センターオブザフルムーン
「たかすぎ、ちゃんとススキとってきた?」
「おい、銀時」
「やっぱりススキがないとはじまらないよね。あとおだんご!」
ぴょんっと高杉の肩に飛び乗って来た、銀色の物体。
人間でいえば五、六歳ぐらいの子供だろうか。
だが、人間の子供とは比して異なる生き物なのだ。
短くも柔らかい、ふさふさの銀色の尻尾を猫のようにゆらゆら揺らして、これまた猫のような銀色の耳を立てて高杉の表情をじーっと窺う。
高杉の肩に乗り、キリッとどや顔しているこの子狐の名は銀時。
──愛しい、俺の番だ。
「だんご! だんご! だんご!」
「団子しか言ってねェし」
「たかすぎはおだんごいらない?」
「…………銀時」
「せっかくおっっきいおだんごをつくったのになぁ」
「……銀時。これは、デートなんだよな?」
「デートじゃん。おうちデート」
「おうちデート……」
正確には、番になる予定の子狐。
そんな銀時に、デートするから明日の夜にススキを持って来い、と言われた。
子狐の銀時とはいえ、夜に呼ばれたのだ。
昼間ではなく、夜。
何度確認しても、呼んだのは高杉だけで、夜に一人で来いと銀時が自信満々にのたまった。──少しは、期待をしてもいいだろう?
深くは期待などしない。子狐の銀時はそんなイチャイチャむふふできる年に至っていないので、二人きりの空気を楽しめればいいと高望みはしていなかった。
していなかったけど、まさかおうちデートとは。
「保護者付きじゃねェか」
「しょうようは、よばなきゃこないし」
「呼びましたか、銀時!」
「……秒速で来てンじゃねェかよ」
べしっと柔らかい銀時の額をはじく。
いたい! ぼうりょくはんたい! と銀時がみゃあみゃあ喚いているが、それすらも可愛い。保護者がいるとはいえ、やっぱり来て良かった。
幼い銀時は人見知り? 妖怪見知り? で松陽以外には滅多に懐かないらしい。高杉が例外だと、松陽先生に言われたことがある。
「ススキぐらい、取りに出ろよ」
「……だって、こわいもん」
「俺も一緒に行くから。ほらよ」
「なに、これ?」
「月見には団子だと思って人里で買ってきたが、いらなかったか?」
「いる! さすがたかすぎ、かねもち! ふとっぱら!」
「……褒めてねェだろ、それ」
保護者への賄賂予定だった代物とは言えずに、そのまま団子を銀時に渡す。高杉と松陽の分の団子はきっと残らないだろう。
別に銀時が喜んでくれるのなら、自分も松陽も文句などないので食べきってくれて構わない。
月が見える縁側には、ススキを挿すために用意された大きめな花瓶と、二枚の座布団。松陽先生の心遣いだろうか、湯飲みと急須がそっと置いてあり、その隣にはメインともいえる大皿が鎮座していた。
大きいものはそれこそ銀時の可愛い握り拳ぐらいありそうな、いびつで不揃いな団子がたくさん、これでもかってぐらい大皿に盛られている。
ずんだにみたらし、粒あんにこしあん、海苔と醤油など、団子の食べ方もいろいろ用意されているようだが、これは食べきれるのだろうか?
高杉の手土産の団子と合わせると、かなりな量で。
見ているだけで胸焼けがしてきたので、誤魔化すように高杉は座してススキを花瓶に挿した。
「……月が、綺麗だなァ」
虫の、鳴き声。
ひゅるりと通る、冷ややかな風。
青白い月光だけが、世界を照らしていて。
切り取られたような、隔絶された世界がそこにはあった。
「ばっかだなぁ、高杉。団子が美味しいのも、月が綺麗なのも、好きな人が傍にいるからなんだぜ」
虫の鳴き声が、止む。
雲に隠されてしまったのか、月明かりが消え失せて。
懐かしい声だけが、頭の中に響く。
「──…銀時?」
「ん、どうしたの? たかすぎ」
ぱくっと大きな団子を銀時は一口で食べきっていた。
やっぱり団子は足りないかもしれない。
唖然とする高杉を尻目に、銀時はどんどん団子を食べ尽くしていく。
「たかすぎは、たべないの?」
「……俺の分もあるのか」
「いっぱいつくったから、いっしょにたべよ!」
はいっと銀時から渡されたのは、銀時がまるくこねて作ったであろう、かなり大きめの団子だった。
「…………甘ィ、」
何もつけていないはずなのに、甘い。
久しぶりの銀時は甘くて胸焼けしそうになって、苦い煎茶で噛み殺す。
「はやく大きくなれ、銀時」
「うん? なんで?」
「腹が減って、仕方ねェだろ?」
「おだんごたべればいいじゃん」
もう少し、──あと少し。
がぶりと子狐のすべてを食べ尽くせるようになるまでの我慢だ。
それまでは、この仄かに甘ったるい子狐特有のゆるい関係を楽しもうじゃないか。
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