これってもしかして


 ここは曹丕がいたのとは、まったく別の世界なのだ――という説明は、案外すんなり受け入れてもらえた。
 曰く、ざっと部屋を見渡した限り、見たこともないものや部屋の調度であるから、否定するだけの材料もないそうだ。簡単に眺めただけでも、文明の差が明らかだと腕を組みながら言う曹丕は、流石というか、何というか。いきなり異世界に放り出されたわりには、落ち着きすぎじゃないか。

「現状の解決策も見いだせん。だというのに慌てふためいて、何になる」
「いや、帰る方法がわからないからこそ、慌てるべきなんじゃ……」

 曹丕はちらと俺を一瞥して、超一級品のソファに更に身を沈めた。……どうやら、初めての感触を楽しんでいるようだ。図太いなオイ。

「急くほど、見失うものも増える。漣騎と言ったか、お前の話を聞くに、この世界は平和なのであろう。なら、帰る方法を探すにも、充分な時間がある」
「いやそうだけど、曹丕ンとこは色々忙しいだろ。早く帰らねえと、マズいんじゃね?」
「人智を超えた出来事だ。人が慌て足掻いたところで、どうにもなるまい」
「曹丕さん落ち着きすぎ……。どっしり構えすぎ」

 そしてくつろぎすぎ! そんなにソファが気に入ったのかあんた!

「……まあ、いいや。ともかく、戻れるまでうちで過ごしてもらうしかないから……まずはこっちの最低限のルール……決まりと、必要な常識を覚えてくれ」
「簡単に決めるが、この家は、お前一人なのか」
「そうだよ。両親は外国で仕事してるから、滅多に戻って来れないし」
「……そうか」
「……?」

 その代わりに毎日のように送られてくるメールやらが凄いことに……と遠い目をしていると、曹丕が複雑そうに目を逸らした。なんぞ。

「なに?」
「いや」
「そう? ……じゃあ、ここで暮らすうえで重要なことを言うけど。まず、人を殺したらいけない。相手が悪くても、殺してしまうと過剰防衛ってなって、牢屋行き」
「それくらいは、言われずともせぬ。戦でもないのにわざわざ人を殺すほど、血に飢えておらん」
「あ、そう。じゃあ次。当局の許可なく、武器を所持してはいけません。銃刀法って言うんだけど」

 少し、曹丕が眉を顰めた。

「では襲われたときはどうする」
「……ガンバレ?」

 うは……すっげえジト目で見られた。
 気を取り直して、あとは時間とか数字とか、さしあたって日常生活に必要そうなことを教えたけど、曹丕は飲み込みが早い。
 まあ、電子機器とかの文明の利器は流石に難航気味だったけども。

「……そういや、腹減ったな。もう昼過ぎてるし……。曹丕は?」
「多少」
「じゃあ何か、軽めに作るか」
「作れるのか」
「うまくはないけどな」

 学校では殆ど食堂だったし。……ま、最近はその食堂に行く時間さえ惜しまれてたわけだが。
 絶対体重減ってるよなあ。シノたちが購買のパンとか差し入れてくれてたけど、不摂生な生活していた、と言うかせざるを得なかったし。

(ちくしょう、会長マジ爆発しろ)

 人妻秘書さんが補充してくれた食料物色中、俺は切々と、会長への不満と苛立ちを募らせた。

(人に言い寄ってたくせに、あんな自己中ナルシスト毛玉に簡単に乗り換えやがって……って、)

 ……いや。いやいやいや!
 べつに、会長が好きとかそんなんじゃないけどな!
 絶対に俺を惚れさせてやるって豪語してたくせに、投げ出したから、何かムカつくだけであって。一年は靡かなかったから冷めたとか……いやだったら会長はそう言ってくるな。あの性格だ。
 つか俺、あの低音エロボイスでフェロモンまき散らしてる会長に一年間口説かれてきてて、よく落ちてないな!
 あのうっぜえ自己中ナルシストな転校生は即刻落ちてたけどな! そんで俺に敵意向けてくんのな、マジうぜえ!

「どうした」
「ッ〜〜!」

 横から曹丕に声をかけられて、うっかり持ってた南瓜を取り落としてしまった。
 しかも、それが足の甲に直撃したもんだから、俺は若干涙目。……超イテエ……。

「……大事ないか」
「……おー……」

 うずくまって足を押さえる俺に、曹丕はなんだか呆れたよーな声をくれた。
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