Proof of life.


 夢の中で久々に会った子供の骸は、僕の左目を見て悲鳴を上げた。以前は大人の姿だったが、僕がマフィア学校に通い始めた頃にはもう、今の幼いなりをしていた。
 なんで縮んでいるのかを訊ねると、大人なのは"前の"骸なんだそうだ。よくわからないが、これも輪廻だと言っていた。

「ななな、何なんですか日嗣その有様は!」
「……ちょっと」
「ちょっと?! ちょっとじゃないですよ! 一から十までお兄さんに説明してご覧なさい!」
「……今は僕の方が、年上なんだが」
「屁理屈言うんじゃありません! 何でそんな、顔の左半分に派手な傷痕があるんです。目は……」

 小さな骸は若干青ざめて、ガーデンチェアに腰掛けている僕の左目に指先で軽く触れた。
 瞼の上から触れた途端、ぴくりと顔と身体を強張らせる。

「……義眼、ですか……」
「……そう。左は、まるごと死角だ」

 左の額から頬にかけて縦に走る、派手な切り傷。
 骸は僕の顔を見上げて、憤るように眉を寄せ口を固く結び、やがてもうひとつの椅子に腰を下ろした。

「何故、そんなことに?」
「……ボスを、庇った」
「ボス……キャバッローネ十代目、跳ね馬ディーノですか」

 軽く手を払ってガーデンテーブルの上にティーセットを出した骸の言葉に頷く。
 ボスが"跳ね馬"になる切欠の出来事があって、そのとき敵の剣士から、反応の遅れたボスを護ったのだった。

「……片目をなくしてまで、」
「大したことじゃ、ない。前に言ったと思う。僕は、ボスを護ることで真実生きられるのだと」
「ええ、聞きました。僕も言いましたよ、日嗣。そんなものは趣味が悪いと」
「……そうだね」

 これが原因でボスに泣かれた。ロマーリオに怒られた。スクアーロに怒鳴られ殴られた。ザンザスに殺されかけた。
 そして今、僕は骸につらそうな顔をさせている。
 骸は不機嫌ともとれる表情で、少し荒くティーカップに紅茶を注ぐ。片方を無言で差し出されたので、そっと受け取って一口いただいた。今日はハーブティーらしい。
 僕も骸も黙って紅茶を飲んでいて、暫くの間は、緩い風が樹々を語らせるだけだった。

「……これは、」

 森の樹々の語らいが終わった頃、ぽつりと呟いた僕に、骸は紅茶を睨みつけていた視線をあげてこちらへ寄越した。

「この傷は、僕が"生きた"証、なんだ」
「……」
「僕が傍にいるときボスに何かあったら、きっと僕はやがて死ぬ時に後悔するから。……だから、ボスに泣かれても怒られても、スクアーロに殴られても、ザンザスに怒りをぶつけられても、僕はまた同じことをする」
「僕がやめなさいと、言ってもですか」
「……すまない。骸だって僕を、どういうわけか知らないけど、気にかけてくれているのはわかってる。嬉しいとおもっている。でも、今の僕――キャバッローネの南雲日嗣がこの世界を受け入れられたのは、ボスに出会ったからなんだ。ひどく感覚的なことなんだけれど」

 骸は子供の姿で、仕様がないなとでも言う風に、大人びた溜め息を零した。僕はそれにもう一度ごめんと言って、まっすぐに骸の色違いの双眸を見据える。

「僕は、生きる。後悔しないために。朗らかに死んでいくために」
「……ゲレルト、ですか。まあいいでしょう。君が決めたのなら、僕が口を挟める問題ではない。……やれやれ、これだからマフィアは嫌いなんですよ」
「ごめん、ありがとう、骸」
「ただ、これだけは。出来るだけ、君は君の身体を傷つけないようになさい。跳ね馬が気に病むのはどうでもいいですが、跳ね馬を守る為に君に傷が増えるというのは、何となく気に食いませんからね」
「……気をつけるよ。スクアーロにもザンザスにも、あまり怒られたくないし」

 スクアーロに「何考えてやがるこのドMがぁ!」と殴られた時は頭が割れるかと思ったし、ザンザスに無言でひたすら殴る蹴るの暴行をされた時は本当に死ぬかと思った。ひとしきり暴力を振るって気が済んだらしい時の「……ドカスが」は、「このバカ」と聞こえた。
 ボスが「あいつも心配してたんだぜ」と俺に耳打ちした直後、ボスの後頭部に花瓶が激突したのは、きっと照れ隠しだったのだろう。
 あれは、ボンゴレ本部が何者かによって襲撃された年のことだった。

「ザンザス、ですか……。僕が知っているあの男は、誰がどう死のうが関心のない男でしたが、この世界の彼は君を気に入ったのですね」
「友人だよ……、大切な」

 今どこで何をしているのかは、ボンゴレ本部襲撃事件以降消息が絶たれているのでわからない。
 ――死んでしまった、とは思っていない。きっと彼は生きている。何事もなかったかのようにまた現れるのだと、僕は信じている。
 二十歳を過ぎてなお憧れている二人の気配を探すように見上げた空は、風とともに砂みたいに、さらさらと消えていった。


 僕を夢から引き戻したのは、左の瞼を眼帯越しに優しく撫でる指の感触だった。
 ふ、と目を開けると、昔よりも随分狭まった視界に、見慣れた金の光――周囲が暗いからか、いつもより輝いていないけれど――が映り込む。

「ボス……」
「あ、悪い。起こしたか、日嗣」

 僕の顔を覗き込んでいたボスは、慌てたように手を遠ざけた。
 ――僕は、なにをしていたのだっけか。なんでベッドに寝てるんだろう。頭がやけにぼんやりする。
 あれ、何でこんなじくじくと傷が痛むんだろう。

「お前が熱出したって、ロマーリオに聞いてな。日嗣は一人暮らしだから大変だろうと思って、見舞いに来たんだ。随分遅い時間になっちまったけど」
「ね、つ……」
「ああ。珍しいよな。……それに、今日は雨だからな」

 雨。耳を澄ませば、確かに窓の方から細かい、たくさんの笹の葉が遠くで擦れ合うような音が聞こえる。
 ――そうか、こんな雨だから古傷が痛むのか。細雨みたいに、しとしと降り続く雨の日は、僕はたいてい傷が痛む。どういったわけかは知らないけれど。

「……日嗣。ごめんな」
「なにが、ですか……」
「俺のせい、だよな」

 ああ、傷のことか。ボスは相変わらず、自責しているんだな。

「ボスのせいでは、ないです」
「けど俺、昔っから日嗣に護られてばかりだ。俺がさっさと覚悟決めて割り切ってりゃ、こんなふうにお前が傷つくことも……お前の両親が死ぬことも、なかったよな……」

 ベッドの横に椅子を引っ張って来て座ったボスは、また僕の傷に触れた。
 暗がりでその表情はよく見えないけれど、きっと悔いているのがありありと現れているのだろう。
 僕自身が生きるためというエゴで、僕は大切な人達にこんな顔をさせてしまっている。それはわかってる。でも僕は、それでも生きたい。
 前世では、僕は生きていなかった。本当の意味で生きるということを知らなかった。でも今は知っている、知ってしまった。だからこそ、体内を廻る血潮が熱くなるという生を、捨てることは出来ない。

「……言いましたよね、ボス。僕にとって真実生きるということは、あなたを護るということだと」
「……ああ。でも俺はそのために怪我を……それこそ、こんな傷を負って欲しくない。あいつらだって、同じように思うから怒るんだろ」
「そうですね……。あまり手傷を負わないようにしながら、生きます。ですがボス、この傷と義眼に関して、自責なさるのは、やめてください」
「けどよ……」
「僕にとってこれは、生きているということの証です。こんなことを言うとまた、スクアーロに殴られるかもしれませんが、この痛みはボスの役に立てたという誇りにも近い」
「……日嗣」
「…………と言ってもボスですから、やはりご自分を責められるでしょう。ボスがファミリーのことを大切に思ってくれているという証左ですが、僕にこの傷のことで謝るのは、もうやめてください。謝られたら、あなたを護ったことまで無意味になってしまう……」
「……そう、か。気にするなっていうのは無理だけど、謝るのはもう止しとくぜ」
「そうして、ください……。――それから……、両親の件は、ボスが悪い……ことなんて、なにも……」

ゆると頭を軽く撫でられて、穏やかな睡魔が僕に乗り移る。
 眠りの淵に辿り着く直前に聞こえたボスの「Grazie」、このやさしい声も、僕の誇りとなるのだろう。



ほがらかに死んでいくために、私は生きようと思う。
――ゲレルト


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