散りゆく花に祈りを


 恋って偉大だ。
 どこにいても気付いてしまう。
 画面の隅っこに映った後ろ姿だって、多大な音声に紛れたほんの一言だって、見間違えるはずも聞き間違えるはずもない。
(──…あ、高杉だ)
 それを無視するなんてことは銀時には出来なくて。最近はどんな状況だったとしても、声が聞こえると振り返ってしまう。これはもう条件反射みたいなもので、振り向きたくなくても体が動いてしまっていた。
 ほら、……今も。

「銀時」

 呼ばれた気がして振り返る。
 今の自分は薄汚れていて、以前のこざっぱりとしていたゲーノージンの時とは全然違う。
 誰も、それこそ俺の元マネージャーや熱心に追っかけてくれていたファンだって気付くはずがない。
 そう、気付くはずないのに。

「……たかす、ぎ?」
「やっと見つけたぞ、銀時」
「え、ちょ、こんなところで何やってんのお前。テレビは? 今だってほら、抱かれたい男No.1のインタビューなんかしちゃってるじゃん」
「あれは録画だ」
「録画、だっけ?」
「普通に考えて録画だろ」
「……そう、だよな。高杉忙しいし、こんなとこに居るわけない」
「ここに居るのは現実だけどな」
「え、っと、」
「あァ、目立つからそろそろ行くぞ。銀時」
「目立ってる原因は高杉なんですけ!?」

 逃がさないと言わんばかりに腕を強く掴まれて、引きずられるように停まっているタクシーに押し込まれる。当たり前のように隣には高杉が乗り込み、行き先を聞かずにタクシーは出発した。
 ……見てる人が見れば誘拐犯なんですけど、これ。
 いろいろ言いたいことはあったが、ぐっと我慢してタクシーの奥へ奥へと座り直す。今の銀時は汚いので、小綺麗な芸能人の高杉から離れたかった。
 その様子は銀時が逃げようとしているように見えたのだろうか。人が一人座れそうなほどぽっかり空いてしまった空間を見て、高杉が銀時を睨む。どんなに怖い顔で睨まれても銀時は全然怖くないので、あっかんべーと短く舌を出して最後の抵抗をする。
 銀時の抵抗など、高杉にとっては細やかなものだったのだろう。少しこけてしまった銀時の頬を優しく撫で、ぽかんと口を開けて舌を出したままの唇に触れてしまいそうな近さまで顔を近づけてくる。顔面偏差値が高すぎて直視できない。
 必死に高杉を押して、なんとか距離をとろうとするも、高杉は空いた隙間を詰めて、寄り添うように銀時のすぐ真隣に座る。これでは奥へ座り直した意味がない。
(ほんとセクハラだし、これ犯罪だから!)
 銀時の心の声は、高杉へまったく届かなくて。
 ずっと頬をすりすり撫でてるし、伸びてしまった襟足を一房掴んでは梳いている。髪も随分洗ってないので、ほんと触るのはやめてほしい。
 そんな後部座席の状況を運転手は解っているはずなのに。運転手は何も言わないし、車は行き先を言われていないのにどこかへずっと向かっている。
 ちょっと仕事熱心すぎない? 普通は変哲のない話題のひとつやふたつ、してくるもんじゃないの?
 すべてに諦めて項垂れる銀時を、高杉が無言で見つめてくる。
 ただただ無言の車内の空気が重すぎるのと、高杉からの圧に耐えかねて。銀時は思考を放棄するように流れる車窓をぼんやり眺める。暗いので車窓もなにもあったもんじゃないけど。
 撫でられ続けた頬と首筋が、とても熱く感じた。



 タクシーが停車したのはタワーマンションというやつだろうか。
 何階あるのか、数えられないほど高く聳えるマンションの受付には、管理人というかこれまた小綺麗な格好をしたコンシェルジュという人がいて、おかえりなさいませ、って高杉と俺を出迎えてくれた。
 見てないでほんと、高杉に掴まれてる腕をほどいて助けてほしいんですけど。
 この国って、そんな犯罪上等みたいな国になっちゃったんだっけ?
 イケメンで芸能人な高杉だけど、誘拐犯ですよー! 誰か助けてください!
 ──そんなふうに大きな声で助けを呼べないのは、きっとスキャンダルになって高杉に迷惑が掛かってしまうのをなんとなく理解しているからだと思う。
 俺のこれからより高杉のこれからを心配しちゃうなんて、ほんともうダメダメじゃん。高杉に見つかった時点で解りきっていたとはいえ、どうにもやるせない。
 引きずられるように、高層階にある一室に連れ込まれる。
 たぶんここは、高杉の居室だ。
 きょろきょろ見渡すも、私物がほとんど置いてなくて。生活感はあまり感じられない。
 なのにソファーやテレビ、冷蔵庫や電子レンジなどの家具や家電は揃っているので、モデルルームみたいな雰囲気なんだけど、どこもかしこも高杉の匂いがしてとても落ち着く。
 そんな部屋の、玄関入ってすぐにある脱衣所の先、広くて明るい浴室に放り込まれる。
 よろけて倒れる銀時をよそに、高杉が慣れた手つきで壁にあるボタンを押す。それだけでざーっと浴槽内にお湯が溜まっていく。
 え、水を溜めてガス釜で沸かすんじゃないの?
 便利すぎじゃない? タワーマンションすげー!
 感動している銀時の背中に、やわらかいタオルが投げつけられる。

「わっぷ、」
「タオル。服は部屋にあるの適当に着て待ってろ」
「俺すぐ帰るし、」

 高杉の視線と合わないよう、俯きながら喋る。
 きっと高杉の顔を見てしまったら、決心が鈍ってしまうから。
 こんなところに、居てはいけない。
 それこそ、今をときめく芸能界でも有名な、アイドル以上の知名度と演技力抜群のタレントである高杉の部屋に、落ちぶれてしまった元芸能人がいて良い訳がないじゃないか。
 ──一緒に、いたい。
 けど、一緒にいちゃだめなんだ。
 溢れそうな涙を堪えて、震える手に気付かれないように、必死に笑う。

「今日は、高杉に会えて良かった」

 ぽろり、笑っているのに涙が流れる。
 ……とまれ。
 頼むから止まってくれ。
 ここは笑顔でにっこり別れるのがいい場面なんだ。
 たくさん、色んな役を演じてきた。
 笑って誤魔化すのなんて簡単なはずなのに、今日は上手く演じられない。

「……帰る場所なんて、ないんだろ」
「──…っ、」

 高杉は俺のこと、どこまで知っているんだろう。
 怖い。
 あんなに会えて嬉しかったのに、今は怖くて仕方がない。

「……散りゆく」
「は? 散りゆく?」
「散りゆく花に祈りを、の、最後の独白覚えてるか?」
「最後って、俺が演じた鬼の?」
「あァ。てめーが演じた、あの憐れで可哀相な鬼」
「覚えてる、けど」
「……俺も覚えてる」
「え? 高杉も!?」

 目を細めて、高杉も嗤う。
 ──嬉しそうに。
 高みから見下しながらも、鬼のくせに慈愛に満ちた表情で、優しくも哀しげに自分を嘲りながら嗤うんだ。
 だから、すぐにわかった。
 高杉が演じようとしているのは、俺が演じていたあの鬼だって。

「──恋を、しました。
 人を殺して生きている醜い鬼女が、人に恋をするなど、なんと愚かで滑稽でしょうか。
 もう、ほとほと狂っていたのに、更に狂わす人とはげに恐ろしき生き物よ。
 ずっと傍で生き、一緒に死にたいなんて。
 ああ、どうせ散らす花なのだから、狂い咲いて散りましょう。貴方の代わりにもならない、このつまらぬ想いと一緒に──…」

 高杉の指が、俺の喉に触れる。
 力は籠っていないのに、優しく触れてくるその指が怖くてひゅっと喉が鳴る。
 振り払うことはできない。
 なぜなら、高杉の反対の手は俺の肩を強く掴んで、動けないように縫い留めているからだ。
 そんな高杉の後方から、何かが震えている音がする。
 どうやら携帯電話のバイブらしい。ごそごそ取り出して確認すると、舌打ちしながら銀時を解放する。

「た、たかすぎ、」
「……ちッ、万斉からか」
「出て、あげてよ」
「撮影を抜けだしてきたからなァ。すぐ終わらせてくる」

 ざばっと溜まったお湯を銀時にかける。びしょ濡れになった銀時は、打ちひしがれたように浴室内に座り込む。
 濡れてしまった服が、重くて冷たい。

「すぐ戻る。ちゃんと洗って、いい子で待ってろよ」
「……」
「冷蔵庫の中のモン、好きに食べて構わないから」

 ちゅっ、と銀時のつむじにキスを落として。
 携帯電話だけを持って、高杉が出ていく。
 ──がちゃん、と閉じられた、ドアの音だけが静かになった部屋に重く響いていた。



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