Lost.


――XANXUS

 己の身さえ焼き尽くしてしまいそうなほどの怒りが、俺の中にあった。
 世界の総てを呪わしく思うほどの怒りを、この数ヶ月俺は抱いている。
 ふとした瞬間燃え上がるそれは、内側に留めておくにはあまりに激しい。何らかの方法で外に出さねば、自我さえも蝕まれるだろう。認めたくない話だが、俺は俺自身の忿怨に恐怖している、らしい。
 だがそれでもこの怒りを抑えることは、出来ない。

(あの、クソジジイ……っ)

 ――何が息子だ。最初から血が繋がっていないと知っていたくせに、俺がボンゴレ十代目になろうとするのを止めもしなかった。
 ブラッド・オブ・ボンゴレなき俺に、ボンゴレファミリーを継ぐことは出来ないと知っていたくせに。

(総て嘘だった)

 俺に与えられたものは、はじめから何もかもが偽りだったのだ。
 ――あたたかいと感じたマフラーの、ぬくもりさえも。生まれて初めて感じた、やさしさだったのに。
 ジジイが俺に与えたものに、真実なんてありゃしなかった。

(俺を、裏切りやがって……!)

 どうして――どうして教えてくれなかった。もっと早くに。
 俺はアンタの口から、本当のことを知りたかったのに。

「――う゛お゛ぉぉぉいッ! 大変だぁ、ボス! 南雲の奴が――ぐあっ?!」

 俯いて唇を噛んだ、その瞬間にカスザメがノックもなしに俺の部屋へ闖入して来たので、手に持っていた水入りのグラスを目立つ銀髪めがけて投げつける。
 ――スペルビ・スクアーロ。何かと人にまとわりついてくる二つ下のこいつは頑丈で、少しのことでは壊れない。ので、当たり散らして発散するのには丁度いいカスだ。
 ……待て、スクアーロの奴、いま南雲と言ったか。
 グラスの底、縁の部分が直撃した額をしゃがみ込んで抑えて呻いているカスザメに、南雲がどうしたと声をかける。

「ッあ、そうだ、南雲だぁ! あンのマゾヒスト、とうとうやらかしやがった!」
「何をだ」
「あいつ、へなちょこを庇って重傷なんだとよ! へなちょこはキャバッローネの十代目になったが、南雲は左目を失ったらしい。――ひとの忠告聞きゃあしねーで、あのマゾ野郎……!」

 カスザメは烈火の如く南雲への罵倒をまくしたてる。俺は、端から見てそうと分かるほど瞠目しているのだろう。自分の表情のことだというに、どこか他人事めいている。
 前々から南雲日嗣は、ディーノを護ることに生きがいを見出しているふしがあった。カスザメがそうだったように、出会った瞬間にディーノを生涯の主と定めた南雲は、片目をなくしたことさえ誇りにしてしまうのだろう。

(……結局、)

 結局俺は欲しいものなど、何一つ手に入れられやしないのだ。
 ボンゴレも、南雲も、――"父親"も。

「……そーいやなぁ。その抗争でキャバッローネ九代目と、南雲の両親が死んだんだとよぉ」
「……」
「どーでも、いいけどなぁ。南雲の両親に至っちゃ、顔も知らねーしよ。これで南雲があいつより両親大事な奴だったら、うまいこと言いくるめてヴァリアーに入れるってのもできたろーなぁ、くらいにしか思わねーしなぁ」
「……何が言いてぇンだ、テメエは」
「親が死ぬって、ふつうはどんな気分なんだろーなぁ」

 カスザメはふてぶてしく床に座りこんで、立てた膝に肘を付いて茫とした顔で零した。

「それを俺に言うのか」
「ん゛ー……」

 俺はあの女が死んだと聞いても、何か感じることさえなかった。死んだか、と。それだけのことだった。
 カスザメは――俺が言えたことではないが――もっとひどくて、あいつが一番最初に殺したのは剣士だった父親だという。母親の顔は知らないらしい。
 逆に俺が「父親を殺すのはどんな気分だ」と問うても、答えなんざ返ってきやしない。
 何故ならカスザメ自身、父親を殺したという感覚を持っていないからだ。奴に取って父親は父親ではなく、越えるべき剣士でしかなかったということか。

「なぁ゛。キャバッローネ九代目の葬式、行くのかぁ」
「ジジイは行くだろ。俺は行かねえ。奴と出席なんざ虫酸が走る」
「だろーなぁ。南雲の両親の葬式も一緒にやるって話だが、たぶん南雲はまだ歩けねーだろーし、行く意味もねーなぁ」

 南雲に会えねーんじゃ。と鮫は加えた。そうだな、と頷きかけて、頷きかけた俺にこそ虫酸が走った。
 顔を顰めた俺を、カスザメがやけにムカつく目をして見上げて来た。

「南雲のこと、奪っちまうかぁ?」
「……あァ?」
「側におきてーんだろぉ。っとに南雲のこと好きだよなぁ、御曹司は」
「死にてーのか」
「いま戦力減らすのかぁ?」
「カスがッ」

 何だってこいつはアホのくせに、いらねーことばっかに頭が回りやがる!
 忌々しいがカスザメの言う事はまったくの正論で(まかり間違っても俺が南雲を好きだとか言うことじゃねえ)、とある計画を秘密裏にたてているいま、多少なりとも戦力となるカスに大怪我を負わせる訳にはいかなかった。
 代りとばかりに俺はデスクに置きっぱなしだった分厚い書籍を、カスザメに向かって投擲する。それは見事にカスザメの前頭部に直撃した。
 ――が、気は晴れない。
 あのカスはときどき、俺が投げるモノをわざと避けない。いまのもだ。
 深く考えてそうしてるわけじゃねーのは、マジで怒鳴ってんのを見りゃ瞭然のことで。スクアーロは何も考えずに、避けて良い時と避けるべきではないときを判断している。多分本能的な何かをもってして。
 しかし"わざと当たった"と俺にも分かるのだから、だったらいっそ何も気取らず避けられた方が苛立も少ないというのに。本当にいらねーことにばっか頭が回るカスだ。

「そもそも、奪って手に入るなら南雲は既にここにいるだろうよ。――テメーの代りにな」
「ッな゛ぁ?! ……いや、それはねーだろぉ、ザンザス」
「あ゛ぁ?」
「あいつ、雨じゃなくて雲だろぉ」
「……」

 まあ、確かに。
 "何者にもとらわれず我が道をいく浮き雲"――。南雲がディーノを庇って左目を失ったのは、奴の我を突き通した結果なのだろうから、奴は間違いなく雲だ。
 南雲日嗣はディーノに固執しているようで、実はディーノ自身ではなく"自らの主となった人間を護ること"に執着している。南雲もヘタレも気付いちゃねーだろうが。
 だから南雲は簡単に、自分の身を盾に出来る。庇って負傷して周囲が――それこそディーノが自責しようが、あいつにとってはどうでもいいことなのだから。

「だし、どっちにしろ、お前にゃ俺が必要だぁ」
「俺はいま、未だかつてないほどにテメーを殺してえ」
「なッ、お゛ッ、ちょ、ちょっと待てぇザンザス! 炎はやめっ――」

 その日、俺の部屋の前には生焼けの鮫が転がっていたが、手を差し伸べてやる奴はいなかったらしい。


自分がどんなひどいことを行うかがわかっていても、怒りは抑えられない。人間に最大の禍をもたらすのが怒りである
――エウリピデス


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