絡まっては空回り 02


 どんよりとした曇り空だった。
 雨は降っていないが、いつ降り出してもおかしくないぐらい湿度が高く、灰色の雲は雨雲にしか見えない。傘なぞ便利な物は持っていないので、雨が降ってきたら学校へ行くのは止めよう。何なら雨は降っていないけど降りそうなので休んでしまおうか。ハメハメハ大王の息子以上の暴論で、高杉は学校へ行く気力を八割ほど失っていた。
 とても仲の良い幼馴染み達が──仲は良くなくてもいつもツルんでいる悪友どもの一人でもいれば、無気力な高杉でも最低限ながら高校へと登校するのだが。今日に限って二人には出くわさなかった。
 家が近いので、その二人のうちの一人である銀髪の天パを持つ坂田銀時の家には寄ってみている。珍しく寝坊せず登校したのか、家は無人のようで呼びかけても返答はなかった。
 学校へ行けば会えるのに。高杉のモチベーションは底辺のまま一切上がらない。学校を理不尽な理由で無断欠席するのは初めてではないので、このままフけてしまおうか。教科書の入っていない軽すぎる鞄を小脇に持ち、思案しながらのんびり高杉は歩いていた。
 人通りの多い通学路を避け、裏通りの小道を抜ける。小学生の通学時間は過ぎているので、すれ違う人はとんといない。人通りの少ない神社を横目に、神社脇の林へ繋がる遊歩道への入り口がある分岐の先。
 ぼーっと一人立つ、人影を見つけた。
 その人影は高杉が迎えに行った幼馴染みによく似ている。──否、目立つ銀髪の高校生など、あいつ以外いないだろう。
 だが、どうも様子がおかしい。

「……銀時?」

 まだ雨は降り始めていないのに、銀時はびしょ濡れだった。
 いつもくるくるで元気な天パはへしゃりと萎れ、ワイシャツは水に濡れて透けており、長袖やスラックスの裾からはぽたぽた水が滴っている。

「銀時」

 間近で呼ばれて、やっと銀時が振り向く。
 高杉を見つめる赤い瞳は虚ろで、心はここにないような有り様だった。
 銀髪に赤い瞳──。銀時が日本人離れした風貌で虐められていたのは、小学校低学年の頃で。桂と共にきっちりお灸を据えたはずなのに、今更になって再燃するとは。

「誰に虐められたンだ」
「……えっと、誰にも虐められてないけど。被害妄想たかすぎー」
「じゃあ、なんで濡れてンだ」
「変なのに追われてたら落ちちゃった」
「…………」
「あ、大丈夫。隠れてたらそいつどっか行っちゃったし」

 キョロキョロ辺りを見回すも、確かに不穏な気配はない。
 それどころか場の空気は澄んでいて、濡れていることもあり銀時はいつも以上に人間離れした容姿で神々しく感じる。
 喋らなければそれなりの見た目で天使なのに。性格もちょっと難ありだし残念だな、と高杉は思う。けど、銀時の良いところも可愛いところも自分だけが知っていればいいとも思っているので、誰かに言いふらすことはない。

「てか、高杉はなんでここにいるの?」
「学校へ行くに決まってンだろ」
「真面目じゃん」

 ふふ、と嬉しそうに銀時が笑う。底辺だった登校のモチベーションが最高値を記録する。一緒に学校へ行こう。なんなら一緒にサボろう、それがいい。
 銀時と一緒にいれるのなら、高杉は学校ではなくてもどこでもいいのだ。
 掴もうと伸ばした高杉の手が、銀時によって振り払われる。
 冷たい滴が、拒絶するように高杉の頬まで飛ぶ。

「着替えてから行くわ。びしょ濡れだし」
「……銀時」
「遅刻しちゃうし、高杉は先に行ってて」
「銀時」
「なに、どうしたの? 高杉」
「また何かに巻き込まれてンじゃねェのか?」

 きょとんと、赤い瞳を見開いて銀時の動きが止まる。
 その表情に嘘は感じ取れないが、銀時は嘘を吐くのも誤魔化すのも上手すぎるので、高杉だって騙されることしばしば。苦い轍を踏むのは一度だけじゃない。
 警戒する高杉とは裏腹に、銀時はやはり嬉しそうに笑うだけだ。

「全然、なんでもないよ」
「本当だな?」
「ほんと、大丈夫だから。あ、じゃあ鞄持って先に行っててよ」
「俺も付いていく」
「心配性だなぁ。着替えたらすぐに追いかけるからさ」

 鞄から器用に鍵だけを抜き取り、鞄を高杉に渡すと銀時は高杉がのったり歩いて来た道を走って戻ってゆく。初動が遅れた高杉が追いかけようとしたときには、銀時の後ろ姿どころか濡れていた足跡すら残っていなかった。
 押し付けられた銀時の鞄は、高杉の鞄なりに軽い。少し違うのは、銀時は弁当と小腹が空いたとき用のお菓子を必ず入れているぐらいだろうか。
 不思議なことに、ぐっしょり濡れている銀時は正反対に、鞄は全くと言っていいほど濡れていなかった。


 二人分の鞄を机に投げつける。
 通学鞄とはいえ、教科書の入っていない軽すぎる鞄はそのまま机を通過して滑り落ちてしまった。
 銀時がいないのも、鞄が落ちてしまったのも気に喰わない。学校へ来るには来たが、銀時がいなければ意味がないのでやっぱり迎えに行こう。手ぶらで身軽になった高杉を、口煩い長髪の幼馴染みが呼び止める。

「どこへ行く、高杉」
「ヅラか」
「授業が始まるぞ。……銀時は、一緒じゃないのか?」

 はた、と高杉が止まる。
 銀時は一体、どこで濡れたのだろうか。雨はまだ降り始めていなかったので、あの通学路のどこかで水浸しになってしまったことになるが。川や用水路などないし、そもそも高杉が濡れないで銀時だけびっしょり濡れてしまったのもおかしい。
 あるとすれば、神社の奥の禁足地にひっそりとある、湧き水が溜まった溜池ぐらいだ。しかし禁足地に不浄の輩は入れない。それは溜池のヌシが妖も人間も好まないから。いろんなモノに好かれやすいとはいえ、人間の銀時だって無闇に近付けないはずだ。
 ──招かれれば、別だけど。

「どうした、高杉?」
「帰る」
「それは銀時が、」
「ヅラ、松陽先生は見かけたか?」
「……朝は境内の掃き掃除をしていたぞ。確か」
「解った。あとは頼む」

 昔から銀時は変なモノを寄せ付けやすかった。
 イジメだけではない。好奇の目に晒されることもあったし、変質者に連れ去られそうになったことは一度や二度ではない。
 寄せ付けやすいのだ、異質なモノを。
 それは人間だけではない。妖などの人外なども例外なく銀時に引き寄せられてしまう。
(……寄せ付けるのは、俺だけにしとけよッ)



[ 118/129 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]

[top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -