Birth.


 乾いた音。清潔な白いシャツは、じわりじわりと、赤く染まる。

「日嗣っ――! そんな、日嗣……っ!」
「わ、か……。早く、脱出地点に……」
「で、でも日嗣を置いてなんか……」
「う゛お゛ぉい、このへなちょこ!!! 南雲がテメエを庇ったのを無駄にする気か! さっさと逃げるぞぉ!」
「だけど、スクアーロ!」
「……若……」
「っ、日嗣…………ごめん……っ!」

 力を振り絞って微笑んで促せば、若は涙を堪えて駆けていった。
 ああ――。前世では誰の役に立つこともなかった、何の力も持たなかった僕が、キャバッローネファミリーにとって大切な人を護れただなんて。嗚呼何て――。


私達はいわば二回この世に生まれる。一回目は存在するために、二回目は生きるために。
――ルソー




 ピィィ、と高いホイッスルの音が、廃墟街に響き渡る。

「よーし、今日の演習授業はここまで! 撃たれた奴はちゃんと着替えておくようにー」

 先生の声に、崩れたビルの壁にもたれ伏せていた目を、ぱちりと開く。制服のシャツの心臓よりすこし下の部分を見れば、そこを中心に赤い色が広がっている。

(ペイント弾って言っても、結構痛かったなあ……)

 撃たれた場所を擦りながら、僕は立ち上がる。周囲でも、撃たれて死んだ振りをしていた生徒たちが起き上がっていた。
 ここは学校の地下にある第一演習場だ。マフィア同士の抗争で荒れたオフィス街をモチーフに作られていて、今日はここでチームにわかれて逃亡、追討戦を兼ねた銃撃戦の演習をしていた。

「日嗣ーっ!」
「……若」
「う゛お゛ぉい、マジで撃たれたみてーに凄まじい格好だなぁ。無事かぁ南雲」
「……無事だ」

 制服に付いた土埃を落としていると、どうやら無事に脱出地点まで辿り着けたらしい若が泣きながら駆け寄って来た。
 僕らのチームは逃亡側で、ファミリーのボスという設定の若を無傷で脱出地点まで逃がすのが目標だった。
 ――僕はその最中、もうすぐゴールが見えてくるというところで待ち伏せしていた敵の銃弾から若を庇って、ペイント弾を心臓の下に受けたのだった。若を狙っていた敵はスクアーロが一掃してくれた。スクアーロといえば剣技に目がいきがちだけど、銃の扱いもかなりの腕前だった。

「ごめん日嗣、俺がっ……」
「……いいんです。これが僕の、役目なので」
「痛かったよね、日嗣……ごめんね……」
「……若」

 ほんとうに、気にしなくていいのに。
 ズボンのポケットから綺麗なハンカチを取り出して、僕は若の涙でぐしゃぐしゃになっている目元をそっと丁寧にぬぐう。

「……若を、庇ったとき……」
「え?」
「自分が、身を呈して誰かを庇えるなんて、僕は思っていなかったんです……。きっと若が危険な目にあっていても、僕は自分のほうを大事にして、若を見殺しにしてしまうだろうって、そんなことを思ってた……」

 若もスクアーロも、ぽかんと目を丸くしたり瞬きを繰り返したりしている。珍しく、僕が饒舌だからだろう。

「でも、日嗣は俺を庇ったよ……」
「だから、驚いてます。こんな僕でも、誰かのために身体を張るだけの咄嗟の度胸はあったんだと。僕にも、誰かの役に立てるだけの価値はあるんだと、胸が――心が熱くなって、とても大きく鼓動が聞こえて、手が震えて……今でも、震えています。僕はあのまま死んでも本望だって思うほどには、熱くなる胸が心地良かった」
「……そんなの……」
「若?」
「そんなの、駄目だよ、日嗣。人のこと庇って死ぬのが嬉しいみたいなこと、言わないでよ。庇ってくれた日嗣が死んじゃったら、庇われた方は一生苦しいじゃないか!」
「若……」
「だから俺っ……ボスになんかなりたくないんだ……」

 俯いて肩を震わせる若には悪いけど、でも僕は、本当にあれが本物の銃弾でも構わなかったんだ。今まで感じたことのないような充足が僕を満たしていくことの、何て気持ちよかったことだろう。幸せだったろう。
 僕はきっとこの先も、若に危険が迫れば迷わず僕自身を盾にするだろう。若はまた泣いてしまうだろうけど。

「――うっぜぇぞぉ、貴様らぁ」
「スクアーロっ?」

 今まで黙って腕を組んでいたスクアーロが、心底……というように吐き出した。若はびっくりして顔を跳ね上げ、目を瞬かせながらスクアーロを見ている。

「庇われんのが嫌なら、庇われる必要がねーくれぇ強くなりゃいい話だろうが。だからテメエはへなちょこなんだぁ」
「で、でも強くなるってことは、人のこと傷つけるってことなんだよ? そんなの、相手は痛いじゃないかっ。だから俺マフィアの世界なんてやなんだよぉ……」
「マフィア社会に限らず、どんな世界でも同じだろうがぁ。人は人を傷つけずには生きてけねーぞぉ、甘ったれ」
「っけど……」
「どうしても嫌だってんなら、全人類から自分の記憶を消した上で仙人にでもなりやがれ。南雲、貴様もだぁ。タチの悪ィ生の実感の仕方を覚えやがって、マゾかテメーは!」
「……なに」
「他人を庇って怪我して嬉しいなんざマゾ以外の何者でもねーだろぉ。気色悪ぃぞぉ、自己犠牲精神なんざ。ンなモンより、強い相手と命のやり取りをして感じる高揚のほうが、生きてるってカンジがするもんだぁ!」
「ス、スクアーロ……。それもどうかと思うよ……」
「ッだとぉ?! へなちょこがナマ言うんじゃねぇ!!!」
「ひ、ひいぃっ! ごめんなさいーっ!」
「あ、若……」

 スクアーロに凄い勢いで怒鳴られた若は、まさに脱兎というべきスピードで演習場を逃げ出していった。常にその逃げ足があれば問題ないと思います、若。

「――う゛お゛ぉい、南雲」
「……何だ」
「テメーがへなちょこを庇って死んで、嫌な想いすんのはへなちょこだけじゃねーんだ。それを覚えとけぇ」
「……どう言う意味だ?」
「な゛ッ……しっ……、知るかぁ! 一生考えてろ、この能面カス野郎がぁ!」

 怒鳴りつけるだけ怒鳴りつけて、スクアーロも足早に演習場の出口へ向かっていく。
 微かに見えたスクアーロの頬が心なしか赤かったのは、何でだろうか。

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