01


 見上げれば、夜空を曇らせる紫煙。
 冬場は深く息をするたびに肺がその寒さで痛むが、それすらも心地よくて船外で吸うのが止められない。
 息を吐き出せば、星や月や空さえもが白く濁り。
 風に揺られて気ままに散る。
 揺蕩(たゆた)うこれが息なのか紫煙なのか、もう解らない。
 ただ無為に漂い、夜空に溶ける。
 行く宛てもなく。
 跡形もなく。
 浮遊しては消えるその姿は、自分に似ている。
 そんな気がする。
 行き場を失くして彷徨って、棄てられずにしがみ付いて。
 此処に在るのは残骸だとしても、止まることなど出来はしない。
 ただ進み、全てを壊すだけ。
 その後にはきっと何も残らないだろう。
 この紫煙と同じように。
 ──ふと。
 煙が途切れたその合間の夜空に、一筋の光を見た。
 白く、涙のように流れて。
 淡く、夜空を裂いて。
 儚く、尾を引いて。
 ほんの一瞬で消えてしまった流れ星。
 手を伸ばす暇もなく。
 願いを思う時間もなく。
 目に焼き付いて離れないその光は、手に入らない銀色を思い出させる。

「──…ちッ」

 高杉は舌打ちをして、冷たくなった足で前へと踏み出す。
 行き先は決まっている。
 手に入らないけれど、誰にも譲れないモノが……ある。



 誰かに呼ばれた気がして、銀時は振り向いた。
 日も暮れたかぶき町の賑わう雑踏の中。
 聞こえたのは懐かしい声だった。

「……気のせい、か」
「銀ちゃん。どうしたアルか?」
「ん、別に」

 銀時が立ち止まり振り返っても、そこには声の主らしき人影はいない。
 しかも今日は厚い上着にマフラーと、寒いので耳あてまでしている完全防寒服。こんな人混みの中で聞こえる訳がないのだ。
 幻聴だと思い直すが、足は全く進まない。
 立ち止まった銀時を心配そうに神楽が覗き込む。
 新八も突然立ち止まった二人を振り返り、どうしたのかと聞いてくる。

「どうもしねーよ。……ちょっと野暮用」
「野暮用、ですか」
「あぁ。……迷子の猫が鳴いてる、気がする」

 あいつは猫なんて可愛いもんじゃないけど。
 傷付いて行き先を失くした──迷い猫。
 その表現があっている気がする。
 牙は鋭く、爪は刺さると痛いけど、そんなあいつを俺はいつも放っておけないんだ。
 鋭い牙で噛み付かれても。
 爪で引っ掻かれて深い傷をつけられたとしても。

「銀ちゃん。早く見つけて一緒に帰ってくるアル」

 神楽の頭を優しく撫でて、夕飯の材料を新八に渡す。
 歩きだした二人の背中を見送って、銀時は声がした方向へ走りだした。
 人混みを掻き分けて、狭い商店街の通りを抜ける。
 走りながら声の主を探すが該当する人物はいなかった。
 それとなく路地裏にも目をやるが、探しているそれらしい人影は見当たらなかった。
 商店街を抜けるとその先には、川沿いに傾斜の緩やかな丘陵があるだけだ。
(どこに行ったんだっ!?)
 息を整えてもう一度商店街を探しに行こうと辺りを見ると、草はらに探していた人物が座っていた。
 深い編み笠を被り顔を隠してはいるが、間違いないだろう。

「そんなところに座ってると、後ろから真選組に斬られるぞ」
「そんなヘマはしねェよ」
「…さっき呼んだのは、お前?」

 銀時の問いに答えはない。
 ただ高杉は悠々と煙管を吸っている。
 全速力で走って疲れた銀時は、すぐ隣りに腰を下ろして熱くなったのでマフラーと耳あてを外した。

「流れ星を見た」
「ふーん。こんな寒い中で空見てんの?ヒマだねぇ」
「黙って聞いてろ」
「……はいはい」
「てめーはほんと、可愛くねェよな」
「ほっとけ」
「──まっ暗な空に白い線が一筋流れて、眩しくて、邪魔で、鬱陶しくて……」
「おい。流れ星に私情が入り過ぎじゃねぇか?」
「……てめーみたいで目が離せなくなった」

 銀時の目が大きく見開く。
 何か言いかけていたらしい。小さく口が開いたままだ。
 こいつがこんなに驚いているのを見るのは久しぶりだった。
 きょとんと抜けたような顔で。
 何度も瞬きをして。
 赤銅色の瞳で俺を確かめている。
 昔と全く変わらない。
 俺よりデカくなってからは、愛想も可愛げもなにもない態度しか取らねェから忘れていたが。
 こんなガキみたいな顔を知っているのは俺だけかと思うと、ちょっと嬉しくなる。
 絶対に他の誰にも見せるな。
 誰にも譲れない。
(──お前は俺のモノだ)
 銀時が無駄口を叩く前に、開いたままの口に唇を重ねて塞ぐ。
 ねっとり舌を絡ませて味わってから離れると、銀時は俯きながらも嬉しそうな声音で話しかけてくる。

「お前、…ほんと俺が好きなのな」
「ハッ」
「なにそれ。肯定なの、否定なの?」
「さァな」

 紫煙を夜空へ吐き出す。
 すぐ隣りの銀時に寄り掛かりながら。
 あの時の流れ星は手に入らなかったが、すぐ隣には愛しい銀色が在る。
 誰にも譲れない。
 汚すことのできない、輝き。
 流れ星よりも気高く美しいと思う。
 この銀色は、流れ星と違って終(つい)えずに輝き続けているのだから。
 真冬の空の下だというのに、隣りがほんのり温かい。
 それだけで、今は十分だ。
 この温もりが偽りでも。
 この逢瀬が泡沫でも。
 この微睡みを壊すのが自分だとしても。
 今は、それだけで満足だ。



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