赤みの増す陽光のなかには、当惑する琉漣と、不思議そうに見てくる曹丕だけが残された。思えば、曹丕は事情を知らないのだ。
 聡い子供であるから、夏侯惇との会話で粗方を察したかもしれないが。

「子然……?」
「私は……あなたの父に、養父を討たれました。目の前で。記憶の無い私を保護して、ここまで育ててくれた方を」
「記憶が、ないのか?」
「義父上殿に拾われる以前の、ですが。私はただ、漣の字が入った異国の名前を覚えていただけでした。それを、義父上殿や、黄巾の乱の折戦死した義兄上殿がここまでにして下さったのです。……家族を討たれるなど、乱世の常と言われればそれまでです。けれど、残された光までもが、この世を去ってしまった。世界が夜だと言った、義父上殿の心が、今は良く、理解できます」
「よ、る……」
「夜です。月の無い、真っ暗な。己の身体さえ見えない、暗闇。そこに……たった一人で立っている」

 守りたい、支えたいと思うものすらない。夜道を歩く導がないのだ。
 路が、見えない。

「ひとり……?」
「ただ一人」
「……わたしと、おなじだな」
「え」 「わたしも、ひとりだ。今まで、それをどう言えば良いのか、わからなかった。まわりにだれもいない闇を、夜と言えば良いのだと、子然のおかげで知ることが出来た」
「でも、あなたには、夏侯惇殿が」
「叔父上は、父しかみえていない。わたしを気にかけてくれているが、一番に気にしているのは、父のことだ。それぐらい、わかる」

 このような聡明さなら、持っていないほうが曹丕のためだったろう。何を言っても詮方ないが、琉漣には青い眸が涙の色に見えた。

「わたしと、いっしょだ」

 仲間を見つけたような、顔をする。笑みはしないが、孤独な心を持つのが己だけではないのだと知った、そのような表情を。

「ふたりいっしょなら、ひとりではないだろう? わたしが、子然のそばにいてやる。子然は嫌かもしれないが、もう決めた。だから、もう寂しくなどないぞ、子然」
「……ははは」

 この強引で頑固なところは、曹操に良く似ている。
 良く似ているが、曹丕は曹操ではないので、首を傾げる彼を素直に直視することが出来た。

「嫌で、ないです」
「なら、子然はわたしのそばにいてくれ。そうしたら、ひとりでなくなる」
「かしこまりました、曹丕殿。子然は、ずっと貴方を守ります」

 己の月を見つけろと、養父は言った。その事を、養父が死んでからはじめて思い出した。
 これでもう、寂しくはない。闇の中の孤独に怯えることも無い。
 琉漣の夜空にはもう、皓月があるのだ。




[*前] | [次#]
- 7 -
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -