Another sky.


 長期の出張から戻って、ボスに報告書を提出するなりのことだった。

「よしっ、日嗣。ちょっと野暮用が出来たから、ジャッポーネへ飛ぶぞ」
「……はい」

 それより先に報告書を読んでください、という言葉は聞かれることもなく。どうせ飛行機の中で口頭報告させられるんだろう。重要な事件もなかったから、まあいいけども。
 一睡もしないまま報告書を仕上げていた僕の体内時計は午前二時。意気揚々とキャバッローネ本部を出ようとするボスの一歩後ろで、僕は欠伸を噛み殺した。
 キャバッローネ所有の飛行機に乗ってから口頭での報告を済ませ、僕がいない間の皆の様子をボスから聞いているうちに、とうとう睡魔に負けたらしい。らしい、というのは、ボスに揺り起こされた時には日本まであと一時間という距離だったからだ。
 東京で済ませた野暮用というのは本当に野暮用で、なにもボスが出なくてもいいような案件だった。何故わざわざ、と訊ねたところ、

「ああ、お前はまだ俺の弟分に会ってなかったろ? 丁度出張中だったから。だし、日嗣にも会わせておきたいと思ってな」
「弟分……? ああ、リボーンさんが新たに家庭教師をしに行くと仰ってた……」
「そうだ。ボンゴレ十代目候補のな」
「……」

 十代目候補、と聞いて、僕は一瞬足を止める。それだけでボスには分かったのか、ボスは気まずそうな顔をした。

「……まあ、日嗣もツナに会えば、あいつがボンゴレ十代目に誰よりも相応しいって思うぜ。……って、ザンザスを推してたお前に言う台詞でもねーか」
「……別に僕は、彼を推していたわけでは。ただあの中でなら、彼がドン・ボンゴレに一番近いだろうと、思っていただけです」
「そうか。……まあ、俺も昔はそう思ってたんだよなー。だからザンザスがいなくなって、結構焦ったし――おっ、いたぜ日嗣。あいつらだ。おーいっ、ツナー!」

 ボスの弟分であるボンゴレ十代目候補沢田綱吉が通っている並盛中学校、その正門近くに至ったと同時に、ボスは彼を発見したらしい。丁度下校時刻のようで、周囲には大勢の生徒がいて誰が"ツナ"なのかはわからない。
 ボスは大きく手を振って目的の彼を呼ばわる。近くにいた生徒達が全員こちらを振り向いて、女生徒はボスを見ては顔を赤らめている。ボスは美形だからなぁ。
 振り向いたうちのひとりだった茶色いふわふわした髪の男子生徒が、ぎょっと目を丸くしている。――あれか。隣にいる銀髪の――スクアーロより濃い色のそれ――生徒は、たしかスモーキン・ボムだったっけか。

「なっ、ディーノさん?!」
「何でテメーがここに!」
「ちわっす!」
「よっ。久し振り……ってこともねーか。元気そうだな、ツナ、獄寺、山本」

 正門前を突っ切って、ボスは驚いたままの(一人はそんな様子もなく笑ってるけど)彼らに歩み寄る。僕もボスの一歩後ろを付いて行った。

「お前ら、この後時間あるか?」
「へっ?! え、あ……はい、俺はありますけど……」

 茶髪の少年――多分彼が沢田綱吉だ――は頷いた後、スモーキン・ボムと黒髪の少年に視線を遣った。

「俺は問題ありません、十代目!」
「俺もなのなー」
「よし、じゃあ茶でも飲みにいこうぜ! 勿論、俺のオゴリでな」

 少年達の困惑も異論も差し挟ませず、ボスは沢田君の肩を押して歩きだす。スモーキン・ボムがボスに猛抗議したが、ボスは笑顔で躱していた。


 ボスが沢田君達を連れて来たのは、並盛町内にあるボンゴレの息がかかった高級ホテルのカフェテリアだった。沢田君は随分肩身の狭そうな思いをしている。多分、こう言った場所に馴染みがないのだろう。僕も生まれたばかりの頃は、自宅が豪華で壁に触れるのもおそろしかったので、何だか懐かしい。
 洗練された動きでやって来たウェイターに、僕が全員分のオーダーをする。ボスと僕、スモーキン・ボムはエスプレッソ、沢田君はアイスカプチーノ、黒髪の少年はアイスコーヒー。
 ウェイターが一礼して下がってから、ボスはさて、と話を切り出した。

「俺が日本に来たのは野暮用があったからなんだが、ついでに、俺の親友に会わせてやろうと思ったのもあるんだよな。この間来た時には、こいつ、出張中だったから」
「親友……って、その人、ですか?」
「ああ。赤ん坊の頃から一緒にいるんだぜ。――日嗣」

 ボスに頷いて、少年三人を見据える。

「キャバッローネファミリーの南雲日嗣です。よろしく」
「あ、俺、沢田綱吉です。宜しくお願いします、えっと、南雲さん」
「……獄寺隼人」
「俺は山本武っていいます。宜しくっす!」

 沢田君はぺこりとお辞儀を、山本君は爽やかに笑って片手を差し出して来たので、握手をする。スモーキン・ボムはそっぽをむいている。
 注文した飲み物がくるまでは、ボスがあれこれ学生時代の思い出を話したり、沢田君の学校生活のことを聞いたりしていた。沢田君の生活は、聞けば聞くほど跳ね馬になる前のボスそっくりで、懐かしさに目元が緩む。
 届いたカプチーノで一息ついた沢田君は、ちらと僕を上目遣いに見上げた。

「あの、南雲さんは日本人……ですよね?」
「日系イタリア人、といったほうがいいですね。日本国籍も持っていないですし」

 祖父が若い頃にキャバッローネ八代目と知り合って、彼は誘われるままに祖母とイタリアに渡りキャバッローネに入ったらしい。その頃父は小学生で、既に母とは知り合って本気で結婚の約束をしていたという。
 父が大人になってから母を迎えにいって、イタリアで挙式をして、そうして僕が生まれたのだと聞いた。
 子供の頃暮らしていた邸は、人手に渡した。僕一人が住むには、広すぎるので。いまは、キャバッローネ本部に近いアッパルタメントで生活している。

「あ、そうなんですか……。その、……南雲さんもやっぱり、俺がボンゴレのボスになったほうがいいって言います?」
「……どうでしょう」
「え、」
「テメエっ! 十代目に相応しいのは沢田さんしかいねーだろうが! キャバッローネの盾とも剣とも言われてるくせに、人を見る目はねーんだな」
「ちょっ、獄寺君!」
「まあ落ち着け、獄寺」

 誰が十代目になるべきか、なんて、キャバッローネの構成員でしかない僕が口を挟めることじゃないのだ。そう思って答えを濁すと、獄寺君がいきり立った。
 悪童と名高い彼がこれだけ懐くのだから、沢田君には素質があるんだろう。

「日嗣はツナとは別に、推してた奴がいたからな。答えにくいんだよ」
「え! じゃあその人がボスになればいいんじゃ……」
「それが、そうもいかねーんだ。アイツ、いなくなっちまったからさ……」

 ――ザンザスは、僕とボスにとって幼なじみともいえてしまうから、自然とボスの声も寂しさを孕む。

「ディーノさん……?」
「――っと、いけねー。湿っぽくしちまったな。ちょっと俺はトイレにでも行ってくるわ。あ、日嗣は付いて来なくても大丈夫だからな!」
「ほんとかよ……」

 朗らかな笑顔で言い切ったボスに、獄寺君がぼそりと呟いた。まあ、多分駄目なんだろうなぁ……。
 ボスが向かったトイレの方面からさっそく派手な音がきこえてきて、僕たちは顔を見あわせ溜息をついたのだった。

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