This might be the last.


――S・Squalo

 学校に行こう、と思ったのは、例の計画を目前に控えた日の事だった。
 別に行く意味なんざ欠片もねーのに、俺はなぜそんなことを思ったのか。実際に学校の教室まで足を運んでも、理由を知ることも、気付くこともなかった。
 気付けたのはただ――南雲が、心ここにあらずといった風であることだけだ。
 先日の一件で重傷を負った南雲だったが、最近になってようやく出て来れるようになったらしい。怜悧そうな面には、左目の上を走る傷が残ってしまっていた。いささか勿体ない、と思ったのは、墓に持っていく。
 南雲の側には跳ね馬と呼ばれるようになったへなちょこ野郎と、その家庭教師だという最強の殺し屋・リボーンが当たり前のようにいて、何やら跳ね馬は悲鳴を上げている。
 二人は南雲の様子に気付いた様子もなく、俺は内心で笑った。確かに感じたそれは、優越感だったのだろう。誰よりも長く南雲の側にいる跳ね馬も、最強と謳われる赤ん坊も気付いていない南雲の異変を気取れたことへの。

「――よぉ゛、南雲。随分ハクがついたじゃねーか」
「……スクアーロ」
「あ、スクアーロ! なんかすっげー久し振りだな」

 今まで弱々しい口調だった跳ね馬は、キャバッローネのボスとなったからかなんなのか、粗野な口をきくようになった。まあ、聞いてるぶんにゃ、こっちのが苛つかなくてマシだなぁ。

「う゛お゛ぉい、へなちょこぉ。南雲借りてくぞぉ」
「へ?」
「なっ……スクアーロ?!」

 ぽかんと大口開けてる跳ね馬の了承を得る前に、南雲の首根っこを引っ掴んで引き摺っていく。途中からは離してやって、あまり人の来ない裏庭に向かう。
 日当たりもわりとよくて、サボるにゃもってこいのところなのに、どうして人が来ないかって、ザンザスがしょっちゅうここに来てたからだ。あいつはボンゴレの御曹司だからなぁ、他の奴らが勝手に萎縮して、ここは殆どザンザス専用の場所になっていた。
 そこで南雲と向き合って、考えの読めねー面を見る。

「――なんかお前、顔色悪いなぁ」
「……だろうか」
「お゛ぉ」

 もともと南雲は色白なほうだが、それにしたって今日は具合が悪そうに見える。
 腕を組んで肯定すると、南雲はしばらく逡巡するように口を閉ざして、やがてぽつりと呟いた。

「……うまく、現実に戻れていないようなかんじがする」
「あ?」
「……あの日、初めて人を殺してから」

 ――これは、誰だ。
 感情が根こそぎ剥がれ落ちたような面で言葉を落とす南雲は、まるで別人のように見えた。
 普段だって能面だが、能面なりに心中では感情が動いているのだとわかるようなそれだった。初めて生の実感を得たと語った時の、熱に浮かされたようにもみえる顔はいまでも覚えている。

「……思い出せない。いままで、どう暮らしていたか」

 こういうもん、なんだろうか。普通人を殺すと。
 俺が初めて殺したのは父親だった。父親とはいうが、あいつは俺にとって父親というよりも師匠だった。剣の師。あいつも俺と同じように――違うな、あいつが流派を定めずに色んな剣士の技を吸収して己のものにしていたから、俺もそのスタイルを受け継いだんだ。
 だからこそあいつは、俺にとって最初に越えるべき壁だった。だから戦って、結果殺したが、南雲みてーに何かを見失うようなことにはならなかった。
 多分、俺が異常なんだろうなぁ。

「家に帰っても、両親がいないというのも、うまく、理解出来ていない……気がする」

 死別というのは初めてだ、と南雲は言った。祖父母は南雲が生まれる前に他界したらしい。

「いまはただの出張中で、そのうちふらりと帰って来るのじゃないかと、思う」

 ……そういうもんか。"普通"は、親が死ぬと。
 ザンザスはどうだろうか。あいつはこれから父親を殺す。俺のように何も感じないか、それとも南雲のように、心の中にしこりを残すだろうか。ふとした瞬間に思い出して、苦しむのだろうか。
 ――それはねぇ、か。なにせあのザンザスだしな。憤怒を原動力にしているような男が、悔いたりするはずがねえ。

「お前、ほんとはマフィアに向いてねーんだなぁ」
「……え」
「人殺した程度で、そんだけ罪悪感抱いてんだからよぉ」
「罪悪、感?」
「だろぉ。罪悪感にとらわれてっから、そのことばかり考えちまって、どんな風に生きてたかも見えなくなっちまってんだろ」

 跳ね馬といい南雲といい、この主従は揃って甘ちゃんだ。南雲は跳ね馬以外には冷血かと思ってたんだが、そりゃ俺の勝手な思い込みだったってわけだなぁ。
 これじゃ、ヴァリアーに入れたら、最悪自滅しちまうな。

「……スクアーロは、抱かないのか」
「するわけねーだろぉ」
「だって人を殺したのに?」

 何つーか、いまの南雲は頼りねえ。樹海で迷子になったみてーな目ぇしやがって。
 ……そういや、南雲の目がそうとわかるほど感情を出すのは、珍しいな。

「……罪悪感は抱かねえ。が、いままで倒して来た剣士に対してなら、俺は敬意を払ってる」

 それ以外――ヴァリアーの任務で片付けた豚みてーな奴らに対しては、ごみを片付けたくらいにしか思ってねーが。

「敬意?」
「そうだぁ。そいつがどんな"剣"を使ったか、どう戦ったか、どんな面だったか、どんな姿だったかを、俺は覚えている。それが俺なりの、倒した剣士への敬意だ」
「……僕は」
「どうせ何人殺したか、どんな奴だったか覚えてねえって言うんだろぉ」

 悔恨を露にする南雲に指摘すると、南雲は黙って俯いた。
 案外、手間のかかる奴だ。

「けどいま、考えてんじゃねーか」
「え?」

 南雲は顔を跳ね上げて、驚いたように目を瞬かせる。それが妙に年相応に見えて、笑いそうだった。いつだってこいつが、大人びて見えていたからだ。

「人、殺したことについて、考えてんだろーが。それでいいだろぉ、向き合ってるってことになるんじゃねーのか」
「……それは……」
「ま、それにとらわれて日常を見失うのは悪い傾向だけどよ。人を殺してるって、それがどう言う事なのか理解して自覚してるんなら、いいんじゃねーのか、南雲の場合は」
「……そう、だろうか。本当に」
「さぁなぁ。こればっかりは、テメーで答えを出さなきゃなんねーしな。いま言ったのはあくまで俺の見解で、南雲が納得するかどうかは別だからなぁ」
「……そう、だな。――探し続けることも、贖罪だろうか、スクアーロ」
「さぁな」

 そこまで面倒見てやらねえ。テメーで考えやがれ、と吐き捨てる。
 南雲はそれに少しだけ苦笑して、頷いた。
 ずいぶん、生気を取り戻したようだった。これなら、放っといても大丈夫だろう。

「――じゃあなぁ」
「……帰るのか? 来たばかりなのに?」
「授業受けに来た訳じゃねーからなぁ」
「……じゃあ何で来たんだ」
「何でって……」

 呆れたような顔をする南雲に、俺は返答しかけて口を噤む。
 何でって。……何でだかなぁ。話してたら気付いちまったじゃねーか。

(お前の面を見に来た、なんて言っても信じねえだろーなぁ)

 最後になるかもしれないから。
 ……ったく、俺ゃどうしちまったんだ。ザンザス以外、どうだっていいはずだったってのによ。
 失敗なんてあるはずがない。ザンザスがいて、しかも俺だっている。クーデターの失敗は、ありえない。
 だがそれでも、俺は南雲の面でも見ておこうと思った。無意識に。
 失敗するわけねえ、でも俺は"万が一"という可能性があるということも知っている。もしもその万が一に転んだら、きっと二度と会えねえから。

(何考えてんだ、俺)

 南雲に二度と会えなくなったって、そんなもん別に対したことじゃねーだろうに。

(あれだ、ザンザスが南雲南雲言うから、俺も影響されてんだろぉ)

 それほど口に出すわけじゃねーけど、ザンザスは本当はボンゴレに及ぶくらいに南雲を欲しがってる、気がする。
 何でそんな執着してんだかは知らねーが、とりあえず南雲はめんどくさくなくていいってのはわかる。不必要にこっちに踏み込んでこねーし。俺らみたいな日陰者にとっちゃ、だいたい丁度いいくらいの距離感を保っているから。ザンザスも俺も、内側に突っ込まれるのは好きじゃねえしな。

「スクアーロ?」
「っお……お゛う……」
「……なんでもいいけれど。帰るんだったら、気をつけて。さよなら」
「……おぉ。……じゃーなぁ」

 すっかりいつも通りの能面に戻った南雲の隣をすり抜けて、俺は裏庭から直接塀を飛び越えて学校を出る。
 学校を振り向いたときに視界に入り込んだ空は、ハラが立つくらいの快晴だった。

[*前] | [次#]|[]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -