名前
体が痛い。あつい、水が飲みたい。
手探りで枕元に置いたはずのペットボトルを探すも見つからない。しかし起き上がる気力も体力もないので、銀時は諦めて再び枕に顔を埋める。
嗅ぎ慣れたシャンプーとリンスの匂いと、自分のとは違う、さらさらクセのない黒髪に使っている意味あるの?って思っている整髪料と煙たいタバコの臭い。
そうだ。ここはいつもの銀時の寝床ではなかった。薄く、狭くて埃臭い煎餅布団じゃない。ギシ、と軋むスプリング。手足を伸ばしてもはみ出ない布団に柔らかくだまのないシーツ。
銀時は再び寝ようとしてやめた。ここは自分の布団ではない、高杉のベッドだ。
「部屋に戻ろうぜ、ショウヨウ」
姿は見えないが、銀時の傍のどこかにいるであろう子猫に声をかける。たぶん、足元の掛け布団の上だ。ほんのりと重く、温かい気がする。
諸事情により飼い始めた赤茶色の毛色の子猫に話しかければ、にゃーと良い返事をするのに動く気配がない。
松陽から頼まれて預かっているので名前はショウヨウ。そのまますぎて安直かもしれないが、銀時は気に入っている。別に高杉や桂は先生を呼び捨てで呼ばないし問題ないと思っているのだが、高杉が嫌がっていたのはなぜだろう。
──…あぁ、そうか。シンスケという名前にしようとして怒られて、ショウヨウにしたのだ。
高杉のことを晋助なんて名前で呼ばないので良い名前だと思ったのに、すごい怒っていた。なぜだろう。理由が思いつかない。
聞いても教えてくれないので、やけくそでショウヨウにした。
(シンスケって名前、いいと思ったんだけどな)
子猫は銀時が起きたと知るや、銀時の顔元まで来てゴロゴロと喉を鳴らしている。
猫のくせに目聡くて生意気だと思うが、恩師の松陽が飼っていた猫だ。無碍にはできない。
持ち上げようとしても、ごろんと銀時をかわしてしまう。てこでも動かないつもりだ。
確かに自室にと宛てがわれた部屋に置いてある煎餅布団よりこっちのベッドの方が寝心地いいけど、広くてふわふわして快適だけど、ケンカしっぱなしの高杉の部屋に長居したくない。
そういえば、ケンカの理由を忘れてしまった。
一ヶ月近くも口を訊いていないので、それなりの理由があったはずなのだが思い出せない。高杉の機嫌が悪く、とても怒っていたのだけは覚えているのだが。
「なんだったっけな。なぁ、お前は覚えてる?」
にゃあ、と、銀時と一緒に寝ている猫が応える。
返事だけはいいが応えになっていない。猫が知る訳ないか、と熱く痛む体で再び子猫を掴まえようとするも簡単にかわされてしまう。
「部屋に戻ろうよー、ここは嫌だってば」
「大人しく寝てろ」
「──…たかすぎ、」
きっと自分をこのベッドまで運んだであろう、悪の根元の高杉がやってきてしまった。
ケンカをしたままの銀時をこの部屋に連れてきた理由はなんだろう。怖くてどぎまぎする。
早く、薄っぺらいあの煎餅布団に帰りたい。高杉のベッドの方が寝心地は良いが、精神衛生上よろしくない。
「…俺が、悪かった」
「へ、」
「猫の名前は、シンスケでいい」
一緒に暮らしだしたのはここ二、三ヶ月。一ヶ月近くケンカをしていたので、実質数日しか暮らしていないのだが、それでも解る。──高杉は怒っていない。なぜか拗ねているってことが。
「……なんで拗ねてんの?」
理由は書けてるけど、いちゃいちゃが足りないのでここまでで。
ベッドでいちゃいちゃさせたい。
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