Covered with white.


 真っ白い空間に、規則的な電子音がゆっくりと、静かに響いている。
 これは命を刻む音だ。真っ白いベッドに横たわり、真っ白な包帯で身体中を覆われている、スペルビ・スクアーロの。
 ボンゴレリング争奪戦、雨の守護者の戦いに敗北したスクアーロは、並盛中学校舎B棟を使用した戦闘フィールドに放たれた獰猛な鮫に食われた。
 それを、山本君が負けたときのためにと忍ばせておいたファミリーが救い出し、設備の整った病院で手術を施して、スクアーロは何とか一命を取り留めたのだった。スクアーロの頑丈さなら、もう死ぬことはないだろう。
 彼には聞くべきことがあるから、今死なれては困るというのが、ボスの事実の一部でもある建前だ。
 眠るスクアーロをベッド脇に立ったまま見下ろしていた僕は、そばにあったスツールに腰を下ろした。

(――白い)

 今のスクアーロは、ほんとうに、真っ白だった。血の気が引いているせいか、包帯の白さが際立つこともない。まるで命を覆い隠されているみたいだった。
 彼がまだ生きていると教えてくれるのは、わずかに上下する胸と、心電図モニタが刻む電子音くらいだ。
 生気の欠けたスクアーロの顔を眺めているうちに、スクアーロが鮫に食われた瞬間を思い出してしまって、唇を噛み締めた。
 ――なんて。なんて恐ろしいことだったろう。
 立っている場所は大きく隔たれていれど、僕にとってはいまでも数少ない大切だと思える友人を、死によってうしなうことの恐怖といったら。
 ファミリーが忍んでいるからきっと助けてくれると頭で理解していても、全身から血が一瞬で失われたかのような感覚がした。大丈夫、スクアーロは生きる。そうやって思い込ませないと、正直立っていられたかどうかすら怪しかった。
 同時に、わずかな怒りさえ感じもした。
 揺りかご以来会えなくなって案じていて、八年振りに会えたと思えば敵のようなもので、しかもすぐに死にかけて。
 僕が勝手に心配していたのだが、どれだけ人が心配したと思っているんだと、理不尽に詰ってしまいたくなった。
 ザンザスにしてもそうだ。スクアーロが死んだ――ということになっている――にも関わらず、彼は浩笑するだけだった。
 ザンザスにとってスクアーロは、それだけの存在でしかなかったのだろうか。清算したがる過去のひとつでしか。
 ――僕も、そうだろうか。僕が左目を失った時にはひどく怒ってくれたけれど、ザンザスにはそれも過去――なのだろうか。

(それは……寂しいな……)

 友人と思う人間に――これも僕が勝手に思っているだけだが――、ともに過ごした時間を清算したい過去だと言われてしまうのは、寂しい。
 とりわけ、僕はこの世界で初めて他者に受け入れられるということを知ったようなものだから。
 そういえば――僕は今生初めて日本を訪れてから、ここが僕のいた地球ではないらしいことを知った。東京に並盛という町があったかと気になっているところに、夢の中に現れた骸が、ここは違うのだと教えてくれたのだった。
 骸、そういえば復讐者の牢獄に入ったと聞いたが――というか最近脱走を企てたと聞いたが、健勝だろうか。まあ骸のことだから心配するだけ損だろうけど。

「――スクアーロ?」

 ぼんやり見下ろしていたスクアーロの瞼が、わずかに動いた気がして声をかける。
 果たしてそれは思った通りで、やがてゆっくりとスクアーロは目を開けたのだった。

「……南雲……?」
「気がついたか」

 僕を認識したスクアーロは、ゆっくりと瞬きをする。おそらく、混乱しているのだろう。

「なぜ……俺は……」

 愕然とした様子のスクアーロに、僕は事のあらましを説明する。話を聞き終えたスクアーロは、ひどく忌々し気に舌打ちをして、僕を睨み上げた。
 そうして次に発せられた言葉は、僕の怒りを煽るのには十二分に過ぎるものだった。

「余計なこと、しやがって……」
「――なに」

 意図せず低くなった僕の声をスクアーロは気にかけることもなく、掠れた声で唸る。

「俺はザンザスの剣だぁ……あいつの剣に、汚名なんていらねぇ。ならいっそ、死んだ方がマシだったってのに……」
「な……」
「ヴァリアーの掟に従って消されるんなら、ザンザスに消されてぇ。けどあいつは絶対に手を下しゃしねーだろう。だったら、鮫に食われてたほうがマシだった」
「――にを、馬鹿な! 君は馬鹿だろう、スペルビ・スクアーロっ!」
「は……?」

 唐突な――スクアーロにしてみれば突然の罵声に、スクアーロは先程とは違った意味で瞠目をした。

「なんだよっ……! 僕には、ボスを護って傷つくなって、怒鳴ったくせに! 自分はザンザスのために利き手を捨てて、命すら捨てようって言うのか!」
「南雲……?」

 誰かに怒鳴るなんて、生まれて初めてのことだった。生の感情をぶつけるなんて。
 そもそも僕は感情がどうも表に現れないから、スクアーロにだって能面だのなんだの言われていたんだ。
 でも今は、きっと表情だって歪んでいるんだろう。そんな気がする。

「この八年間、人がどれだけ心配したかも知らないで、君もザンザスも! どっちがマゾだよ、スクアーロの方が余程じゃないか!」
「だ、れがマゾだぁ! 俺の誓いを、テメーの自己満足と一緒にすんじゃねぇ!」
「自己満足?! 僕のなにが自己満足だよ!」
「跳ね馬を護ることが、お前の自己満足だっつってんだぁ。テメーの護るって行動は、対象のためじゃなくて、テメーが生きたいからって欲望を満たすためだけの行為だろうが!」
「な……そんなこと!」
「あるから、肉体的な自己犠牲も顧みねーんだろうがぁ!」

 ――いまなにか、刺さった、感覚がした。身体にじゃなくて、心の中のどこかに。抉られたような。
 まさかスクアーロの言っていることが正しいとでも、いうのだろうか。
 ……そんなわけ、ない。そんなはずはない。真実生きたいという欲求のためだけに、ボスを護るわけじゃない。

「……だったら、スクアーロのそれはどうなんだ! 同じことが言えるんじゃないのか!」
「あぁ?!」
「ザンザスの剣だっていうけど、それこそスクアーロの自己満足で、押しつけじゃないのかよ!」
「ッだと、テメエ!」
「――そこまでにしとけよ、二人とも」

 急に割って入った呆れた様子の声に、僕とスクアーロは驚いて病室のドアに視線を遣る。

「……ボス……」
「跳ね馬……」
「日嗣。重傷人相手に、熱くなり過ぎだろ」
「っ……」

 きつい視線で窘められて、僕は俯く。膝の上に乗せたままだった拳を、ことさらにきつく握った。
 ボスが来たのに立ち上がりもしない僕を、ボスは別段咎めることもなく、スクアーロと話を始めた。
 ――僕がボスを護るのは、護りたいからだ。僕にこの世界を受け入れさせてくれた、馴染ませてくれたこの人を。
 ボスを護ることで、生の実感を得ている。それは事実だ。認める。
 だけど自分の欲を満たすためだけだったら、他の誰を護ったって、生を実感するだろう。けれど僕にはそれはない。ボス以外のファミリーの誰かを護ったって、あのとき感じた熱は僕の身の内を犯さない。
 ボスがキャバッローネの十代目だからじゃない。僕はディーノ様という一個人を、護りたいのだ。僕が一番最初に、自分の中に受け入れたこの人を。彼を護りたいと強く願うからこそ、行動に生が伴ってくる。
 俯いたままだった僕に、ボスは帰るぞ、と声をかけた。立ち上がり、スクアーロのほうをみず、ドアへ向かうボスに続く。

「……君はザンザスがザンザスであるがゆえに、彼だと感じて忠誠を誓ったのだろう」

 ドアの前で、スクアーロに背中を向けたまま、言葉を投げかける。

「……僕だって、同じだ。僕はボスがディーノという人間であるがゆえに、盾となると誓った。自己満足というなら言えば良いさ」

 振り向いてわずかに目を丸くしているボスに、行きましょうと声をかけた。

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