種子は蒔かれた


 がしゃん、と耳を劈くほどの破壊音が、薄暗い店の中に響いた。とりわけ大事にしていた招き猫の置物が無惨な姿になっているにも関わらず、黒い髪と白い肌の優男は、愕然と突っ立ったまま俺を見ている。

「――脩嶺……」


運命は我らを幸福にも不幸にもしない。ただその種子を我らに提供するだけである。
――モンテーニュ




 ブレザーなんてものを初めて着た俺は、この世界での母親にしきりに写真を撮られている。
 一度目の人生――紛う事無き"俺"そのものの人生でも、二度目の人生――龍脈の力を統べる陽の黄龍の器という人間になってしまった"俺"の人生でも、中学高校と学ランだったんで、俺自身新鮮ではあるのだが。

「脩嶺、ホントにかっこいいわね〜! 何だか凄く大人になったみたい」

 ……それは老けて見えるといわれている気がする。
 ほくほくと写真を撮り続ける沢田奈々にこっそり溜息をついて、壁にかかる時計をちらと見上げた。

「……もう気は済んだかよ。いい加減にしねぇと、入学式に遅刻なんて洒落になんねぇことになるンだけど」
「あら、やだ! もうこんな時間? 母さんも急いで支度しなくっちゃ! 後から行くから、脩嶺、先に行っててね」

 つーか、来なくても良いけどよ。という本音は飲み込んで、筆記用具と手甲だけ入った通学鞄を肩に引っ掻け家を出る。
 鬱陶しいほどの晴天、本日は入学式日和ってか。

「うぜ……」

 何が楽しくて通算三度目の中学に通わなきゃならないんだか。二度も転生なんて馬鹿げた体験しちまってるからだけどよ。
 今は"俺"にとって三度目の人生なわけだが、どうやら今回は平凡な一般人として一生を全う出来そうだ。"俺"の人生はそこそこ平凡だったが、親の会社で新入社員として経験を積んでいる最中に銀行強盗に巻き込まれて殺されるというなかなか一般的ではない死に方をした。
 二度目の"黄龍の器"としての人生は一転して波乱というか死の危険と隣り合わせの人生だった。母親は黄龍の器を命と引き換えに産んだし(黄龍の器を生むというのはそう言う物らしい)、父親は世界に混乱と闘争を齎そうと暗躍していた男諸共客家の岩戸に封印されて死んでしまうし。更にその男は封印を解いて出て来るは、外法を操る奴が東京で妙な事件を起こしてその解決に俺達宿星を持つ者が奔走する羽目になるは、数年後立ち寄ったエジプトで妙な落とし物を拾ったばっかりに《宝探し屋》とかいうモンと勘違いされて新宿の妙な全寮制高校に隠された遺跡を調査しろと送り込まれて通算三度目の高校生活をさせられるは、その遺跡もとんでもねーは……。
 やっと遺跡の調査を(本来送り込まれるはずだった若手《宝探し屋》とともに)終えて、次はどこの国へ行こうかと算段してたら、何故かまた転生していた。俺が一体何をした。何の虐めだ。

「あッ……脩嶺さん!」

 たりィなぁ……と欠伸しながらこれから通う並中への通学路を歩いていたら、ハキハキとした明るい女の声が俺を呼び止めた。そちらを見ると、平凡な住宅街では少し浮くような高級車の後部座席の窓から、ゆるくウェーブした茶色い長髪の女が俺に手を振っている。

「あァ、さやかじゃねぇか。……ってことは運転手は諸羽だな」
「はいッ! お久し振りです、脩嶺先輩!」

 運転席から出て来たのは、相変わらずヤサくて爽やかな面の男、霧島諸羽だった。
 さやかっていうのは舞園さやかといって、歌声に癒しの力が宿る元トップアイドルだ。今は歌手業の傍ら、女優としても活躍している。
 諸羽は昔からのさやかの私設ボディーガードだが、俺がこの世界に沢田脩嶺として転生してから数年後に二人は結婚したと聞く。

「どうしたよ、こんな住宅街に朝っぱらから」
「如月さんから、今日は脩嶺さんの入学式だって聞いたんです。私、偶然オフだったから、お祝いの言葉を言おうと思って」
「聞いたのは僕たちだけじゃないですから、きっと今日は贈り物がたくさん届くと思いますよ! 僕たちも、夕方には先輩の家に届くように入学祝いを手配しましたし」
「……あァ、そりゃどーもありがとうよ……。別にわざわざ会いに来ないでも良かったろうが。ケー番教えてあるだろ」
「だってこういうことは、実際に会って伝えたいじゃないですか。私たちが一緒に戦っていた時の脩嶺さんとは身体は違いますけど、それでも脩嶺さんだし……」
「僕もさやかちゃんも、またこうして先輩と話すことが出来て本当に嬉しいんですよ、脩嶺先輩。音信不通になってしまって、本当に心配していたんですから」
「……」

 さやかも諸羽も、そして名前が出た如月翡翠も、俺が黄龍の器だった時ともに戦った仲間だ。さやかは《八尺》、諸羽は《忠星》、翡翠は《玄武》の宿星を持っている。
 俺が今の姿に生まれ変わっているとかつての仲間達に知れたのは、数年前に武器となる手甲を求めて翡翠の経営する如月骨董品店に出向いたからだった。以前と顔が殆ど変わっていないとは言え、その時の俺は小学生だったのだからまさか気付きゃしないだろうと思っていたのに、野郎気付きやがった。四神の宿星持ちパねえ。
 ンで、宿星連中や天香(かみよし)時代のバディ連中に、翡翠に洗いざらい吐かされたことが伝えられ、俺は若干十歳にして幅広い人脈を得てしまったのだった……。宮内庁陰陽寮に属する東の棟梁とか、的中率九十%以上を誇る占い師とか、歌手兼女優とか、敏腕ジャーナリストとか、俊足のオカマとか、自称凄腕の探偵とか。
 まったくもって謎の交友関係だが、ド天然の母親はまったく気にしなかった。それでいいのかとちょっとさすがに心配になる。

「あッ、あんまり引き止めると遅刻しちゃいますよね。何だか不思議なかんじがしますけど、脩嶺さん、ご入学おめでとうございます!」
「僕からもお祝いします、先輩! 新しい中学生活を楽しんでくださいね!」
「あー、サンキュ……」

 再会してからというもの、仲間の誰もが俺を子供扱いしやがる……。確かに見かけは子供だが中身はテメーらより年上だってわかってんのか……。
 爽やかな二人組に見送られつつ、俺は再び並中へと足を向けた。学校が近づくにつれ、真新しい制服に身を包んだ新入生の姿が多くなってくる。そして俺に向けられる視線も増える。うぜぇ見るな。

「脩嶺君、おはよう!」
「おはよ」
「ンあ? ……ああ、笹川と黒川か」

 後ろから駆け寄って来た同小出身の笹川京子と黒川花に、等閑に挨拶を返す。この二人は小学校でよくクラスメートになったので、そっからなんとなく親しくなった数少ない友人だ。
 ……人付き合いがヘタとか言うんじゃなく、周囲が俺を避けるんだ。主に年齢不詳の戦闘狂な幼なじみのせいで。この辺既に平凡な人生じゃなくなってるが、前世に比べりゃどうということもない。

「皆で同じクラスになれるといいね」
「そうかぁ?」
「だってその方が、嬉しいでしょ? 誰も知ってる人がいないより、友達がいたほうが安心だもの」
「ま、確かに気楽ではあるわよね。どうせ沢田はろくに教室に来ないだろうけど」
「だろーな。恭弥の奴に風紀委員に強制加入させられるだろうし」
「……凄い幼なじみ持ってるわよね、アンタ」
「まあな……」

 っつうかアイツほんとに何歳なんだろうな。校門の門柱に寄りかかって腕組んで俺を待ち伏せてる一匹狼サマは。
 生徒達の恐怖の視線を一切気にせず俺を見ている雲雀恭弥を確認するや、黒川は「じゃ、先に行ってるわ」と笹川を押して校門の向こうへ消えた。

「やあ、脩嶺。いがいと遅かったね」
「よぉ、恭弥。何でこんなとこで俺を待ち構えてんだテメエ」
「近くで君の真新しい制服姿を見ておこうと思ってね。……何だかちっとも新入生らしくないけど」
「るせー」

 そりゃ中身が既に中年だからな! って言ってて妙に切ねえ……。
 くっ、そそくさと校門をくぐって行く生徒達が若々しくて眩しく見える……!

「ああ、そうだ。君、A組だったよ。別に教室に行かなくてもいいけどね。授業なんて受けなくても、余裕でしょ」
「確かに中坊の勉強なんざママゴトみてーなもんだが、代りにお前のとこにいろって言うんだろ。そのうち顔出す。どこ陣取ってんだ」
「応接室。今来なよ。学ランと風紀の腕章、君の分用意してあるから」
「学ランは着ねー。つか風紀入り決定済みかよ、予想通りだけどよ。あと親が来るんだから、入学式出ねーわけにもいかねえだろ」
「……ふうん。じゃあ仕方ないね。奈々さんにヨロシク。あと風紀には絶対入ってもらう」
「じゃ、俺行くわ。風紀は非常勤でヨロ」

 非常勤って……と文句を言おうとした恭弥をスルーして、俺は割り振られた教室へ向かう。おーおー、おののいたような視線がウゼぇこと。
 あー、A組になんのは初めてだな。真神でも天香でもC組だったし。最初の人生では数字だったし。
 あんま濃ゆい面子がいねーといいが、何か無駄な気がしてならねぇわ……。何だこの直感。

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