しとどに濡る


 どこか遠くを見つめる赤い瞳。
 その瞳を此処へ呼び戻したくて、以前よりも伸びてしまった銀髪へと手を伸ばす。無造作に伸ばしている銀髪は、冷たそうな色合いなのに柔らかく、触れると温かく感じた。
 手櫛で梳いて、毛先をぴょんといじる。くせっ毛は纏まりにくく、持ち主に似て自由奔放に跳ねまくっていた。
 この髪に触れられるようになるまで、ずいぶん時間を要した気がする。
 ──嫌われたく、ない。
 銀時は髪に触られたところで気にするような男でもないし、高杉を嫌ったりしないと解っているのに。
 恋とは斯くも人を臆病にするものだと、否が応でも実感させられた。
 ぎゅっと強く、銀色の髪を一房握りしめる。

「結構、伸びてきたなァ」
「……まぁ、ね」
「結うか?」
「高杉はなんかちょっと不器用そうだし、自分で結うよ」
「馬鹿にすンな。三つ編みぐらいできる」
「三つ編み限定なの?」

 なんで三つ編みなの? と疑問の声は続いていたが、無視して髪を三つに分ける。銀時の左手が手伝いたそうにうろうろ揺れていたので、赤い飾り紐をそっと手渡す。銀時に似合うと思って買っておいたものだ。
 買っておいて正解だった、絶対に似合う。

「この紐、結びづらそう」
「いいンだよ」
「ふーん。俺も、高杉の髪を結ったほうがいい?」
「結べるほど長くねェ」
「んー、短髪も似合うけどさ。俺も高杉の髪を結いたいかも」

 その一言で髪を伸ばそうと決意させるなんて、ほんと罪深い。
 自分の長くない黒髪をちょんちょん引っ張っていると、にやにや嬉しそうに笑う銀時と視線が合う。悪戯が成功した、わんぱく小僧のような顔だ。
 どこまでが計算ずくなのだろう。銀時と一緒にいると、狂わされてばかりだ。

「勝手に見てンじゃねェ」
「……けち」

 銀時の顔をぐいっと前方に向けて、三つに分けた髪を結わき始める。交差させて一房重ねて、交差させて一本重ねて……。
 真剣な高杉とは対照的に、にししっ、と銀時は楽しそうに肩を揺らして笑い続けている。
 繊細なガラス細工に触れるように。
 ──壊さないように、怖々としながら。
 ゆっくりと高杉は銀時の三つ編みを結っていく。
 遠くを見ている、その瞳を呼び戻したかっただけ。最初はそれだけだったのに、過程が楽しくなってしまった。呼び戻せなくても、大義があるので自由に銀時を弄れるのが高杉も楽しいのだ。
 赤い瞳は初めて出会ったときと何ら変わらない。その瞳に宿る虚無も、……愁いも、変わらず宿したままだ。
 逆に変わってしまったことの方が多いかもしれない。
 一番はその体躯だ。
 ひと回り以上も小さくなってしまった体。以前は成人男性ほどだったのに、今では十歳ほどの子供ぐらいの大きさだ。
 原因はなんとなくだが解っている。銀時も解っているはずなのに、話を振ると誤魔化して有耶無耶にされてしまう。
 本人は小回りの利く子供の体を気に入っているようだが、そういう問題ではないのに。
 出窓にちょこんと座り、ぶらぶら足を揺らす。足は抱え込んでいたり、片足だけ投げ出していたり、はたまた今のように視線だけ外を向けて両足を揺らしたりと様々だが、外への興味は尽きないのだろう。気付くと出窓の定位置に座っている。
 外、というか、銀時が興味を持っているのは空だけども。
 ガラスに結露した冷たい水滴をなぞりながら、銀時は飽くことなく空ばかり見つめている。
 雨の降る、──灰色の空を。

「飽きないのか?」
「空を見るのって、飽きるの?」
「まァ、普通は飽きるンじゃねェか?」
「ふぅん。飽きるんだ」

 俺は飽きたことないよ、と視線はそのまま、高杉を見ずに銀時が呟く。

「出掛けたい」
「ダメだ」
「……ほんとに、だめ?」

 遠くを見ていた赤い瞳が、高杉を映す。
 この瞳に、高杉はめっぽう弱い。
 子供になってしまったことを詰められないのも、ひとえに高杉が銀時に対して弱すぎるからだ。
 頭では解っている。このままでは銀時の思うつぼだと。
 解っているのに、高杉には逆らう術がない。

「……一緒に、なら、……行ってもいい」

 高杉が渋々ながら妥協案を出せば、銀時は嬉しそうに出窓から飛び降りる。
 ほんと、現金なヤツだ。
 高杉の手を引いて、銀時は玄関ドアへと向かう。

「早く出掛けよ! 高杉!」

 にっこりと、嬉しそうに銀時が笑うから。
 この笑顔に弱い俺は、黙って騙されたままでいるんだ。
 銀時が明るく、楽しそうだから。
 小さく退行していく理由も、どんどん失われていく体力も、増えていく睡眠時間も、何もかも知らないフリをして日常を演じていく。



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