僕には聞こえない歌を歌う君は酷く遠く見えて


 ――十月十日。この日が、俺の誕生日ということになっている。
 それは俺を生んだ女が言っていたことで、どこまで信用出来るかはわからない。だって俺が憤怒の炎を出せるようになるまで、誕生日を祝われたことなんてなかったから。
 十八になった十月十日。開かれたパーティーも終わって、ヴァリアー本部の私室でゆっくりと身体を休めていたところに、一週間ほど任務に出ていたスクアーロが帰還した。
 スクアーロは報告書を提出するなり、深くソファに凭れている俺に多い被さって、触れるだけのキスをした。

「……な……、」

 いや……。いや、なにごと。
 突然のことに呆然としている俺を、スクアーロはしっかりとした強い双眸で見据える。

「――好きだ、イクス」
「は……」
「好きだって言ってんだろぉ」
「はい……」

 って、それは知ってる! この鮫普段から好き好きオーラ出しまくってるから。
 本人は気付いてないようだけど、スクアーロが俺を恋愛感情で好きだって言うのは、俺を含めた幹部全員の知るところだ。だからスクアーロは余計にレヴィに睨まれている。
 問題はですよ、何でこの鮫はこんなに不機嫌まるだしなんだかっていうことですよ! 告白なんてものは、間違ってもこんな機嫌の悪さを滲ませた声でするもんじゃないよ。ようやく言ったかと思えば、台無しだろ!

「返事、しろぉ」

 うわ……こっわ……。目ぇ据わってね?

「するけど……」
「けど、なんだぁ」
「何でそんな機嫌わりーの、お前」

問うと、スクアーロはしばらく押し黙った。

「……ベルが」

 ふてたように少しだけ眼を逸らしたスクアーロが発した声は、まだ不機嫌を孕んでいる。

「パーティで、お前が女に群がられてたって言うからよ……」
「それで?」
「報告書作ってるあいだに、お前、もう婚約だとかそういう話が出てておかしくねえって気付いて、ムカついた」

 背もたれの上におかれたスクアーロの右手が、ぎりと握り締められるのがきこえた。

「イクスが他の誰かのモンになるなんて、考えたくねえ。俺はお前の強ぇとこも弱いとこも全部引っ括めて好きなのに、何も知らねえ女が、何も知らねえくせにお前をかっさらうなんて、冗談じゃねえ」
「スクアーロ」
「くだらねえ女にお前を奪われるくらいなら、俺はお前を連れて誰にも見つからないところへ逃げる」

 ――正気か。
 一段と低い声できっぱりと言い切ったスクアーロに、俺は目をみはった。

「ボンゴレから、逃げ切れるわけねえだろ……」
「それでもだぁ。どんな追っ手が来たって、かっ捌いて逃げ切ってやる。……俺は、イクス以外いらねえんだ。イクスさえいてくれりゃ、何だってできるし、誰にだって負けねえ」
「……、スク」
「だから、……だから、女なんて選ぶなぁ。選ぶんだったら、俺を、選べ」

 思いを吐き出すうちにスクアーロは機嫌を直していったのか、声はすっかりいつも通り――でもないか。
 こんなふうに甘く熱っぽいスクアーロの声を、俺はしらない。そんな声で、耳元で囁かれたりしたら、俺は。
 投げ出していた腕を、俺はスクアーロの背中にまわして、



「気がついたか、ザンザス」

 重い瞼を開けると、まず安堵したような若い男の声が耳朶を打った。
 次に、その声の主が視界を覆う。

「……跳ね馬……」

 ここは、と掠れた声で訊ねる。病院だ、と短く返ってきた。

「覚えてるか? リング争奪戦最後の戦い、大空戦でお前はツナに凍らされた」
「――ああ……」
「それでお前は戦闘不能とみなされ、大空戦はツナが勝った。その後で、マーモンとベルフェゴールが他のリングを持ってきて、リングに灯した炎でお前の氷を溶かしたんだ。けど……お前は意識を失ったままだった。大変だったんだぜ、ベルフェゴールが泣いて暴れるから。『ボスがずっと起きないようなことになったら、全員ブッ殺してやる』ってさ」
「……そうか。ベルは……」
「いまは落ち着いて、お前らが使ってたホテルにいる。ベルフェゴール以外のヴァリアーも、みんなザンザスのこと心配してるんだぜ。さっきまでも、ルッスーリアとレヴィ・ア・タンが来てたしな」

 と言って、ディーノは少し苦笑した。そりゃあさぞかし、ウザかったことだろう。主にレヴィが。
 こうしてディーノと二人きりで話すっていうのは、はじめてのような気がする。学生時代だってほとんど話さなかったし、いつもスクアーロやレヴィが俺の側にいてくれたから。
 ――スクアーロ。

「……、スクアー、ロ」
「あいつなら生きてる。……大丈夫だ、ザンザス。スクアーロは死んじゃいねーよ。うちの部下をB棟に忍ばせといたんだ。ほんとは山本を助けるつもりだったんだけどな、スクアーロが負けてびびったのなんのって。……そろそろ、来るんじゃないか? まだ車椅子が必要だけどさ、元気だから」

 知ってる。ディーノが助けてくれたなんて知ってる。だって全部"原作通り"に進んでるんだから。
 俺がルッスとベルの試合を見に行っても、流れは原作と同じだった。だからスクアーロが負けて鮫に食われるのも知ってたし、生きてるのも知ってる。その可能性が大きかったっていうことを、知ってた。
 それでもスクアーロが鮫に食われたとき、どうしても辛くて信じたくなくてXANXUSではなくイクスを表に出してしまったのは。

「……来なくて、いい」
「え?」
「あんなカスザメの顔なんて、見たくもねえ」
「え、どうしたんだよ、ザンザス。なにを……」
「スクアーロなんか、必要ねえって言ってんだよ!」

 募る苛立にまかせて声を荒げた一瞬後、病室のドアが派手に開いた。
 ――そこには、身体中から怒気を立ち上らせる、包帯だらけで車椅子に座ってる、スクアーロの姿があった。スクアーロのうしろには、おろおろと顔を青ざめさせているツナの姿も。

「……そりゃ、どーゆー意味だぁ、テメエ」

 車椅子を進めて病室に入ってきながら、スクアーロは本気の怒りを滲ませて言った。
 俺はスクアーロの顔を見ずに、切り捨てるように返答する。

「そのままの意味だろ、カス」
「俺が必要ねえって、どういうつもりだぁ!!!」
「スクアーロ!」

 病院であることも考えずに叫喚するスクアーロを、ディーノが鋭い声でとがめ立てた。けれどスクアーロは、ディーノを無視してまた叫ぶ。

「ふざけんじゃねえぞぉ!! 俺はお前にすべてを捧げてんだぞ、テメエだってそれを受け取ったじゃねえか、イクス!!!」

 ――この、野郎……!!

「だったら! だったら何で勝手に死のうとしてんだよ!!」
「っな……!」
「剣も命も俺に寄越したくせに、自分で俺の所有物だって言ったくせに、何で!」
「それ、は……!」
「負けたって、鮫に食われたって構わなかった! ――いちどでも俺の方を見てくれてたら!!!」
「……っ!」

 そう、たった一瞥でもよかったんだ。少しだけでも、鮫に食われる直前でもいつでも、一瞬だけ俺を意識してくれていたなら。
 見てくれていたら、俺はこんなに苦しくなかった。――裏切られたなんて、思わなかった。

「もしかしたらって、思ったのに……」

 おもえば、それこそ俺の驕りであったのかもしれない。
 この世界は俺がXANXUSである時点で原作に準ずる世界ではないから、ひょっとしたらスクアーロも、雨戦で俺に一瞬だけでも意識を向けてくれるんじゃないかって。
 けれどやはりスクアーロはスクアーロで。あいつが本当に優先するのはいつだって、剣士であることで。

「……馬鹿みてぇ」

 勝手に期待して勝手に裏切られた気分になって、それで癇癪おこして、喚いて。
 ぎしりと痛む身体に鞭打って、俺は白い布団を頭から被ってスクアーロを視界から追い出した。低いスクアーロの声がかけられたけれど、何も聞きたくなくて耳を塞ぐ。

「確かに、俺ゃテメーのことを顧みもしなかった」

 それでも、声は無理矢理俺の耳に入り込んでくる。

「負けちまったからだ。お前を護るって、お前の邪魔になるもんは全部切り捨てる剣になるって誓ったのに、負けちまったから――失望されんのが、怖かった」

 スクアーロが怖い、なんて言うのを、俺は初めて聞いた。
 どんな顔をして、言っているのだろう。

「イクスに失望されたんじゃねーかって、思った。だったら俺に残るのは、剣士であることの誇りしかねえ。だからせめて、それだけはと。……怒鳴って悪かったなぁ――ボス」
「――っ!」
「イクスが俺を要らねえって言うなら、仕方ねーが。ヴァリアーにはいさせてくれよ、ザンザス。そこしか、行くとこねーからな」

 じゃあな、という言葉の後に、車椅子を動かす音がきこえた。そのあとにはドアの開閉音。ああ出て行ったんだ、きっとスクアーロはもう見舞いに来ない。
 ――その日を境に、スクアーロが俺をイクスと呼ぶことは、なくなった。


*title by 傾いだ空(PC)

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