人数で艦が航行しているとしても、艦内で誰ともすれ違わないのはおかしい。──たとえ人払いしてあったとしても、だ。
 高杉のこの行動には何か裏があるのかもしれない。警戒しつつも、銀時は他愛のない会話を続ける。

「その惑星にはよく行くの?」
「以前はよく行っていた」
「以前? 今は行ってないの?」
「──…時間があれば、てめーに会いに来てンだろ」
「……頼んでないし」
「頼まれてないが、俺が会いたいンだよ」
「あっそ」

 興味がないフリして銀時がそっぽを向く。照れ隠しなのを悟られないように頬杖をつくも、高杉は感じ取っているのかニヤニヤ嗤っている。ほんと、コイツのこういうとこ嫌い。
 殺風景なワープ風景など見ていても楽しくないのに、なんとなく視線を戻しづらくて半ば意地になってずっと窓の外を眺めていれば、丁度いいタイミングで景色が変わった。
 どうやら無事に短い船旅は終わり、目的地に付いたらしい。

 
 船が降り立ったのは小さな惑星で。
 銀時のいた滅びた惑星と比べたらかなり小さく、一週間もあれば世界一周できてしまうかもしれない大きさだ。もっとも、陸地が少ないので一周するのはカナヅチの銀時にとっては難儀して不可能そうだが。

「──…これが、あお=H」
「そうだ。……まぁ、青ってよりかは紺碧か」
「こんぺき?」
「色にも名前が色々あるンだ」
「へぇー……」

 青は青でも、紺碧というらしい。
 惑星は船が降り立った小さな陸地しかなく、人は住んでいない無人の惑星のようだ。もしかしたらこの陸地の裏っかわに誰か住んでいたりするのかもしれないが、この陸地の見えるところには家などの文化的生活施設は存在していなかった。

「高杉って、無人の惑星巡るの好きなの?」
「違ェ」
「じゃあ、なんで」
「てめーに会えたのは偶然だが、会いたくなるのに理由は必要か?」
「……ずるい聞き方すんなよ」

 また、ぷいっと視線を高杉から逸らす。
 言葉で表せないこんな複雑で怪奇な感情を、銀時は知らない。
 そんなもやっとした銀時の心境をあざ笑うように、隣の高杉はクククっと嗤っている。楽しそうで何よりだが、解せぬ。
 諦めの境地で向けた銀時の視界は、同一系統の色で埋め尽くされた。
 ──全部が、青色だったんだ。
 黒服の銀時と高杉が異質な存在で。さすがに陽に晒されてしまうので傘を閉じることは出来ないが、自分たちと、白い砂浜にできる黒い影以外は視界を“青”で埋め尽くされていた。
 空だけじゃない、目に映るすべてが青く輝いていて。雲ひとつない真っ青な空も、揺らめく水面も青く、打ち寄せる飛沫も青に挟まれて白く音をたてているのに青へと溶けてゆく。
 銀時と高杉の立っている白い砂浜を境に、青い空と青い水溜まりが境なく水平線の向こうまで永遠と続いている。──…銀時が今まで見たことのない、不思議な光景だった。
 水平線を境に色は違えど、確かにそれぞれ“青色”なのだろう。
 明るく爽やかに澄み渡っている空の“青”は、吸い込んだら空を飛べそうなほど軽やかで。対して飛沫が反射する水の“青”は、空よりも濃く、吸い込まれて沈んでしまいそうな深い“青”だった。
 高杉の言っている紺碧がどちらの“青”のことなのか解らないが、高杉と初めて見た“青”は、想像以上に美しかった。

「これは、水?」
「海、だな。しょっぱいから舐めるなよ」
「……うみ……」

 本当に海は青くて、光に反射してキラキラ光っている。水深の違いだろうか、手前とその先では色の濃さが違い、掬ってみると青くなくなってしまった。

「……なんで?」
「言ったろ。海は青いって」
「違くて。あんなに青かったのに、掬ったら青くないんですけど」
「てめーに説明してもいいが。……そういうもんなンだよ」
「……そーいうもん……」

 それは涙と同じ原理なのだろうか。涙も集めて溜めればそのうち青くなるのだろうかと思ったが、涙を集めるとかどんな拷問だよ。有りもしないことを考えるのは止めて、掬った海を舐めてみる。

「しょっぱ!」
「だから舐めるなって言ったのに、なんで舐めてンだよ……」

 手をぱっと開いて、掬った海を落とす。白い砂浜に滲みていく海はただの液体で、青くもなんともなかった。
 銀時がぱたぱた手を振って乾かそうとしていた手首を、なぜかガシッと高杉に掴まれる。
 空でも海でもなく、手首を掴んだままの高杉に視線を向ければ、真剣な顔で問い掛けてきた。

「てめーを帰さないって言ったら、どうする?」

 ──…掴まれた手首が、痛い。
 痛みなんてとうに感じなくなっていたはずなのに、高杉といると色々と思いだしてしまうので困る。こんな不必要な感情、早く忘れてしまわなければいけないのに。

「帰れなかったら? 簡単だよ」

 ──…死ぬだけだ、と。銀時が端的に答える。
 滅びた惑星のアルタナでしか生きられない銀時が、違う惑星に住むとなればアルタナの補給が出来ない。食事をしようが何をしようが体内のアルタナは枯渇し、最終的には死んでしまう。
 銀時の返答に驚いたのか、高杉は眼を見開いて固まっていた。

「俺を殺すとかしねェのか」
「高杉を殺したって、俺が死ぬのは変わらない」

 高杉と一緒に死ぬのなら、それも別に悪くないのかもしれないけど。
 動揺している高杉とは違い、銀時は冷静に自分の終わり方を考えていた。高杉と一緒にいれるのなら、それも悪くないのかもしれない、と。
 そんなことを考えていたら、微動だにしなくなった高杉の頬にちゅっと唇をくっつけていた。
 自分の無意識の行動に驚いた銀時も、目を見開いて固まる。
 二人きりの世界。二人きりの時間。
 永遠とも思えたその時間は、銀時より早く我に返った高杉が口付け返すことで終わりを迎えた。



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