携帯電話



 鞄が震えた、──…気がした。
 ほんの、些細な振動は気付きにくい。だからといって、マナーモードを解除する気はなく、震えたと思ったら鞄をこっそり覗いている。
 携帯電話に唯一登録されている、もとい、携帯電話の本来の持ち主であり、俺に無理やり押し付けて持たせている相手は俺がすぐ返信しないと怒り出すから困りもんだ。この前は学科が違うのに教室まで探しに来て大騒ぎになってしまった。
 俺が携帯電話を持つのはこれが初めてで。今まで一度も携帯電話を持ったことのない俺にとって、通話だってぎりぎり、いや、通話しないに越したことはない。最初は通話するのに横にスライドするのが解らなかったし、持ちにくくないか? どこに話しかければいいのかも解んないし、未だに慣れない。
 それ以上にLINEの返信なんて難易度が高すぎて、買ってもらったスタンプを押しまくってなんとか返信している状態だ。
(意味もなくLINEするなよな)
 鞄の中を確認すれば、やっぱり高杉からメッセージが来ていて。なんのこっちゃない、今日はバイトか?だってさ。家のカレンダーに書き込んであるってのに、高杉は銀時に直接確認する。
 ケースもカバーも付けていない、ストラップが一つだけぶら下がっている標準装備のままの携帯電話を鞄から取り出す。
 スタンプで返事をしようと思ったが、実は銀時にとってはスタンプを探すのでさえおっかなびっくり、慣れない携帯電話のスライドの連続で。歩きながら丁度良いスタンプを探すのを諦め、バ、イ、ト、な、い、──と、早く、急いで返事を打つことにした。早くしないと高杉から催促がくる。それも銀時を苛立たせる原因の一つで、もう五回ほど握り壊したり落下させたりして故意に壊していた。
 そのたびに高杉は飽きもせず、怒りもせず銀時に新しい携帯電話を持たせる。修理中のも含めると、どうやら二、三台のストックがあるようだ。

「銀時、おぬし、とうとう携帯電話を買ったのか?」
「言っとくけど俺のじゃねーから。ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ! では、一体誰のだ」
「……」

 この長い黒髪の優男は桂小太郎。幼なじみで同じ学科を専攻している、二つ年上の先輩だ。先輩といっても幼なじみなのでタメ口だし、先輩だと思ったことはない。
(たかすぎのこと、ヅラは知ってんのかな?)
 高杉との関係は説明しづらい。
 同級生でもなければ幼なじみでもなく、全然知らなかった赤の他人だ。
 なんて言えばいいのだろう。バイト先でナンパされて、お持ち帰りされた挙げ句に手籠めにされて、今は強制的に一緒に暮らしています、なんて言える訳がない。
 特にヅラは銀時の育ての親である松陽を慕っているので、下手な言い訳はそのまま松陽まで伝わってしまう。

「そういえば、銀時、姿を見かけないと思ったらアパートを解約したそうではないか。何があった」
「…なんもねーよ」

 うっかりしていた。銀時が以前住んでいたアパートは松陽の知人が管理しているアパートで、同じ大学の学生ばかり住んでおり、桂も部屋は違えど同じアパートに住んでいたのだ。
 そうだよな、貧乏学生の俺があの古くて安っすいアパート以外に住める訳ないの知ってるよな。ってことは、松陽にもきっとこのことは伝わっているに違いない。

「──銀時」
「こんど、今度ちゃんと紹介する。紹介ってか、なんていうんだろ。同居先の人?」
「同居というが、おぬしのバイト代でちゃんと家賃も折半して生活費やら食費も賄えているのか? 学費だって、」
「あー、家賃は自分じゃなく親の持ち物だからって受け取らないし、生活費はいらないって断られた」
「…どこの誰だ?」
「たぶん、ヅラの知らない人」

 やばい、むちゃくちゃやばい。
 桂が不審気な目で銀時を見つめている。そりゃそうだ、幼なじみの桂も知らない人の家に同居しているし、銀時の歯切れが悪く口も固い。


「──…銀時」
「…へ? あ、た、高杉、」
「返事がないから来てみたンだが、ヅラに絡まれていたのか」
「ヅラじゃない桂だ! まったく、銀時といい高杉といい、人の名前はちゃんと覚えろ」
「うるせェ。ヅラはヅラで十分だろ」
「あ、えっと、──…二人とも知り合い?」
「「違う」」

 あ、これは知り合いだ。





この後どうしようか悩んでます。
高杉には先生に殴られる予定があるので、ヅラにも殴られてもらおうかな。


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