シッコクギンカ


 恋って偉大だ。
 諦めていたものを、全てを捨てることで選ぶことができた。
 だから、俺は幸せだ。
 もう二度と、恋なんてできないしそんな甘くて柔らかいものを知ることもないのだけれど。
 とっても幸せだから、もっと強くなれる。



「地球に戻るのは久しぶりか、高杉」
「あァ、5、6年ぶりだ」
「それは長いな。いろいろ変わっていただろう」
「てめーと仲良く二人で長話をするぐらいには変わっちまったのかもしれねェな」
「──…仲良く、か」

 こっそり地球に戻ってきた。
 誰にも連絡していなかったのに、復興したターミナルで高杉を出迎えたのは銀時ではなく桂だった。百歩譲って銀時なら解る。あいつはなんやかんや高杉のことを憎んでいながら、それでも拗ねらせつつ愛そうとする支離滅裂なやつだから。
 そんなやつだからこそ、会いたくて戻ってきたなど知られたくない。逆に桂で良かった。地球を捨て、銀時を捨てた男が未練たらたらで戻ってきたなど知られた日には、にんまり笑う白く小憎らしい男の顔が容易に想像できるから。

「仲が良いといえば、銀時のとこは相も変わら仲良く騒がしく暮らしているようだぞ」
「銀時のとこ?」
「そうか、地球にいなかったからおぬしは知らないのか」
「なんのことだ、解るようにちゃんと話せヅラ」
「ヅラじゃない桂だ!」

 仲が良い、ってなんだ。
 銀時に俺以外のいい男が出来たっていうのか。いや、この場合はいい女か? どっちにしろブッ壊してやらねェといけないようだな。

「──…子供が、生まれてな」
「子供?」
「そうだ。艶々の黒髪で眼孔鋭く、まだ五歳だが少年剣士といった感じでな、あれは将来モテるぞ。剣筋だって良くてな……」

 桂の話は聞いていないというのに。いつもながら回りくどくて面倒なやつだ。しかも話が異様に長くて説教臭い。
 桂の女の趣味は昔から変わっていた。未亡人にうつつを抜かしたり、寝取られに興味を持って人妻に触手を伸ばしたり。
 桂は昔から面倒見がいい。生まれたのが男にしろ女にしろ、子煩悩になるだろう。

「子供を放って、こんなところにいていいのかよ」
「なんの話だ」
「家を開けっ放しにしてると、妻にも子供にも逃げられるぞ」
「だからなんの話だ!」
「ヅラんとこの話だろ」
「俺に妻はいても子供はおらん」

 話が、見えない。
 子供が生まれたと言ったのは桂のはずだ。それなのに子供はいないとはどういうことだ。

「子供が生まれたんだろ?」
「ああ、生まれたな。生まれたが俺のところではない」
「……あァ?」
「銀時のところだ」
「ぎんとき?」
「そうだ。銀時のところに男女の双子が生まれてな。そう、もう一人は銀髪の可愛らしい女の子だ。愛嬌はあるがお転婆というか、まあ子供などそんなものだろう。性格は二人とも素直だが、無鉄砲なところは子供のころの銀時そっくりだぞ」
「…………はあァ!?」
「知らなかったのか高杉」
「あいつ、結婚したのか!」
「結婚はしていない。まだ独り身だ」
「はっ、女に逃げられたのか。ざまァ」
「逃げられてもおらん」
「……どういうことだ?」
「銀時はオメガだ」
「オメガ……? いや、あいつはアルファだったろ。ボケるのもいい加減にしろヅラ」
「アルファからオメガへ変異したんだぞ。高杉、おぬし本当に何も知らなかったのか」
「銀時がオメガ……?」

 俺の知っている銀時はアルファだった。
 誰よりも強く、やる気がないのにそのカリスマ性で攘夷浪士たちから一目も二目も置かれていた。
 高杉を含む、銀時と桂と坂本の四人はアルファだったはずなのに。
 バース性の変異は稀に起きると聞いたことはある。
しかし、いつ、銀時はアルファからオメガになった……?
 銀時が生んだという五歳の子供。
 高杉が地球から離れていた年月。
 まさか、そんなはずは、いや、しかし。すべての可能性を否定しながらも、もしかしたらと考えついた答えに叫びそうになる。
 その子供は、いったい誰との子供だ、と。



 順調に今日の依頼を終えた。
 仕事がないと困るが、忙しすぎても困る。子供たちと過ごす時間を減らしたくないので、長期間掛かり切りになりそうな仕事は悪いが新八と神楽に任せ、細々とした依頼をそつなくこなしていく。
 今日は子供たちをお妙のところに預けていた。二人とも剣道に興味あるらしく、試しにと習わせ始めたばかりだ。
 いつもは一緒に依頼をこなすか、万事屋で二人だけ留守番をさせたり、下のお登勢に見てもらっている。子供たち同士のコミュニケーションのために幼稚園だか保育園に入れた方がいいのだろうが、寺子屋に馴染めなかった銀時としてはどうでもいい。遊びたい盛りなのに外で思いっきり遊ばせてやれなくて、それだけはちょっと申し訳なく思っている。

「今日はなに食べたい?」

 両手を繋いで。
 仲良く三人、夕焼けに照らされながら並んで歩く。繋いだ小さな手は、それぞれ銀時の手をぎゅっと握り返している。
 ほんと、大きくなったよな。
 あんなに小さかったのに。ぎゃーぎゃー泣いて銀時を困らせていたのが嘘みたいだ。
 早く帰って夕ご飯を作ってやらないと。今日はいっぱい動いて、お腹も空いているだろうし。

「カレー?」
「あたしもカレー好き!」

 子供に気を使わせているな、と思う。
 カレーは一度にたくさん作れて楽だし、日が経っても美味しく、カレードリアやカレーうどんなどいろいろアレンジもできる。だから作る側としてはとても楽なのだが、今日は早く帰れるのだ。もっと手の込んだものを作ってあげたい。

「鶏肉があるからチキンカレーもいいけど、オムライスとか唐揚げとか、グラタンもいいよな」
「「オムライス!!」」

 二人の目が輝く。
 いつだって輝いて見える、赤と緑のオッドアイがそれぞれ銀時を見上げる。きらきらと、嬉しそうに何度も瞬きをしながら。
 真っ直ぐ、銀時だけを見つめる。

「オムライスは好きか?」
「母さんのオムライスは絶品です!」
「あたし、オムライスに絵をかく!」
「はははっ、じゃあ卵を買って帰るか」
「僕が卵を持ちます」
「あたしも持ちたい!」
「走って割ったばっかじゃん! 僕が持つ!」
「二人で持ってたんだから、あたしのせいじゃないもん!」
「2パックは重かったろ? 母さんが1パック持つから、二人で1パック持てるか?」
「「はーい!」」

 繋いだままの手をぶらぶら揺らしながら、スーパーへと急ぐ。
 黄昏時、逢魔が刻、かぶき町の一角にある万事屋は子育てするには地理的によろしくない。酒を扱う店が多いし、なにより下のお登勢の店だってスナックだ。変な輩に絡まれないためには早く帰るのが賢明で。足取りが少し子供たちを急かすように、ぶらぶら揺らす手の振りを早める。

「ママー、だっこ」
「ギンカは甘えっこだな」
「僕がひっぱってあげる!」
「やーだー。ママのだっこがいい!」

 仕方ないな、スーパーまでだぞ、と銀時が抱き上げる。5歳の子供はそこそこ重い。もう片腕では抱けなくなってきた。
 ふう、と一息つけば、羨ましそうに見上げてくる瞳を見つける。男の子だからと、最近は格好良くなるって甘えなくなってきたので少し寂しいのは内緒だ。
 ギンカを横抱きにしながら、しゃがんでシッコクと目線を合わせる。
 双子だから、二人とも甘えたい盛りなのに。
 見栄を張ってしまうところは高杉に似ているな、と微笑ましくて銀時が無意識に笑う。

「シッコクも、こっち来い」
「僕は、だいじょうぶです」
「あとでギンカと交代してあげる?」
「男だから、だいじょうぶなんです……っ!?」

 遠慮してる子供を担ぐように、すっと肩車をしてやる。バランスがとれないのか、はたまた驚いたから咄嗟にしがみついたのか。ギンカは銀時の首元を、シッコクは銀時の後頭部をそれぞれガシっと掴んできたので、そのまま立ち上がった。

「二人とも、ちゃんと掴まってろよ!」
「「はーい!!」」

 スーパーへ走りだそうとした時、脇道から人が出てきた。
 その二つの人影は、見覚えがあった。
 無視することも、通り過ぎることも出来ずに銀時が立ちすくむ。
 声も、出ない。
 咄嗟に叫ばなかっただけ、褒めてもらいたいもんだ。
 焦がれて焦がれて捨てた男が、青筋立てて目の前に立っているのだから。

「久しぶりだな、銀時ィ」
「すまん銀時。止めきれなんだ」

 高杉の腕が銀時へ伸びる。
 ──だめだ、逃げなきゃ。
 すっ、と逃げるように銀時が身を引いたのが解ったのだろう。

「「だめぇーーーっ!!」」

 肩からぴょんと飛び降りたシッコクが、銀時と高杉の間に立ちふさがる。立ちふさがる、と言っても五歳の子供だ。銀時を庇うことも、高杉の行く手を阻むことも出来てはいない。
 そんな高杉の歩を止めたのは、地面に突き刺さった銀時の木刀だ。
 抱かれたままのギンカは素早く銀時の腰に差してあった木刀を抜き取り、前方へと投げつけた。下手をしたら高杉に当たっていたかもしれない。狙いは抜群だ。
 赤と緑のオッドアイが、それぞれ二つずつ高杉を睨みつける。

「母さんに触れないでください!」
「ママに触らないで、へんたい!」

 突き刺さった洞爺湖と書かれた木刀を地面から抜いてシッコクが構える。腰を落とし、後ろにいる母と妹を気遣いながらも高杉から視線は外さない。
 黒髪の短髪は高杉譲りだろうか、幼い頃の高杉そっくりの子供が唯一違うのは、その左右違う赤と緑の瞳の色ぐらいだ。
 新八の道場によく預けられているので、一丁前に高杉へ殺気を放つ。

「ギンカ、行け!」
「シッコク、任せたからね!」

 ギンカは銀時の胸から下りるとその勢いのまま、銀時の手を取って走りだす。ぎゅっと手首を握られたまま、ふりほどけず一緒に走る。子供ながら、足の速さは銀時顔負けで。引っ張られるまま走らされる。
 その方向は住まいである万事屋の方向でも、帰りに寄るはずだったスーパーの方向でもない。
 これはどうやら、真選組の屯所がある方向のようだ。

「ちょ、ギンカ、シッコクが……!」
「シッコクは大丈夫だから、早くママは逃げるの!」
「いやいや、五歳児がヅラと高杉の二人を相手にするとか無理だろ!」
「あれが、たかすぎなの?」
「は、ギンカ、」

 ぴたり、と、止まる。
 ギンカが突然立ち止まったので、一緒に銀時も立ち止まる。何か考えている様子のギンカは、斜め上を見上げたままだ。
 知らなかったのかと、ほっとする。
 そうだ、二人は知らないのだ。俺が教えていないのだから、知る由もない。
 あれが自分たちの父親だって。俺を孕ませたアルファだということを、二人ともまだ知らない。
 高杉の動向はいつも注意していた。地球を旅立ってからずっと、今はどの惑星にいて、どんなことをしているのかちゃんと把握していたのに。極秘に地球へ戻ってきていたとは予想外だ。もう、二度と戻ってくるとは思っていなかった。
(なんで地球に戻ってきてんだよ。……ばっかじゃねーの、ぜんぶ遅すぎなんだ、高杉)
 銀時はアルファだった。
 幼いころから生き抜いてきた経験と我流の剣筋に、松陽仕込みの剣術が加わった圧倒的な戦闘力。高杉や桂に劣らないカリスマ性。
 アルファ、だったのだ。
 しかし同じアルファである高杉と体を重ね、抱かれているうちにバースが変化してしまった。
 感じなくなっていくオメガのフェロモン。
 気付かずに発するようになった、アルファを誘うフェロモン。
 それに伴い、アルファを嗅ぎとれるようになった嗅覚。
 なかったはずの子宮の顕現。
 今までになかった発情期と呼ばれるヒートの訪れ。
 数少ない前例があるとはいえ、アルファからオメガへと銀時はバースを変異させた。
 オメガは子宮があり、子供を宿すことができる。
 ──それは、アルファにはできないこと。
 銀時がオメガへと変異してしまったことを高杉に伝えようとしたあの日。高杉はすっきりした顔で地球を出る、と言い切った。
 後悔も、心残りもない清々しい高杉の顔を見て、銀時は決めた。
 大事なものがたくさんある地球から銀時は離れられない。だからせめて、いなくなってしまう大好きな男の、子供を授かりたい、と。
 ヒートを抑える薬のおかげか、高杉は銀時がオメガになったこともヒート中であることも気付かなかった。
 オメガになったことを隠しながら、快楽で消えそうになる理性を必死に繋いでセックスした。
 避妊薬は、飲んでいない。
 心の奥でほくそ笑む。高杉はどう思っているか知らないが、すべて銀時の計画通りに進んでいた。
 ──…もし、もしも、だ。高杉が一緒に宇宙へ行こうと誘ってきたら、少しは違う選択をしていたかもしれない。
 高杉を殴って、止めたかもしれない。
 あるいは万事屋をやめて、地球を捨てて、高杉に付いて行ったかもしれない。
 オメガになったから、どっか隠れてひっそり暮らして。落ち着いたらそのうち子供でもつくらないか、って言ったかもしれない。
 もう、後の祭りだけど。

「じゃあなァ、銀時」
「背後に気を付けろよ、高杉」
「うるせェ」

 ふつうに、憎まれ口をたたいて高杉を見送る。
 男性でも子供を生めるようになるオメガは、その特性からか受精率が非常に高い。男性は流産しやすいと聞いたことあるが、そんなことよりも。
 確実に高杉の子供を妊娠したな、って、高杉が去っていくのにとても嬉しかった。
 隠し通すのは無理なので、早々に新八と神楽、お妙やお登勢には話をして協力してもらい。万事屋を回しながら無事に出産して子育てをして。
 まさか双子とは思わなかったけど、喜びも幸せも二倍になるって考えれば苦労なんか吹き飛んでしまう。今更、高杉がやってきたところで、未練も後悔もない。
 だから、二人には高杉のたの字も話したことがなかったのに。

「……高杉のこと、知らないだろ」
「知ってるよ」
「はぁ!?」
「ママもしんぱっちゃんも、かぐらおねーちゃんも話さないようにしてたみたいだけど、あたし知ってる」

 振り向いた、ギンカ。
 銀時と同じ銀髪を二つ結びにした、赤と緑のオッドアイが銀時だけを見つめて。
 にっこり、笑う。
 ──…今まですっかり忘れていた。
 銀時が一人で育ててきて、拗ねもせず素直にまっすぐ育っていると思っていたけれど。
 子供らしい無邪気さとは正反対の、狂気を覗かせる微笑み。
 この子たちは、俺と高杉の子供なんだ。
 得体の知れない、夜叉と鬼の子供。
 その血を宿していても、おかしくない。

「ママをずっと苦しめてる、あれがたかすぎなんだ」
「苦しんでなんかない、……だろ」
「ううん、苦しんでる。ママが苦しいと、あたしも苦しいもん。あたしもシッコクも悲しいもん」
「銀花。ママは銀花と疾刻がいるだけで幸せだから、苦しくも悲しくもない」
「ママのうそつき。そんなにたかすぎが好きなの?」
「──…っ、」
「ふふ。じゃあ、あたしとシッコクに殺されてもしょうがないね」

 屯所で刀借りてこなきゃ、と。
 にっこり笑った愛娘の顔は、あの日見た決意を固め、清々しい顔で微笑んでいた高杉の顔とそっくりだった。

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