Feel.


――Mukuro Rokudo

 初めて彼を見たとき、彼は暗闇の中にいた。ひどく狭い部屋で、そこには窓の一つもなく、朽ちかけた扉を開けても部屋に光が差し込むことはなかった。
 まるで牢獄のようなそこに反して、扉が崩れ落ちそうになっているのは、彼の精神が壊れかけているという証明だろう。
 僕の予測は事実その通りで、本来なら覗き見ることしかできない隣の世界へ簡単に踏み込めてしまった。
 ――そう、僕は知っている。今現在キャバッローネに所属している南雲日嗣が、元々は僕らの世界の人間ではないと。
 部屋の真ん中で膝を抱えて泣いている幼い姿――今の彼とは似ても似つかない、どこにでもいそうな平凡な子供――は、僕という異端が部屋に入り込んでも気付かずに、動くことすらしなかった。
 この暗闇で僕が彼の姿を認識出来ているのは、彼の身体を薄く頼りない光が包んでいたからだった。光はおそらく、家族からの愛情と言うものだったのだろう。それが南雲日嗣という人格の崩壊を、中途半端に遅らせているのだった。
 少し失礼して、狭い部屋に刻まれた彼の記憶を覗いてみれば、それらは僕の世界への嫌悪を増させるに十分な物だった。
 僕のように人体実験を行われた訳ではないが、それでも彼にとっては辛く苦しいことだったろう。子供のイジメで済ませるには、あまりに惨い。人というのは本当に低能で、救いようがないものだ。
 啜り泣く彼の隣に腰を下ろして、僕は固く握られた拳に掌を重ねる。――このまま彼をなくすのは、あまりに惜しいと、感じてしまった。
 思えばこの時の僕は浅ましくも、「自分のほうがかわいそうだ」と自分を憐れみ慰めるだけの比較対象を、手元に置こうとしていたのかもしれない。今になってそれをひどく悔やんでいる。なんて愚かしいことだったろう、一度目の僕は。

「……死んだ時は、僕の世界に来ると良い。僕が助けてあげますよ、南雲日嗣」

 反応を返さない彼の頭をそっと撫でてから、僕は部屋を出て、扉を壊さないように静かに閉めた。
 結局、今の日嗣は僕の介入など必要なく育ってしまったのですが、それはそれで、まあいいでしょう。
 ――愛しき友よ、どうか永く健やかなれ。
 ……だなんて、馬鹿らしい。愛しいなんて、非常にくだらないのですが。
 僕は心底、そう思っているのだ。馬鹿らしくて、くだらないことに。そう願って、やまないのだ。


絡めた指先からは君の悲しみだけが流れ込んでいた


Last sentence : 傾いだ空(PC)

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