日々は暮れて


「漣騎、おまはん、明日帰省さしゃんすとか聞きゃんしたえ」

 横から俺の前髪を弄りながら、シノが言った。
 うん、帰る。今日終業式だから明日。
 ウチは人里離れたとこにある全寮制の男子校なのだ。初等部から大学まである一貫の。俺は中等部からだけど。

「……何で人の帰省予定知ってんのシノ」

 シノのあでやかな顔を見上げて問うと、シノは艶っぽく微笑んだ。

「そりゃあ、我らが生徒会書記、北條漣騎様のことだからでありんすわいなぁ」
「漣騎情報は風のごとく知れ渡るからなァ。他の生徒会とか、人気者もそうだけど」

 ……で、思春期の性少年らはこんな山奥に放り込まれたから、何故か男に走ると。手近なもんで発散しようとすると。
 やるなら皆整った顔がいいらしく(いや、まあ、俺も同意だけど)、この学校じゃ美形が崇められている。S入りの条件さえ「家柄・成績・容姿」だかんな……。
 生徒会選挙なんて、人気投票なんだぜ……きがくるってる。一位が会長二位が副会長、三位と四位で書記と会計っつう。しかしそれで有能ばっか集まって生徒会成立つから恐ろしい。ユチ曰くの王道学園クオリティ恐ろしい。
 今期もなあ、うん、一応上手く回ってたんだけど、転校生がなあ……。美形ホイホイで会長たち転校生構い倒しで仕事放棄してるからなあ。
 ……俺はちゃんとしてる。会長たちのぶんまで。だから、夏休み速攻帰省しても、文句を言われる筋合いはない。まだ終わってない書類、持ち帰ってやってやるんだから、文句は言わせない。言ったら殴る、鼻の穴にボールペン突っ込む。

「兄貴がいないんじゃ、夜這いも出来ねェな……俺もたまには帰るかな」
「おいカオル夜這いって何だてめえコラ」
「てめー! 夜這いは隊規違反だってんだろバカオル!」
「抜け駆けしやしゃんせば、こなん、裸にひん剥いて校舎正面の木に逆さに吊るしてその汚ェ青いケツ百叩きに処しやんすえ」

 ……シノ恐ぇ。
 ユチが言った隊規というのは、親衛隊規則のことだろう。件のランキングで上位に入っちゃうような奴には、もれなく親衛隊という名のファンクラブがあるのだ。会長たちのとこみたいに過激なとこは、信奉対象に近付いた奴、親衛隊持ち以外片っ端からエゲツないイジメで制裁してる、隊によっちゃおっかねえ奴等だ。
 もちろん俺にも親衛隊はあって、その隊長がシノ、副隊長がユチ、幹部クラスの一人がカオルだったりする。俺ンとこは、まったりした集団というか、シノが超厳しいから制裁とかはしない穏健派だが。
 つーか帰省の日程秘密にしてたのに。会長たちとかにバレたらめんどくさそうだから。

「そッ……それはさておき、兄貴ッ、気をつけてくださいよ!」
「チッ……」
「なにに」
「ほら、兄貴、去年」

 カオルが真っ青になって話を逸らすと、シノが隠しもせず舌打ちした。シノおっかねえ。あの罰他の奴に実行済みなんだよな……。

「ああ……あれか」
「反応薄ッ! 俺らマジ生きた心地しなかったんだぞ」
「ユチの言うとおりでありんすえ、漣騎。またわっちを悲しますつもりでありんすか?」
「……シノ」

 俺は去年、地元に帰るなりカーチェイスの巻き添えくらって、生死の境を彷徨った……らしい。
 その辺りの記憶はすっぽり抜け落ちてるからよく覚えてないが、帰省前にシノが帰るなと、今みたいに悲痛な顔で訴えたことは覚えている。

「シノ、東雲。気をつけるから。親父も心配して、迎え寄越すって言ってるし」
「……わっちには大きなことしか見えなんだ。些細な危険の相も読めれば、安堵のしようもありんすが……」

 シノは人の相で吉凶を見ることができる。去年ぐずったのは、俺に命の危険があったからだったのだろう。
 俺の肩を掴み震えるシノの手を、やさしく包む。

「それなら、大きな難がないってこったろ」
「確かに、大凶事の相"は"出てのうござんすが」
「……なに、シノ」

 どぎつい扇子を片手で閉じたり開いたり。鋭い視線で注視してくるシノに、少し気圧される。

「今年の夏は、こりゃまたひと味違う夏になりんすえ、漣騎」
「は……?」
「様子を見がてら遊びに行きんすが、なんぞありんしたら、すぐに連絡寄越しゃんせ。良うござんすな?」

 さっきまでとは打って変わってニコニコしているシノに、その艶っぽい笑顔に凄まれた。

「あ、ああ……」

 笑っている、ということは本当に悪いことじゃないのだろうが、夏休みに一体何が待ち受けているのか――些かの不安を抱えながら、一学期最終日を過ごしたのだった。
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