非日常との出会い
「あー……帰って来たー」
春休みぶりの(無駄にでかい)我が家を前に、車から降りた俺は体をほぐすように伸びをした。長時間座りっ放しだったからバキバキ言う! ……普段から座りっ放しだけど。生徒会の仕事のせいで。仕事しない生徒会のせいで。恋にうつつを抜かすのは勝手だが、てめーらの色んな特権は責任ありきなんだからそれをまっとうしろ畜生。
「今なら言える、会長死ね」
「生徒会長だけなのですか?」
「いや。副会長も会計もっつーか転校生信者全員爆発しろってとこです」
トランクから俺の荷物を取り出す親父の第二秘書佐和田さんは、おっとりした顔に苦笑をうかべた。佐和田さんは海外にいる両親のかわりに俺の保護者をしてくれている人で、今朝はわざわざ学園にまで迎えに来てくれた。
車中で俺がありったけ零した会長たちへの愚痴を、文句も言わずに聞いてくれるような、佐和田さんはそれほどに善人(いいひと)だ。……聞き流していた気がしないでもないが、とにかく余人の耳を気にしないで吐き出せたので、すごくすっきりしている。
荷物を玄関に運び入れると、佐和田さんは俺に向き直って恭しく一礼した。
「漣騎様、私は本社のほうに戻らなければなりませんのでここで失礼致しますが、何かお出かけになる御用がありましたら、遠慮なくお呼びください。すぐに参上致しますので。――くれぐれも、連絡なしにお出かけになりませんよう」
「連絡はするけど、来なくていいですよ。佐和田さん、親父に代わって井田さんと本社仕切ってるンだから、忙しいでしょ」
その忙しいなか、俺を迎えに来てくれたことは素直に感謝するし、こうなるほど去年心配かけたのは申し訳ないけど。
「いいえ、漣騎様がどうおっしゃろうと参ります。漣騎様のおっしゃいます通り副社長もおりますから、私一人で対応しているわけでなし。どうしても外せなければ、手空きの者を寄越しますので……どうか、お一人で出歩かれませんよう」
「う……はい」
どうか、のくだりから哀願されて、俺はつい言葉に詰まる。
佐和田さんはとてもとても綺麗系美形なので、悲しそう〜に顔を歪まされては、しどろもどろになる他ない。美形は見慣れているけど、身近な奴は所詮同年代の高校生。デキるオトナの空気を持つ佐和田さんは、あいつらとはまた違った魅力を醸し出している。いやまあ教師陣も美形ぞろいだけど。 ほっと安堵したようにきれいな笑みをうかべた佐和田さんは、もう一度一礼して家を出て行った。外までは見送らない。それをするとあの人は恐縮してしまうので。
「さてと……仕事するか」
帰省しての第一声がこれとか、俺って一体……。
いやだって正直やることないし。部屋の掃除は人を雇ってあるし、時折(何故か)佐和田さんもやってくれてたそうだし、食料の買い出しは帰って来る前に(何故か)別の残ってる秘書さん(こっちは美女)がしてくれたとかいうし!
「何か超至れり尽くせり……というか甘やかされてるというか……」
本音を言うと、美女秘書が俺のために買い出ししてくれたとか、ちょっと嬉しいです。……すごく嬉しいです。抱きたいランキング上位だけど、俺もれっきとした男の子だから!
「……人妻だけど」
ユチあたりなら「そこがまたいい」とか言いそうだ。あの背徳フェチめ。
まあユチの嗜好はどうでもいい。重要なのは俺が健全な男の子であって、持ち帰った生徒会の仕事をしようとしていることだ。
「その前に、ちょっとお茶でも飲むかー」
はふんと息を吐きながらリビングのドアノブに手を掛けた丁度に、古めかしい時計がぼおんと鳴った。
「――は?」
特段重厚な鐘に何を感じるでもなくドアを開けた俺の目に飛び込んで来たのは、俺同様に呆然としている、アイスブルー・アイの美声年だった。
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