溺れてゆく言い訳


 雨は、好きだ。
 ぽつん、と、頬に触れる、自分以外のなにか。
 それが冷たかろうが温かろうが、何かが自分に触れることで、自分が生きていると実感できるので好きなのだ。
 ──いまは、ただ一人にしか触られたくないけれど。
 温かい手を握り、無性に名前を呼びたくなる。
 この声が聞こえなくていい。聞こえなくていいけど、振り向いて、自分の名前を呼び返してほしい。
 銀時、……と。
 以前いた惑星は、雨など降らない砂ばかりの死の星だった。
 食料もない、水もない、人もいない。
 そんな辺境の地で、終わりの見えない生の中、この星を守って、この星と一緒に死ぬのだと思っていた。
 思っていたのに、出逢ってから欲がぬくぬくと生まれてしまった。
 一緒に死ぬのなら、こいつとが、いい。


 しとしと、湿った雨が降り止まない。
 傘は日光から肌を守る日傘以外の使い道があるのだと、この星に来て初めて知った。それでも、以前と同じ、雨傘には向かない武器の仕込まれている大きい番傘を愛用している。
 理由は特にない。なんとなくだけど、体全体を包んでいるような感覚が安心できるからだと思う。重いだろうって、ひと回り小さい雨傘を用意してくれたけど、長年愛用しているこの番傘が好きだ。
 並んで歩くと傘の滴で服を濡らしちゃうけど、怒られたことはない。
 むしろ濡れるからもっと近付けって、繋いだ手を引き寄せられる。雨に濡れてもどうってことないのに。
 少し身長差ができて、並んで歩きにくいけれど必ず手を繋いで。
 血なまぐさい雨の街を二人で歩くのが日課だ。

「──…たかすぎ」
「だめだ」
「……けち」

 銀時が唇をとがらせる。
 つんと尖らせてはいるものの、銀時自身も我儘を言っているのは理解しているのか、それ以上は高杉へ何も言うことはなかった。
 そう、言ってはいない。
 ぐっと掴んでいる指を引っ張って、この場を離れようとしない以外は。

「……銀時」
「わかってる、わかってるけど、子供の悲鳴が聞こえた」
「この星ではいつものことだ。いちいち構っていたらキリがねェ」
「うん」
「なら、」
「だけど、俺の目に映る人ぐらいは救いたいんだ」

 だめ? と上目遣いで愛らしくねだってくる銀時の、無意識ながらも絶対的に優勢な攻撃を、高杉は未だに防げたことがない。
 惚れた弱みだ。勝敗などとうに決まっている。
 今まで全戦全勝の銀時に、高杉が勝てるはずもなく。
 高杉は諦めるように差していた傘を銀時に渡し、濡れないように羽織っていた上着も掛ける。
 二つの傘を持たされて、銀時が戸惑う。二本も傘を差していても意味がない。むしろ重なって邪魔なので、一方の傘を畳もうとすると高杉に睨まれた。
 二本差して大人しく待っていろ、という牽制も含まれているらしい。

「過保護」
「うるせェ。誰のせいだ」
「もしかして俺のせい?」
「もしかしなくても、てめーのせいだ」
「……ごめん」
「謝るぐらいなら喧嘩の一つや二つ、シカトしろ」
「やだ」
「──てめーには全敗続きだなァ」

 銀時の傘をどけ、ちゅっと可愛らしい音を銀時のつむじに落として高杉が走り去る。
 濡れてしまうので傘を、せめてこの上着を羽織っていけばいいのに。
 しかし初動が遅れた銀時では追いつけない。
 昔の、滅びた星のヌシだったときの銀時ならいざ知らず、今の十歳ぐらいの子供の銀時では足の長さも違うし、走る速さも遅くなってしまっている。

「た、」
「そこを動くんじゃねェぞ!」

 遠ざかっていく高杉の後ろ姿を、銀時は静かに見送る。
 ──高杉より、少し身長が高かった。
 ブーツの高さだけじゃない。本人は認めなかったが、確実に銀時の方が身長は高く、つむじを見下ろしていたのは自分だったのに。
 オロチを捩じ伏せていたのも自分だったし、強かったのも自分だったけれど。

「……全敗って、俺に一勝してんじゃん」

 高杉にしつこく口説かれて。
 外で生きようと誘われて。
 一緒に生きてほしい、と、懇願されて。
 銀時のためだけに死した惑星に何度もやってくる、そんな高杉にほだされてここまで来てしまった。
 それ以外は全勝してたんだ俺、と嬉しそうに銀時が微笑む。
 ──雨は、まだまだ降り止まない。



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