葉桜薫風の邂逅


「家庭教師ィ」
「そっ! 今日から住み込みでいらっしゃるから、早く帰って来てね、脩嶺」

 父親のいない朝の食卓で母親から告げられた爆弾発言に、俺は芸術品並に美しい卵焼きをぽとりと落とした。
 つーかあの父親、沢田家光、何の仕事してんだ。本人は世界中で工事現場の交通整理だの何だの言ってたが、ありえねェだろ。
 ――沢田家光は恐らく、闇に属する人間だ。人ならざるものを狩るM+M(エムツー)機関やテロ集団の《秘宝の夜明け(レリック・ドーン)》と絡んだことがあるし、宿星の一人壬生紅葉(みぶくれは)は拳武館暗殺組に属していたンだ、闇に生きる奴は大体分かる。家光は、紅葉と同じような意味での闇の住人だろう。暗殺者かそれに近い職種か。

「お子様を次世代のニューリーダーに育てます、ですって! 何だか素敵でしょ? だから申し込んじゃった」

 いかにもウキウキしてますって母親の声に、逸れていた思考が引き戻された。

「……待て。おいちょっと待て」
「なぁに?」
「テストは小テストを含め毎回満点、運動神経も他の追随を許さない俺に、家庭教師が要ると?」

 何か自画自賛になっちまったが事実だから仕方ない。同じクラスにいる野球部のエースより運動能力高いぞ俺は。
 ある程度身体が自由に動かせるようになってからは日々鍛錬を欠かさなかったし、恭弥という危険な幼なじみもいたし、バレてからは兄弟弟子だった紅葉にたまに稽古を付けてもらえるようになったし(紅葉のは俺が師範から教わったのとは対になる《陰》の古武術だが)。
 まあ何より前世の記憶があって、身体の使い方を覚えてるっていうのがデケぇけど。

「学校では教えてくれないことも、教えてくれるかもしれないわよ!」
「ああもういい。あと住み込みってなんだ」
「食事と寝る場所が授業料代わり、ってことじゃないかしら」
「……知らねーぞ……」

 その怪しい家庭教師の性別と年齢によっちゃ、近所にあらぬ噂が流れるかもしれねえのにこの母親は……。若い男だったらどうすンだ。浮気か再婚かとか言われるんじゃねえの。家光いねえし。
 ――という心配は杞憂だった。
 今日も一日何事もなく過ごして(風紀の見回り行くの拒んだら恭弥と一戦交える羽目になったが)帰宅すると、すぐに家庭教師だと言う奴が現れた。

「ちゃおッス」
「…………赤ん坊」
「あらボク、どこの子?」
「俺は家庭教師のリボーンだぞ」

 この黒いスーツとボルサリーノと黄色いおしゃぶりとカメレオンを装備した、どこからどう見ても赤ん坊な奴がか。
 ……あながち嘘でも遊びでもなさそう、か。赤ん坊の黒豆みてーな目を見りゃわかる、こいつは闇の住人だ。何でそんな物騒な奴が家庭教師なんかしてんのかっつう疑問は生じるが。
 つーか、赤ん坊のくせに流暢に喋りすぎだろ。

「……おい赤ん坊、起居は俺の部屋で構わねえか」
「いいぞ。お前が沢田脩嶺だな」
「あァ」
「あ、じゃあ後でお茶を持っていくわね」

 母親に等閑な返事をして、肩に飛び乗って来たリボーンとともに二階にある自室へ向かう。
 俺の部屋は、前世で一人暮らしをしていた時と殆ど同じにしている。殺風景なモノクロの部屋を見たリボーンはのたまう、「意外と片付いてんな」。意外とって何だ。
 肩にかけていた通学鞄をベッドの上に放り投げて、硝子棚つきの硝子天板ローテーブルの前に腰を下ろす。リボーンはテーブルに飛び乗った。……テーブルの上に立たれんのは気に食わねえが、サイズ的に仕方ねえだろう。

「さっきも言ったが、俺はお前の家庭教師のリボーンだ。沢田脩嶺、俺はお前を一流のマフィアのボスにするために来たんだぞ」
「……、マフィアねぇ。何で俺をボスにしようとするんだ」
「……そんなに驚かねーな」
「マフィア程度、驚くことでもねーだろ」

 世の中には人ならざるものやら何やら、非科学的な存在が溢れてンだし。
 外法を操って人を鬼に変生させていた鬼道衆を俺らが……何年前だ、とにかく黄龍の器だった時にツブしてからは数が減ったが、闇から這い出てくる異形がいなくなったわけじゃねえ。《力》の扱いが鈍らねえように何度か退治に行ったしな、翡翠や紅葉と。

「第一、俺の目の前には妙な氣をした妙な赤ん坊がいるんだしな」
「……! オメー、ただの中学生じゃねえな」

 闇の眷属とかじゃあないようだが、ただの人間の氣でもねえ。ホント妙な赤ん坊だ。
 リボーンは俺の言葉に僅かに殺気立つ。オイいいのかよ、ンな簡単に殺気出して。

「マフィアのボスにしようとしてるガキの素性は、調べたろ。交友関係から何から何まで。ただのガキじゃねえってのは、わかってんだろうが」
「……ああ。どこで知り合ったかもわからねえ、一介の中学生が――いや、当時は小学生か――面識を得られるはずもねえ連中とつるんでる時点で、妙だとは思っちゃいたがな。しかもその誰もが年上ときてやがる」

 どうやって知り合ったんだ、とリボーンは銃口とともに好奇心を突きつけて来た。

「――《宿星》。それが俺と奴らの繋がりだ」

 バディ連中は宿星とは違う力を持った一般人やら、特殊能力を持たないマジモンの一般人だけどな。……ん? 一部一般人じゃねえのもいたか。瑞麗(ルイリー)とかエージェントだし。まァこれまで言う必要はねーだろ。
 つーか力を持たない女子高生やら教師やらが遺跡に潜って遺跡内部の化人(ケヒト)を薙ぎ倒していたとか末恐ろしいなオイ。八千穂のスマッシュは俺でもビビった……。

「宿星? 水滸伝とかに出てくるあれか?」
「ま、似たようなもんだ。――で、俺は何でマフィアのボスにされようとしてるんだ」
「話を逸らしやがったな。……まあいい。それはお前が、ボンゴレの血を受け継いでいるからだ」
「……アサリ? 俺は人間以外を祖先に持った覚えはねえ」
「違う。ボンゴレってイタリア最大のファミリーの初代ボスは、お前の先祖なんだぞ。あいにく他の後継者候補は三人とも死んじまってな」
「そんで、ただの中学生として暮らしていた俺に、白羽の矢が立ったってわけか。俺の先祖がその初代だってなら、家光もそうだろ。あの腐れ親父じゃダメな理由でもあんのか」
「まーな。ちなみに十代目は殆どお前で決まってるぞ。拒否権はねー」
「べつに、やらねーとは言ってねえ。しがみつくほど、平穏な人生を求めてるわけでもねぇしな」

 前世ですっかりバイオレンスな日常が、それこそ魂レベルで染み付いてしまったのか、特に命の危険がない日常が退屈に感じてたところだ。元一般人としては悲しむべきなんだろう、盛大に。

「受けても構わねえが、ただ気になることがひとつある」
「何だ」
「一般人である俺の仲間に、危険はないだろうな」

 あいつらに宿星としての力、バディで培った経験があるとはいえ、殆どの奴が裏社会とは無関係の一般人だ。そんな奴らに手を出すって言うなら、ボンゴレだろうがM+M機関だろうがロゼッタ協会だろうが何だろうが、俺は敵に回してぶっ潰してやる。
 す……と目を細めて赤ん坊を睨みつけると、リボーンは黒光りする銃を懐にしまった。

「危険がねえ、とは言いきれねーな。ボンゴレはそいつらに手を出すつもりはねえし、有事の際には護る方針だがな。他の敵対ファミリーが狙わねえとも限らねえからな」
「……気に食わねえ。が、テメエがここにいる時点で、無関係に戻すことは不可能なんだろう。だったらさっさとボンゴレ十代目とやらに相応しくなって、俺の仲間に手を出した奴がどうなるか、思い知らせてやった方がいいだろう」

 そのためにはまずどこかの馬鹿に見せしめになってもらえれば丁度いいが……。それだと巻き込んじまうからなァ。

「……結構あくどいな」
「はン、褒め言葉だ。ボスになるためにまず、やるべきことは?」
「そうだな……まずはお前のファミリーをみつけねーとな。最低でも六人だ」
「見つける――ってこたァ、あいつらはハナっから除外してあんのか」
「お前が入れてーって言うなら構わねえぞ。だが、お前と一緒に成長していく奴らが必要だ」
「……成長ね」

 あの頃のように、ともに戦ってともに強くなっていけと、そういうことだろう。その中で生まれた絆の強さは、俺自身がよく知っている。
 リボーンの言葉に、俺は口端をつり上げる。――また新しい絆を生む、っていうのも、悪くない。
 ……ま、声をかけねえとあいつらは絶対後でうるせェから、事情を話すくらいはしておこうか。

友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である。
――コッツェブー


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