人ならざるもの


 ――深夜。俺はこそりと自室の窓から家を抜け出し、呼び出された並盛公園前へ疾走する。

「やァ、脩嶺」
「翡翠。マジなのか、あの話」

 目的地に既に佇んでいた優男は、厳しい顔で頷いた。
 ――如月翡翠。北区王子にある如月骨董品店の店主であり、玄武の宿星を持つ男。
 俺が転生したことが仲間内に知れ渡ることになった原因のこいつは、徳川の隠密飛水(ひすい)家の末裔で、影から東京を護ることを使命としている。
 今回翡翠が俺を呼びだしたのは、ここ並盛に邪妖が現れたというからだった。

「君の住んでいる町だ、脩嶺にも声をかけた方がいいと思ってね」
「サンキュ。さすがに恭弥じゃ、奴らは退治できないからな」
「雲雀恭弥……か。今の君の幼なじみだったか。彼は凄いね、中学生なのに町一つ支配するなんて」
「本当に中学生かどうかは怪しいけどな……。――ッチ、尾けてきやがったか」
「……そこの植え込みに隠れている君、出て来たまえ」

 翡翠がクナイを構えて、公園入り口の植え込みに向けて殺気を飛ばす。ややあって、植え込みの緑ががさと音をたてて揺れた。
 姿を現したのは、黒を身に纏う赤ん坊、リボーンだった。翡翠は構えを解いて、興味深そうにリボーンを見下ろす。

「へェ……。彼が噂の赤ん坊かい、脩嶺。なるほど、人にしてはおかしな《氣》だな」
「あァ。……ッたく、寝てたはずなんだがな」
「あめーぞ、脩嶺。俺は一流のヒットマンだからな、妙な物音がすればすぐに起きるぞ。……こんな夜中に抜け出して、骨董品集めって訳でもねーだろ。何してんだ」

 ……ふん、ボンゴレの情報収集力ってのも、大したことねえな。翡翠をただの骨董品屋の店主としか思ってねーなら。

「るせぇ、帰れ。単なる裏社会の人間の出る幕じゃねえんだよ」
「……それはどう言う意味だ」

 俺の侮ったような言い方が気に入らなかったのか、リボーンは銃を取り出して照準を俺に合わせる。何かっつうと銃で脅そうとしやがって、このガキ……。
 無言で睨み合うこと、数分。突如周囲に腐臭に似た空気が満ち始めた。訝しむ様子を見せたところをみると、リボーンもおかしな気配は感じ取れたのだろう。つーかガチで腐臭がしやがる。

「――脩嶺」
「あァ。リボーンがいるのが面倒だが、やるか。……おいリボーン、手出しすんじゃねェぞ」

 人ならざるもの、その居所を探りながら手甲をはめる。俺だけが使える手甲よりは劣るが、アイツが手に入るまでは長く使っていたのと同じ形だから、結構馴染んでいる。
 こいつは翡翠の店で買ったモンで、代金の五十四万八千円は、ぶっちゃけツケだ。手入れの代金も出世払いになっている。マジ死ねる。相変わらず仲間にも容赦ねえな畜生!

「……公園の中か」
「そのようだね。行こう、脩嶺」

 公園の敷地に入ると、人ならざるものの気配はより濃くなった。どこからともなく発生する赤紫の濃霧で、すぐ隣にいるはずの翡翠の姿すら朧げだ。街灯も消え、今夜が新月でなかったことを幾許か感謝する。
 視覚は役に立たない。――目を伏せる。神経を研ぎすませ、あらゆる物の氣を探る。
 ――来た。前方から、振り下ろされるのは恐らく腕部。
 左に飛ぶ。今まで立っていた場所から、地面を叩き割るような音が響いた。翡翠の気配は右へ飛んでいる。無事だ。
 咆哮が耳に届く。目を開けて凝らし、人ならざるものの姿を見る。

「――鬼の類いか」

 二足歩行をする、巨大な人間の貌のなり損ない。鬼のなり損ない、と言った方がこの場合はいいのか。そりゃあ腐臭もするわ、肉が腐ってんだから。

「……燃すか」

 愚鈍ななり損ないの、愚鈍ではあるが威力の大きい一撃一撃を難なく躱す。

「翡翠ッ、足止めしとけ!」
「ああ。――飛水影縫ッ」

 翡翠が鬼の影を、言霊を利用し手裏剣で縫い止める。鬼は呪縛を振り切ろうと足掻くが、大した力を持たないなり損ないでは、翡翠の術を解くなんざ出来るわけがねえ。
 鬼がもがいているスキに、俺は集中して体内で炎気を練る。――と、神経が冴え渡る感覚がした。多分、頭部に橙色の炎が灯ったんだろう。沢田脩嶺になってから、何故か現れるようになった炎。
 これも気に混ぜ込んで、掌に集め――掌打で放つ。炎は龍を象り、鬼を頭から丸呑みにする。炎に焼かれた鬼は、耳障りな断末魔をあげている。
 やがて鬼は灰となり、腐臭も濃霧も幻影の如く姿を消した。燃え滓も吹いた風に攫われ、空中で消滅する。さすがに抉られた地面は元には戻らないが、街灯は闇の気配が失せた、その瞬間に光を取り戻した。

「……邪妖、滅殺……ってな」
「人の台詞を取らないでもらえるか、脩嶺」

 ンな恨みがましく見られても。言ってみたかったんだから仕方ねーだろ!

「さて、戦闘の痕跡は見なかったことにして、……帰(け)ェッか」
「おい、脩嶺」
「あ? ……あンだよ、リボーン」

 別に凄んだ訳でもないのに、翡翠に「君は本当に相変わらず柄が悪いな」と突っ込まれた。ッせ、放っとけ。
 いつの間にか公園の中に入って来ていたリボーンは、どこか驚いたように俺を見上げている。

「お前、死ぬ気弾なしに死ぬ気モードになれるのか」
「……死ぬ気モード? なんだそら」
「さっき額から炎が出てたろ。その状態のことだ。その炎は死ぬ気の炎って言うんだぞ」
「あァ、何かいつの間にかな。紅葉と組み手してたら、こう……出るようになった。これもボンゴレの特典か?」
「特典……。まあ、歴代ボンゴレボスが、強弱在れど必ず持っているモンだ。チッ、死ぬ気弾なしでイケるとはな……格闘センスも上々、マジで扱きがいのねー生徒だ」

 ……。何かムカつくこの赤ん坊。何で貶されてねーのにムカつくんだ。これむしろ誉められてるよな?

「脩嶺」
「あ゛ー?」
「だから柄が悪いよ。……ボンゴレって、あのボンゴレファミリーのことかい?」
「どのボンゴレかは知らねえが、多分翡翠の思ってる通りだぜ」
「……おい、如月とか言ったか。何でオメー、ボンゴレのことを知ってるんだ。今妙なことをしてたとはいえ、表の人間のはずだろ」
「たまにボンゴレ関係者が僕の店を利用するんだ。ネットショップのほうだけどね」

 ……ってことは、銃火器の類いか。俺も天香時代、大いに世話になったわ。……しかし銃だの弾薬だの爆弾だのはどっから仕入れてんだろうな……。

「歴代のボンゴレのボスが所有している力を脩嶺が持っているということは、脩嶺はボンゴレに連なっているのか。ひょっとして、ボス候補だったりもするのかい」
「先祖がボンゴレ一世で、俺は十代目候補らしい。他の候補者が全員死んだとかでな」
「……全員?」

 翡翠は何か腑に落ちないといった様子で眉を顰める。同時にリボーンが、翡翠を見定めるような視線を送り始めた。

「どした」
「……いや。だったら四神甲の代金とメンテ代は、割と早く支払ってもらえそうだな」
「なッ、ぐッ……この守銭奴……!」
「仕入れにも金がかかるんだよ、骨董品屋だから。武器なんかは真神の旧校舎に潜れば手に入るけど。……守銭奴っていうけど、だったらツケになんかしないよ。脩嶺だから特別にツケにしてあげたっていうのを、理解して欲しいものだな」

 …………畜生、可愛い奴め……!!!

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