幸福を教えて


 あの惑星から持ってきた物は少ない。
 食料なんて上等な物はないし、そもそも基本食べなくても死なないので食料という選択肢はなかった。
 持っていたわずかな服、煙管、武器にも防具にもなる大きな日除けの傘。
 わずかな所持品を持って、銀時はあの惑星を後にした。
(みんなの墓守り、よろしくね)
 無言で見送るオロチに心の中で呟く。
 忘れ去られた惑星に、銀時が残っていた理由は特にない。
どこかへ行く理由がなかったから、あの惑星にそのままひとりで生きていた。
 みんなが死んで、誰もいなくなってしまっても。
 たったひとり、生きていた。
 ──だけど、これからは高杉と一緒だから。
 もう、二度と、ここへ戻ることはないだろう。

「……ばいばい」

 みんなの名前も、顔も、声だってもう覚えていない。
 一緒に暮らしていた記憶だって朧気で曖昧だ。
 だから、なんの感慨も懐古もないけれど。
 二度と戻ってこないということは、終わりが始まってしまうということで。いつか高杉を残して死んでしまうということだから。
 最後に深く、アルタナを吸い込んで。体に力を満たしていく。
 渦巻く感情を抑え込むように、銀時は強く瞼を閉じた。



 小さく、幼くなっていく銀時に、高杉はさぞ不思議に思っているだろう。
 それが銀時の体質だと言ってもなかなか信じてもらえなかったし、無理があったかもしれない。
 今だってきっと疑念を抱いている。騙すのも、限界かもしれない。
 けど、銀時は言えなかった。
 人間は成長し、老いてゆくものなのに。
 逆行して幼い子供に戻っていく銀時はもう、人間とは違う生き物だから。
 このまま逆行して、きっと最期には霧散して死んでしまうと言ったら、高杉はどうするだろう?
 ──想像できなくて、銀時は高杉に真実を伝えられなかった。
 言えるわけがない。
 高杉は銀時と一緒に生きようとしているのに、銀時は高杉の隣で最期を迎えるために傍(ここ)にいるなんて。言えるわけがなかった。
 体内のアルタナが枯渇して死ぬのは解っている。
 しかし、解っているのはそれだけ。
 ……それしか、銀時にも解らないのだ。
 ちくん、と、胸の奥がなぜか痛くて。
 誤魔化すように首を振れば、結わかれた三つ編みが勢いよく揺れる。
 退行しているのに、なぜか爪は伸びるし、髪もゆっくりとだが伸びてゆく。銀時自身も退行するのが初めてなので、いずれ死ぬことはわかっていても、その過程まではあまりよく知らない。
 三つ編みを結ぶ、赤い紐に付いてる飾りが揺れて鳴る。
 この紐もそうだが、銀時が着ていた服はサイズが合わなくなってしまったので高杉が用意してくれたものだ。
 高杉の着ている服はド派手でセンス大丈夫?と思っていたが、それなりにセンスは良いみたいで。銀時の銀髪が映えるようになのか、落ち着いた色彩の服が用意されていることが多く、内心ほっとしてる。蝶やら龍の派手な柄の服なんて着たくない。
 それが似合ってしまう高杉は、見目好くてイケメンというものなんだと思う。
 ──ちゃりん、と背中で飾りが響く。
 銀時の髪を高杉が嬉しそうに触るから、どうしても切り捨てることができなくて。絆されているな、と思いながら、高杉が満足するまで髪を触らせてやる。
 こんな時間が、もっとずっと続けばいいのに。
 手持無沙汰なので、しっとり冷えた窓枠をなぞる。
 この惑星は雨が降り止まないので、空自体があまり見えない。雨もぴちゃぴちゃ楽しいけど、濡れてしまって長時間は外出できないので基本は見ているだけだ。
 陽に焼かれてしまうけど、もっと青空が見てみたいのに。

「雨って、傘差してても濡れちゃうよね。不便じゃね?」
「合羽でも買うかァ」
「カッパ? 河童の川流れ?」
「……なンでそんな変な言葉を知ってンだ」
「カッパ見たことないから、見てみたい」
「カッパ違いだ。そっちのカッパじゃねェ」
「そうなの? カッパ……」

 少ししょんぼりすれば、銀時に弱い高杉は妥協案を出してくる。
 ほんと、騙されやすいのどうにかした方がいいと思うよ。
 ──俺は、高杉の傍にずっといられないから。

「万斉にでも捕って来させるか」
「万斉くん? てるてる坊主の万斉くん?」
「万斉はてるてる坊主じゃねェぞ」
「前に言われたんだよ。白夜叉はてるてる坊主みたいでおじゃる、って」
「……万斉の語尾、おじゃるだったか?」

 髪を弄り終えた高杉が銀時におぶさってきた。
 体格差があるので重いし、ぎゅうぎゅうと抱き付いてくるので苦しいけど、温かいのでこれはこれで悪くはないと享受する。
 高杉の顔が頭に乗せられて。声の震えも、胸の鼓動さえも直に聞こえてくる。

「てるてる坊主は雨を止ませる願掛けに作るモンで、カッパは外套の雨用だ」
「てるてる坊主、俺に似てるの?」
「白い外套と、シルエットがなァ」
「似てるのは否定しないのね。外套……、俺は別に今のでいいけど」
「濡れたところが湿るだろ」
「カッパは湿らないの?」
「雨を弾くからなァ、暴れなければ湿らない」
「……なんで俺が暴れる予定なの?」

 理不尽だとむくれた銀時の頬を、高杉がつっつく。
 成人男性がこんなことしても似合わないし、むしろがっつり反感を買うところだが、今の銀時は子供なので。あえてわざとらしく不貞腐れても不自然さはない。
 子供らしい所作にやっと慣れてきた。対高杉兵器としたら完璧だと思えるほどに。

「カッパ買ったら勝手に出歩きそうだが、長靴くらいなら買ってもいい」
「長靴?」
「雨が滲みねェぞ」
「便利だね」

 銀時をぎゅうぎゅう抱き込む腕を、ぎゅっと掴み返して。真上を見上げれば、顔面偏差値の高い顔が覗き込んできた。眩しすぎる。
 見続けるのは困難で、慌てて視線を降り止まない雨に向けた。
 カッパがあっても、たとえ長靴が有ったとしても、俺はもうどこへも行かないのに。
 ……高杉は何かを心配している。
 それが何か、聞く権利があるとは思えなくて。
 今日も外出したいと、銀時は言えなくなってしまった。



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