絡まっては空回り


 ──ぱちゃり、ぴちゃぴちゃ。
 水を撥ねる。
 ぱちゃり、ぴちょぴちょ。
 ぽとり、びちょびちょ。……ぴちょぴちょ、ぱちゃり。
 ずぶ濡れの水浸しで意味はないと解っているけど、首を振って水を払う。
 冷たくはない。むしろ温かく感じる液体は、ここにはいない誰かの体温を彷彿とさせて心地が良かった。
 誰かに守られているような、誰かに──…捕らわれているような、不思議な感覚に銀時は身震いをして。冷えた両手を交差させて自身を抱き込み、座り込む。
 座っている場合じゃないのに、もう立てない。ここじゃない何処かへ行きたいのに、何処へも行けない。逃げれない。動けなくて、涙が滲む。

「──…う、うぅ……っ」

 こんな危機的状況だとしても、銀時には助けを呼べる相手がいなかった。
 ……いや、いることはいるけれど。巻き込みたくはない。
 筆頭である松陽は何とかしようとするだろうし、幼馴染みの桂や高杉はそれこそ銀時が怪我などしようものなら怒り出すに違いない。黙って消えても然り。

「──…おい、で……」

 この、自分にしか聞こえない声は、人ならざるものの声だから。
 現実には誰にも見えず、説明のしようがないのに。
 みんな銀時の言うことを疑わずに信じてくれる。だからこそ、そんな普通のみんなを巻き込みたくない。

「……こっち、…の……へ、…おいで……」

 招くのは、楽し気に笑っているような声。
 ひらひらと舞う、長く尖った爪先。
 聞いちゃいけない。たとえ聞こえていても無視しろ。聞こえているのが知られると要求が増えていくので、絶対に答えてはいけない。小言が多すぎる幼馴染み達に、口を酸っぱくして言われ続けているけれど。
 ……もう、無理かもしれない。
 濡れた髪を何かが撫でる。硬質的で冷たく、獣のように長く伸びた爪は器用に頭上を往復すると、濡れて張り付いた前髪をそっと分け、銀時の顔を覗き込んできた。細く冷たい眦で銀時を見透かそうとする何か。
 強く抱き込んでいる銀時の指先にしっとり重ねて、さわさわ這ってくる何か。
 震える銀時の肩へずしりと圧し掛かり、耳元で囁く何か。

「…あ、ああぁ……」

 たすけて、たかすぎ…。
 必死に紡ぎ出した、呻きにも近い銀時の掠れた声。それは助けてほしい相手というよりかは、最期に会いたい人物だったのかもしれない。
 その声は何かに喰われて、誰にも届くことはなかったけれど。



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