駆ける。
ひたすらに琉漣は地を蹴った。
早くしなければ、光が消えてしまう。それを思うと、ぞっとするものが身体の芯のほうから込み上げてきた。
――北門が、落ちた。
雪崩れ込んできた曹操軍を琉元が止めていると伝令がきたとき、一瞬思考が飛んだ。一瞬で済んだのは、すぐに外から矢が飛んできたからだ。
東まで破られる訳にはいかないと、何とか夏侯淵隊を押しとどめていた。するとあの老臣が、行けと言ったのだ。
一度は渋った。だが琉元が心配なのは事実だし、その動揺を隠しきれないようでは、兵の統率も乱れてしまう。諌められた琉漣は、老臣に後を託し、歩墻を駆け下りた。
街の中央で、第二報を持った伝令と出くわした。彼が言うには、曹操と琉元が一騎打ちをしようとしている、とのことだった。
それで、もっと心が冷えていった。あの義父で、曹操に勝てるとは思えない。
弱い訳ではない。一般的に見れば、十分な腕前だろう。だが恐らく曹操は、琉元より強い。
伝令は琉漣にだけそれを伝えるつもりだったようで、役目を果たすとすぐ北門へ戻っていった。その後を追って、やがては追い越した。
汝南の街は、さほど大きくない。東門から北門であれば、全速力で駆ければ、琉漣の脚なら一刻と少しで移動できる。
「――義父上殿ッ!」
兵の隔壁を割った琉漣は、刃が煌めくのを見た。義父の首に、曹操の剣が突きつけられる。
咄嗟に琉元を庇おうとしたが、腕を強く捕まれ邪魔をされた。
妨害する手の主は、夏侯惇だった。鋭い眼光で、琉漣をねめつけている。
「離せ!」
「ならん。武人同士の戦いの果てだ、黙って見ていろ」
「漣」
重くのしかかるような空気とはひどく不釣り合いな、優しい声が琉漣を呼んだ。
琉元を見ると、彼はやはりこの場に似つかわしくない微笑をたたえていた。埃と汗、傷がなければ、普段と何も変わらない。日常だと、ともすれば錯覚しそうな微笑み。
「お前は、お前の月を見つけなさい」
「義父上、殿っ」
「楽しかったぞ、漣」
「――っ!!!」
穏やかな日々が、死んだ。
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