胸の裏側の愛しい秘密


 ぼーっと、赤い瞳が曇天を見つめる。
 その瞳の赤色は、オロチが巣くい、砂に埋め尽くされてしまった世界ではとても珍しかった。
 ──赤く、煌々とした深い赤。
 太陽の存在しないこの惑星では、唯一の灯火のようだ。
 高杉の視線に気付いているのか解らないが、そんな視線を無視して銀時は懐から煙管を取り出す。黒い羅宇のそれは年代物で、丁寧にメンテナンスをしているのか傷も劣化も見られない。大事に扱っているのだろう。
 銀時にしては珍しく感じた。
 執着も未練も全くしない銀時が、唯一と言っていいほど大事にしている物だから。


 雲一つないのに、灰色に澱んで曇ってしまった空。今は見えないが、ときどき雲が浮かんでいることはある。しかし、どちらにしろ太陽が見えることは一切なく、昼夜がかろうじて判断できるぐらいで。薄っすらとした昼と、真っ暗闇の夜が交互に訪れる空には太陽も月も存在しない。
 砂塵と、曇り空だけの世界。
 どうやら大気が汚染された塵で覆い隠され、雲があろうがなかろうが地上まで日の光が届かないらしい。陽光が弱点の夜兎としては有り難いが、それはこの星で生きる生物にとっては死活問題だ。
 ──生物が生きられない、死の惑星。
 それはあながち間違ってはいない。
 土は枯れ、水は腐り、惑星寄生種のオロチが巣くっている星など、死の惑星と表現するほかないだろう。高杉でさえ、持ってきた食料や水がなければ三日も生きられないのだから。
 だからこそ、疑問に思う。
 この星にたったひとりで棲む銀時は、どうやって生活しているのだろうか?

「……はふっ」

 ぷかっと、空と同じ色をした煙の輪が浮かぶ。
 澄んだ青空など、この星に来てから一度も見たことがないというのに。曇っていて太陽が見えないとはいえ、律儀に外套を羽織り、日に当たると弱ってしまうため目深までフードを被って。
 怪鳥が飛ぶ空を眺めながら、煙を吐き出す。
 そのへんの枯れた雑草を煙管へ詰めて、どこで手に入れたのかわからない湿気ったマッチでなんとか火を点け、空をぼーっと見上げながら煙管をくゆらせる。
 雲と同じ色の煙を吐き出しながら、銀時は飽くことなく、ただ暇があれば空ばかり見つめていた。
 高杉も同じことをしてみたが、何の感慨も得なかったけれど。

「何が楽しいンだ?」
「……楽しいって、なに?」
「──…はァ?」

 赤い、虚ろな瞳には空ではなく確かに俺が映っているのに、認識をしていないのかもしれない。
 会話をして、共に過ごしているというのに。
 ──なんの感情も伴わない、空虚な瞳。
 他に人間がいないのだ、感情を持たずに生きてきたとしても不思議ではない。
 喜びも怒りも、哀しみも楽しみもない世界。
 それらは独りで生きていくには不要かもしれないが、誰かと生きていくには必要なものだ。

「──…銀時」
「……なに」
「俺と一緒にいるのは不快か?」
「……考えたことないけど、どうしたの?」
「いいから答えろ」
「……不快じゃないよ。一緒にずっといられたら、って考えることもある」
「それが楽しい、だ」
「そうなの? なんか違くない?」
「違くない」

 ふぅん、と銀時はつまらなそうに相槌を打ちながら煙を一吐き。
 納得はしていなさそうだが、反論をするつもりはないらしい。
 空虚だった瞳が高杉を映して、──…止まる。

「じゃあ、さ。高杉がいなくなると胸がつきんと痛くなるのは、なに?」
「寂しい、だろ」
「……さびしい、」

 そうなんだ、と銀時が呟く。
 ぼんやりとした口調は、解っているんだかいないんだかイマイチ判断に困る。
 銀時は長く他者と関わらずに生きていたせいか、自分も含め人の感情や機微にひどく鈍感だ。目に見えないものは、特に。
 ──その瞳に、高杉だけを映したい。
 動機はそれだけ。不純といえば不純かもしれないが、高杉がこの惑星にやって来たのは飲み比べに負けてしまったせいだから、なんとも言えない。
 賭けに負けて、滅びた母星に訪れなければ、銀時には出会えなかった。
 運命、と一言で終わらすには紆余曲折ありすぎて。
 だからこそ人生は面白いのだ。
 動機が不純だろうが、これが恋愛ではなかろうが、どうだっていい。
 目の前の無機物のような男のすべてを自分に浸して、自分だけのものにして、自分がいなければ生きていけないようにしたい。
 そんな、不純すぎる動機からすべて始まった。



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