Cloud of lone wolf.


 ずしゃあ、と重量のあるものが滑る音が、夕陽に染まる並盛中学校の屋上に響いた。直後には、痛みを訴えるボスの悲鳴が。

「い……ってえ……。ほんと、とんだじゃじゃ馬だよな、恭弥」
「勝手に名前で呼ばないでくれる」
「お、おいちょっと待て! 休憩、休憩しよーぜ」
「やだ」
「……っとに!」

 来るヴァリアーとのリング争奪戦に向けて、ボスはリボーンさんから、沢田君の雲の守護者である雲雀恭弥君の家庭教師を任せられた。キャバッローネができる支援といえば、この程度が限界だ。同盟とは言え、所詮は部外者なのだから。
 雲雀君は並中のみならず並盛町を恐怖で支配下に置く、中学生らしからぬ中学生だ。加えてかなりの戦闘狂。
 ボスがリボーンさんの知り合いで教え子、彼の眼鏡にかなう腕の持ち主と知るや、殆ど休みなしでボスを倒そうと攻撃を繰り出している。
 お互いに傷だらけの血塗れで、いい加減にどちらも手当をした方がいい。今日は昼食もとっていないのに、二人してよく動き続けていられるものだ。
 雲雀君が休憩に応じたのは、日が沈む直前になってからようやくのことだった。二人の怪我の手当をするために、僕たちは応接室に移動する。屋上ではすぐに暗くなってしまうから。
 応接室に入って、ボスの手当はロマーリオさんに任せて、僕は委員長のデスクで書類の確認を始めてしまった雲雀君の隣に立つ。

「……何」
「手当しないと、さすがにまずいだろう」
「いらないよ」
「怪我で全力を出せずに負けたなんて、屈辱じゃないのか」

 デスクに救急箱を置いて、彼の目を見て言えば、雲雀君はようやく書類から手を放して、身体を僕の方に向けた。
 しばらくおとなしく――渋々と、ではあるが――手当てされていた雲雀君が、おもむろに口を開く。

「あなた、強いの」
「……さあ」
「ごまかさないで」

 灰を帯びた鋭い双眸が、強く僕を射抜いた。

「……ボスの身を護って、なおかつ僕も傷を負わないよう注意できる、その程度だ」
「僕はあなたが強いかどうかを、聞いているんだけど」

 そんな気に入らなさそうに睨まれても、僕の自己評価はこういうものだ。これを強いかどうか判断するのは、他人の目と基準だ。

「日嗣は強いぜ」

 静観していたボスが、笑いながら入ってくる。手当は終わったようだが、ロマーリオさんの男の治療によって派手に包帯が巻かれていた。……あとで巻きなおさないと。
 ボスの答えを聞いた雲雀君は、ふうん、と嬉しそうに唇を歪めた。ああ、嫌な予感。

「どのくらい?」
「そうだな、恭弥も楽しめるんじゃねーか? なんたって、ヴァリアーにスカウトされるくらいだからな」

 ……え。え? 何だそれ、僕知らない。
 治療の手を止めて、ソファに腰掛けたままのボスを見ていると、ボスは苦笑した。

「ザンザスがヴァリアーのボスになってすぐ……くらいだったか。俺がボスになる前だな。たまたま会った時に、ヴァリアーによこせって言われたんだよ」
「……初耳です」
「話してねーからな」
「そのヴァリアーっていうのが何かは知らないけど、それって強いんだ」
「冗談抜きにな。そいつらと戦うために、恭弥、お前を鍛えてるんだ」
「ふうん」

 雲雀君の視線は、僕に固定されたままだった。好戦的な色が、どんどん滲み出している。

「ねえ、僕と戦ってよ」

 やっぱりな……というのは、僕とボスとロマーリオさん全員の心境だったろう。
 僕としては全力で遠慮したいんだけど、断ったって聞いてくれないんだろうな。ボスが余計なこと言うから!
 正直言って、僕は雲雀君を満足させられるような力量は持っていない。今ではボスの方が――部下がいれば――何倍も強いと思うし。

「……争奪戦が終わったら。今は、修業に集中しろ」
「約束だよ」
「……ああ」

 ヴァリアーと戦った後じゃ、僕なんて彼の言う草食動物と同じようなものだろうけど。
 とりあえずは満足したらしい雲雀君は、手の止まっている僕に「早くしてよ」と文句を言う。それに内心慌てて、治療を再開させた。
 黙って手当てされている雲雀君の視線が、僕の傷に固定された。気取ったボスは咎めたいのか、口を開いては閉じている。
 雲雀君にとっては不躾とかそういうのは、気にするような事柄じゃないのだろう。別段僕も、傷や左目のことに触れられたって気にしないけれど。

「ねえ。それ、偽物?」

 左目のことだろう。前髪である程度隠しているけど、気付く人は気付く。今日は眼帯もしていないし。

「……ああ」
「ふうん」
「おい、恭弥……」

 特別他意なく訊ねた雲雀君を、ボスが咎めるような声で呼ばわった。雲雀君はちらりとボスを見ただけで、意に介した様子もない。

「支障はないの」

 戦うのに、という言葉が、声に含まれていた。

「……死角が増える」
「へえ」
「……対処は可能だ」
「そう」

 視界が頼りにできない分、左側の気配に対してはかなり敏感になったから、今では死角はないと殆ど言えるかもしれない。……それもこれもリボーンさんの、鬼のような指導があったからだけど。ボスを教育しながら僕のハンディキャップを克服させてしまうなんて、リボーンさんは本当に凄い人だと思う。

「ヘタに日嗣の左をとろうなんて、しないほうがいいぜ、恭弥」
「なぜ?」
「日嗣の左は、弱点じゃなくて罠だからな。……そりゃもう情け容赦なく反撃されるぞ」

 時折ボスと手合わせをするのだけど、僕が左を克服してから、一度だけボスが死角をつこうとしてきたことがあった。
 そのとき僕はリボーンさんに対処を徹底的に仕込まれたせいか、ボス相手に全力で仕返しをしてしまったのだった。

「死角なぶん、過敏になるんだろうな。俺はもう二度と日嗣の左を狙いたくねえ……」
「ワオ。あなたがそれだけ言うんだから、随分楽しめそうじゃない」
「やめとけって、恭弥。左を狙った後の反撃、リミッター外れてんだから」
「そんなこと聞くと、尚更やりたくなるね。……ねえ、覚悟しててよ、南雲日嗣」

 そう言って笑った雲雀君の顔は、まさしく肉食獣だった。

「とんでもねー奴に目をつけられたもんだな、日嗣」

 かっかと笑うロマーリオさんに、僕もボスも脱力するしか、なかった。

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