His faint scream.


 最近家庭教師としてやって来た、超一流の殺し屋であるアルコバレーノのリボーンさんと若と家庭学習に勤しんでいる最中、キャバッローネ本邸のメイドが、僕に電話の子機を渡して来た。
 受け取って出てみると、電話の相手は何とあのザンザスだった。
 彼は超絶に不機嫌な声で、

『一人で来い』

 と僕に達した。僕、何されんの。
 正直滅茶苦茶怖くて行きたくないので(だってザンザスが来いっていうことはつまり、行かなきゃならないのはあのボンゴレの本邸だ)、リボーンさんと若と勉強してるから……と断ろうとリボーンさんをチラ見した。

「行って良いぞ。このへなちょこは俺がネッチョリ鍛えとくからな」

 受話器の向こうのザンザスは、若の悲鳴が聞こえたのか、うるせえと僕に怒った。
 ――というわけで、僕は今ボンゴレの本邸で毅然としたメイドさんに連れられて、ザンザスの部屋に向かっている。
 流石あの大ボンゴレの本部だけあってとても広いしセキュリティも万全だ。このメイドも、それなりの戦闘力を持っているようだし。……あれ、これって結構怖いんじゃないのか。裏社会恐ろしい。

「こちらでございます。――ザンザス様、キャバッローネファミリーの南雲様をお連れしました」

 ノックの後のメイドの口上に、やっぱり不機嫌そうに「通せ」とあの低い声が返ってくる。
 メイドが開けてくれたドアを潜り、だだっ広いザンザスの部屋に足を踏み入れる。メイドは「只今お茶をお持ち致します」と一礼して下がっていった。

「……ザンザス。何の用で呼んだ」

 の? って何でそこまで声に出ないかな。
 ドアの殆ど正面にあるデスクに足を乗せて(御曹司のくせに行儀が悪い)何やら本を読んでいるザンザスは、ちらと僕を一瞥してまた文字に視線を戻した。

「その辺に座ってろ」
「……ああ」

 これは聞いても教えてくれなさそうだ。
 僕は彼が僕を呼び出した理由を問いただすのを諦めて、その辺に、と言われた通り応接用にあるのだろうソファに腰を下ろす。
 座って五分しないうちにさっきのメイドが紅茶を運んで来て、給仕に残るでもなくすぐに出て行った。おそらくザンザスが、留まることを良しとしないのだろう。
 生憎僕は紅茶に明るくないので(そのうちリボーンさんにコーヒーは叩き込まれそうだ)種類は分からないが、口に含めば上物だとわかるくらいではある。というか、かのボンゴレで出されるものが高級じゃないなんてことのほうがあり得ませんけど。
 することもないので、紅茶を飲みつつザンザスの部屋を視線だけで見渡す。
 やたらと重厚感というか威圧感のある、部屋の主をそのまま表しているかのような部屋。威圧は他者への拒絶とも感じられた。
 ザンザスは、滅多に人を認めるということをしない。まるで他人など必要ないとでも言うように。一人でも歩いていけてしまう、孤独を敵としない彼に、自分の某かを認めて、意識の端にでも存在を留め置いてもらえたのなら。
 きっとそれは至上の幸福で、だからスクアーロもレヴィ・ア・タンも、ザンザスを追いかけるのだ。
 僕もキャバッローネでなくて、若に出会えていなければ、もしかしたら君の背中を――

「……南雲」

 思考の海を漂っているところに、ザンザスがおもむろに僕を呼ばわった。心なしかその声は不機嫌そうだ。
 引き上げられた僕は、数度瞬きをして視線をザンザスに移した。

「……何だ」
「…………これは……何て読む……」
「――は? いったッ!?」

 ものすっごく溜めて、ものすっごく忌々しそうに(それはもう呪詛レベルで)吐き出されたザンザスの言葉に、僕は耳を疑った。
 思わず反問すれば、ザンザスが読んでいるのとは別の本が投げつけられた。ちょっと、角、当たったんですけど、しかも眉間に……!
 とんでもないところに分厚いハードカバーの角をヒットさせてくれたザンザスは、僕が痛みに眉間を抑えて悶えているにも関わらず「さっさとしろ」と言ってくる。誰が動けなくしたんだよ、誰が!
 鈍く痛む眉間を指先で擦りつ、ご機嫌斜めのザンザスの側へ寄る。彼が示して来たのは日本語で、どうやら日本の書籍を紐解いているらしかった。
 それはいいけど、何でザンザス、日本神話に関する本読んでるの。神様とか神話とかオバケとか妖怪とか幽霊とか、そういうものは鼻で笑う奴なのに。

「……ああ、だから僕を呼んだのか」
「いいからさっさと言え」
「……それはカグツチ。というか、ページを遡ればルビがふってあるんじゃ、」
「るせぇ」

 いった……。何で今僕、容赦なく殴られましたか。
 理不尽に暴力ふるわないザンザスって言うのも気味が悪いけど、ちょっとくらい大人しくなってくれないだろうか。

「コイツがどういう神か、知ってるか」

 まあスクアーロよりは手加減されてるよな、と妙な自分の慰め方をしていたら、そう、ザンザスが聞いて来た。
 声色から判断するに、ザンザスはカグツチという神がどういった存在かを知っているのに、何故あえて問うのだろう。
 思惑は何にせよ、答えないとまた殴られるだろうので、僕は前世で得た知識を記憶から掘り起こす。

「……確か、イザナギとイザナミの神産みで生まれた、火の神だ。イザナミはカグツチを生んだことで死に至り、それに怒ったイザナギは、カグツチを斬り殺したと、」
「――つまり、」
「え?」
「つまり、父親に殺されたってわけだ。手前じゃどーしようもねーことで。そいつらで勝手に産み落としておいて、生んだら妻が死んだから殺したんだろ」
「……あ、ああ……」

 そういうことに、なる、のかな。
 自分自身が火の神であったことは、カグツチにはどうしようもないことだ。その彼を生んだときの火傷が原因でイザナミは病に罹り、やがて死んでいった。
 イザナミが病に苦しむ間、イザナギもともに苦しんだのだろう。神だと言うのに癒してもやれず、無力を感じたかもしれない。
 カグツチは自分を生んだせいで病んだ母親の苦しむ姿に、罪悪感を抱いたかもしれない。募る父親の憎しみを感じながら、自らの存在を呪ったこともあるかもしれない。
 お互いにどうしようもなく悲しくて、どうしようもなく苦しかったのだろうか。
 殺すしか、なかったのだろうか。カグツチを殺すことでしか、イザナギは自らの心を護れなかったのだろうか。

「…………父親なんてろくなもんじゃねー」
「……ザンザス?」
「何でもねえ」

 また考え込んでいた僕は、ザンザスが何を呟いたのかは聞き取れなかった。ただ、ザンザスの感情が動いていることだけが、いつも以上に寄せられた眉から読み取れた。
 ――それだけ、だった。
 こんなことを言えば、きっとザンザスは嗤うのだろうけど。
 ――もしもこのとき、僕が君の零した思いを聞けていたら。何か少しでも――ほんの少しだけでも、未来は変わったのだろうか。


家族がなければ、人はこの世界でただひとり、寒さに震えるしかない。
――アンドレ・モーロワ


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