燃える瞳


 空は、ほんとは“青い”らしい。
 らしい、というのは、見たことがないから。言われても実感が全く湧かない。
 けど、見たことがなくても灰色の空に不便はなくて。困惑した銀時は視線を彷徨わせてゆっくり閉じる。

「──…あ、お」

 暗い瞼の裏。見慣れた空の色はいつもと同じ灰色で。
 “青色”の空というものは、やはり見た記憶がなかった。この惑星にいる限り、見ることはできないだろう。……たぶん。
 しかし、声に出してみれば、懐かしさを感じる音だった。
 だいぶ長いこと口にした覚えはない。記憶にもないので、それは間違いないと思う。けれど懐かしさを感じるので、昔は使っていたのかもしれない。
 想像してみるも、見たことがないかもしれないものは、どうやっても想像ができない。──“青”とは、いったいどんな色なのだろう?
 銀時は、この灰色の空以外の。
 ……ほかの空の色を、知らない。

「“青”って、どんな色?」
「海の色だ」
「……ウミ、ないんですけど」
「みたいだなァ。……澄んだ水の、水面を覗き込んだ色」
「それもなくね?」

 信じられないんだ。
 この惑星が死の惑星で、生物は本来なら生きられないということが。
 だって銀時は生きていられるのに、高杉も、惑星に巣くうオロチにも寿命があって、いつかは死んでしまうなんて。
 高杉にいたっては、食料がないから一週間も生きられないらしい。
(……人間って、不便だな)
 どれくらい前か覚えていないけど、銀時は食べなくても惑星のアルタナを体中に満たすだけで生命を維持できるようになった。
 それは、この惑星にいるだけで生き続けることが出来るということで。
 不死者になったことを示していた。
(“青”、ねぇ。……高杉べた褒めじゃん)
 ふと、思い出した。
 青色は、いつか見た、誰かの瞳の色に似ていた気がする。
 名前も顔も覚えていないけど、なんとなくあれが青色の瞳だったと思い出した。
 けどそれ以上は思い出せなくて。記憶は色褪せており、色は鮮明じゃない。どうにか思い出そうと高杉をじーっと見つめる。
 ──…そうだ、高杉の瞳の色に似ているかもしれない。

「高杉の眼の色って、青じゃない?」
「青くはねェな。てめーの眼は赤いしなァ」
「……青、って、この星にある?」
「ない」
「あ、そう」

 答えが解っていたとはいえ、はっきり断言されてしまうと無性に悲しくなってしまう。
 赤い瞳が高杉を見据えて揺れる。
 その瞳の色も、この惑星では唯一無二のものなのだけど。──ここには存在しない、燃える夕焼けの、太陽の色だ。
 しょんぼり俯く銀時の頭をがしがし撫でながら、高杉がどこか遠くを見つめつつ問い掛ける。
 外套のフードの中へ易々と侵入してきた高杉の手は、とても温かく感じた。

「青色が見たいか?」
「見たいというか、見たことある気がするんだよね」
「空は以前、青かったのか?」
「いや? 違うけど」

 間違えた、見たことあると言うべきだったか。
 けど全く思い出せないし、想像もできないので曖昧な返事はしたくない。高杉には嘘を付かず、誠実でありたいのだ。
 ──高杉を、傷付けたくない。
 それは見えないからこそ、他人との人付き合いが最近まったく、とんとなかった銀時にとっては、とても難しいものだった。

「どこで見たンだ?」
「……忘れちゃった」

 嘘は吐かず、真実だけを重ねて。
 都合の悪いことは黙ったまま、しらばっくれる。
 誰かの瞳の色だったって覚えているけど、それを言ったら高杉が怒り出す気がして。銀時は不器用ながらも誤魔化すことにした。
 高杉には簡単にバレてしまうだろうけど、きっとこれが最善だ。
 対人スキルがゼロに等しい銀時なんて、高杉から見れば丸解りだけど。子供よりも解りやすいのだ。
 クククッ……と、なぜか高杉が嗤っている。

「たかすぎ?」
「俺を騙そうなんざ、いい度胸だなァ。銀時」
「騙そうなんて、してないですけど……」

 心外な、と憤りながら高杉の目元へ指を伸ばす。
 静かにそっと、指先を這わせたそこには何もないけれど。
 ──冷たく流れる、水の感触を覚えている。

「……涙の色は、青色?」
「涙は水だから透明だろ」
「海も水じゃないの?」
「海は青いンだよ」
「意味わかんない。だったら水も青いじゃん」
「見たいか?」
「見たいというか、気になるけどさぁ。この惑星にはないんでしょ?」
「てめーの望みなら、叶えてやらァ」
「え、望んでないし、それ悪役のセリフじゃない? 俺が騙されてるやつだよね?」
「五月蝿ェ。ほら、青色ってやつを見にいくぞ」
「ちょ、っと、まっ、……横暴! 理不尽!!」

 銀時の頭を撫でていた手が、手首を掴んで。
ぐいっと引っ張りながら立ち上がらせる。
 見たいけど、見たくない。
 行きたいけど、行きたくない。
 だって、戻って来たくなくなってしまう気がして。怖いけど、高杉の誘惑には勝てなくて。
 銀時は諦めたように歩き出す。
 ──高杉が焦がれる、“青色”が見てみたい。



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