集え空達 吹き荒ぶ風よ


――Hayato Gokudera

 偉大なるドン・ボンゴレから、十代目になるのは俺と同じ年齢の日本人だと聞いて、俺はソイツに会ってみたくなった。穏健派と名高い九代目が後継者に選ぶくらいなのだから、ソイツもさぞかし穏やかな人間なのだろうと思って。
 九代目がボンゴレを継ぐのは彼しかいない、と断言してしまうような奴は、どのような人間であるのだろうか。
 ソイツは裏社会など知らずに、表でぬくぬく育ったと聞いたんで、俺の予想じゃ、戦いも暗い世界も知らない軟弱なヤローだった。
 ――だが実際はどうだ。日本に渡ってソイツのいる並盛中に入って、教室で写真で見せられたソイツを発見し、まずは小手調べと睨みつけてやったら。

「ッ……!」

 ソイツは、俺の殺気などものともせずに、逆に身を凍らされそうなほどの殺気を俺にぶつけて来た。戦いを知らないだろうなんて予想をしていた俺をぶん殴ってやりたい。あれは、命のやり取りを知っている人間の目だ。
 琥珀色の鋭い双眸に射抜かれた俺は、まるで雷に撃たれたような感覚を得た。青天霹靂という言葉があった気がするが、まさしくそれだ。脳を、心臓を鷲掴みにされるような衝撃。 正直言って、かなりゾクゾクしたぜ。ソイツ――沢田脩嶺さんを昼まで観察させてもらったが、挙措のどこにもスキっていうもんがまるでねえ。常に周囲を警戒し、どんな襲撃にも対応出来るようにしている。俺がダイナマイトで奇襲しようとしても、おそらく失敗してしまうだろう。俺が様子を見ていることにも、絶対に気付いてらっしゃる。
 俺はこの人に、どう挑もうときっと適いっこねえ。

(この人に俺を認めてもらえたら、それはどんなに喜ばしいんだ……)

 あの人に認めてもらうには、何をしたら良いか、四限の間中ずっと考えていた。簡単過ぎてくだらねー授業なんか、耳に入ってきやしない。
 四限終了のチャイムが響くと同時に出た答えは、沢田さんを裏庭に連れ出して俺の力を見てもらえば良い、ということだった。スモーキン・ボムとして名を知られるようになった俺の技を見せれば、きっと俺を見てくれる。

「……ちょっと、付き合ってくれ」
「……あァ゛?」

 席を立って教室から出て行こうとした沢田さんを引き止め、俺は何とか沢田さんに校舎裏まで来て頂いた。
 くすんだコンクリートの外壁に腕を組んで寄りかかる沢田さんの琥珀色に、俺の姿が映されている。沢田さんの研ぎすまされた眸に映り込む俺の姿を意識するだけで、叫びたいほどの喜びを得られた。
 ――間違いない、この人が俺の王だ。この人だけが俺を支配出来る。悪童だとか言われている、今まで誰のことも信用しなかった俺を唯一従えられるのは、ボンゴレ十世となるこのお方だけなんだ。
 なんだか俺はずっとこの人に会いたかったような、この人のために生まれてきたような、そんな錯覚すらしてしまう。

「……おい。用があるならさっさと済ませ。俺は昼飯食いてーんだよ」
「ッあ、その……俺は……っ俺を! 俺を貴方の部下にしてください!」
「……あ゛?」

 俺の申し出に、沢田さんは思い切り訝し気な顔をした。彼のひどく煩わし気な雰囲気に、俺はその、だとか、あの、だとか、意味もない言葉ばかり空回る。
 駄目だ、駄目だ駄目だ! ちゃんと話さないと、話さないと見てもらえないだろ! 下手したら嫌われちまう。嫌だ、嫌だそんなのは! 何で言葉が出てこねーんだよ!

「おい、獄寺。オメー、脩嶺の実力を見るんじゃなかったのか」
「……ッ、リボーンさん!」

 なかば恐慌状態に陥った俺を我に返したのは、俺達の近くに生えてる木の枝に座る世界最強の殺し屋の声だった。そうだ、そういえば俺は沢田さんの力を試したくて日本に来たんだった。
 でもそんなモン既に意味がないし、身の程知らずの傲慢な思考だ。俺はなんて浅はかだったんだ!

「腕試しなんて必要ありません! まさにこのお方こそ、ボンゴレの十代目に相応しいお方ですよ!」
「……っとに、オメーは鍛えがいがねーな、脩嶺。獄寺をけしかけて戦わせようと思ってたのに、戦わずして服従させやがって」
「テメエな。っつーか、やっぱソイツが今朝方言ってた奴かよ」
「そうだぞ。こいつはスモーキン・ボムの獄寺隼人だ」
「フーン。……通り名あるってこたァ、そいつも既にか」

 リボーンさんと話していた沢田さんが、ちらりと俺を横目で見遣って、世知辛ェーな、と呟いた。
 それはきっと、マフィアとしてヒトゴロシをしたことがある俺に対する、憐れみなのか同情なのか、とにかく向けられて嬉しい類いの感情ではなかったろう。沢田さんに憐憫を与えられたって俺は少しも嫌じゃねーのだが。他の奴らなら間違いなく爆破するけども(現にボンゴレ九代目に拾われてから殺すことがなくなって、それが九代目の計らいだと気付いた時は気分が悪かった)。
 俺は俺で望んでヒトゴロシになったんだ。家がマフィアだったからってのもあるけど、でも俺は陽の当たる道なんて最初から知らなかった。別にそのことに不満はない。
 ろくな死に方しねーだろって、思ってる。たくさん殺したわけじゃねーが、数に関わりなく命は命。人を殺したから俺は人に殺される。破壊的な喜びには、破壊的な結末が伴う――ウィリアム・シェイクスピア。喜んで人殺しをするわけではないけれども。
 っても簡単に殺されてやる気はハナっからなくて、今は更に殺されてやる訳にはいかなくなった、沢田さんに会ってしまったんだからな。俺の命はこの人のモンだ。

「沢田さん――いえ、十代目!」
「あー?」
「たった今、この瞬間から俺の総ては十代目のモノです! 俺の命も何もかも、十代目にお預けします! 何なりとお命じください!」
「……ハァ……」
「十代目?」

 俺よりも少しだけ高い位置にある十代目の眸を真直ぐ見上げてたからかに言うと、十代目は何故か鬱陶しそうに溜息をついて頭を雑に掻いた。

「――テメエの命なんざ要らねえよ」
「…………え、」

 何でですか十代目。朝無礼を働いたからですか。いや十代目ともあろうお方がそんな狭量なものか。じゃあ何で、何で認めてくださらないんですか。十代目、十代目、十代目、何で。
 段々と情けなくも視界が歪んでいくのがわかる。半泣きじゃねーか俺、ダセェ、こんなんじゃ増々もって要らないって言われる、泣くな俺。
 意図せず手がかたかたと震える。縋りたい、縋ってしまいたい、お願いですから貴方の部下にしてくださいと。何だってしますから、死ねっていうのはお役にたてなくなるので困りますけど死ぬ以外ならなんだってしますから。
 嗚咽が喉に詰まって声が出て来ない俺を見兼ねてか、十代目はまた溜息をついて、俺の頭をくしゃりと撫でた。――撫でた? え?

「脆過ぎだろ、ガキ。あのな、俺が欲しいのは部下じゃねえ――仲間だ。お互いに至らねえところを補い合い、互いに自らを高めあい成長していける仲間。だから命は預けられても困るんだ。唯々諾々と従うような下僕じゃなく、俺の仲間になるっていうなら、迎えてやるぜ、獄寺隼人。そこそこデキるみてーだしな」
「…………じゅう、だ、いめぇ……」

 何てこった! 俺としたことが十代目のお考えを察することも出来ねーとは!
 零れかけた涙をブレザーの袖で乱暴に拭って、十代目の空いているお手を両手で掴んだ。後々考えたらなんて俺は畏れ多いことをしていたんだ。

「承知しました、十代目! この不肖獄寺隼人、十代目の右腕となるべく、日々陰日向無く精進して参りますッ!」
「……お前人の話聞いてたか……?」
「ハイッ! やっぱ仲間(ファミリー)ってのは信頼しあってこそのモンですよね、十代目!」
「オメーの口から出る言葉じゃねーぞ獄寺。ま、何はともあれ、一人目のファミリーゲットだな、脩嶺」
「……甚だしく、不安だ」

 見ていてください、十代目ぇー! 俺は立派な十代目の右腕になってみせます!

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