side:伊能誠吾

 すでに片付いているといったって過言でないのだから特に必要もなかったけれど、各々が文化祭の事後処理を名目に朝から生徒会室に集まったのは、偶然じゃなかったのかもしれない、と思った。俺が生徒会室に着いたときには、もう会長もアシル先輩も優太も部屋にいて、ソファでのんびりお茶を飲んでいなすった。
 アシル先輩に「自分で入れてね」と言われたので給湯室でコーヒーをいれて、優太の隣に座ってすぐだった。生徒会室の扉がやや乱暴に開け放たれる。

「ワン公、いるか」

 少し焦ったような声の主は、風紀委員長の吉良だった。吉良はよく優太をワン公と呼ぶが、その所以は、まあわからないでもないねぇ。
 隣の優太は不思議そうに首を傾けて、ドアを開けたままの吉良を見上げる。そういえば、吉良が会長以外への用でここへ来るなんて珍しいことだ。

「なに……?」
「白水が倒れた」

 優太が固まった。白水をあまり好いていなさらんアシル先輩さえも瞠目している。
 というか、倒れたって……

「どういうことだ?」

 眉を顰めた会長が吉良に訊ねなさる。その声にはっとして、優太は涙目になりながら会長を呼んだ。おろおろとしている優太の望みがわかったらしい会長は頷く。肯首を受けて、優太はすぐさま生徒会室から駆け出して行った。白水のところへ行きなすったんだろう……って。

「ワン公、どの保健室かわかんのか!」
「わかん、ない!」

 優太は泣きながら吉良の呼びかけにUターンしてきた。こんな状況だが、優太のうっかりさんに和んでしまった。かわいいねぇ。

「第一だ」
「ありがと!」

 答えを聞いた優太は今度こそ駆け抜ける。ほややんとしているけれども、運動神経はいいし、コンパスも長いからすぐに第一保健室まで到着することだろう。
 吉良は優太の背中を見送ってから、生徒会室に入ってくる。

「五瀬、何があった?」

 会長の問いかけに、吉良はひどく苛立たし気に前髪を掻き揚げる。

「……血を見て気を失ったんだとよ」
「それだけで? 澄ました顔で軟弱だね、白水は」

 嘲るようなアシル先輩の言い方に、吉良の翠の目が冷たく細められた。直視した俺の背筋を、凍えるほどのものが駆け上がる。――恐怖だ。

「殺すぞ、龍鳳寺」
「……っ」

 低く低く吐き出された一言に、アシル先輩は反射的に吉良を見て、そして顔と身体を強張らせた。睨まれているのは俺ではないのに、ひどい息苦しさを覚える。じわり、じわりと気道を圧迫されていくような。
 吉良の発する威圧感が霧散したのは、見えない手に首を絞められる直前だった。

「五瀬」
「……」

 会長が呆れたような溜息をついて吉良を呼んだとたんに、吉良はかなり不満そうではあるが威圧感を取り払った。格段に軽くなった空気に、俺は知らず止めていた息を思い切り吐いて、勢いよく空気を吸い込んだ。深呼吸とは言い難いそれを数度繰り返したころに、俺はようやく落ち着いたのだった。
 向かいを見れば、アシル先輩も同じようにしている。あの眼光を直接注がれていた先輩なら、俺よりも随分恐ろしかったろう。まだ激しく脈打つ左胸のシャツを握り締めた。……もう風紀の目の届くところで盛るのはよそう。

「怪我をしたのは白水……ではないよな」
「真山だとよ。一瀬の裏が机にカミソリ仕込んだんで、それで指を切ったらしい」
「友紀が?! っ……」

 驚いて腰を浮かしたアシル先輩を、吉良は一瞥する。鬱陶し気な吉良の視線に、アシル先輩は息を詰めなすった。
 ……にしても、やっぱり親衛隊は動き出したかね。俺は直接生徒会室に来たので、どういうことになっているか見ていないが。

「んん?」
「どした、誠吾」
「ああいえね、何だって動いたのが会長の裏なのかと思いましてね」
「あー……。俺が絡まれたのは食堂の一回だけだし、タイミング的にも動き出すのは白水のトコなのが自然だよな。……いままで動いてなかったのが、そもそも不自然だが」
「裏はどいつもこいつも神経イカレてっからな。クソ猿はそん時一瀬に生意気な態度とったし、生徒会室に連れ込まれてたし、ってんで充分なんだろ」

 はあ、怖いところもあったもんだねぇ。うちは比較的穏やかで助かったよ。アサトたちのがんばりもあるんだろうけれどねぇ。

「カミソリ仕込んであえて流血沙汰にしたのは、――白水への嫌がらせを含んでいる可能性もある」

 唸るような可能性の提示に、吉良以外全員が瞬きをした。

「何で裏が白水に嫌がらせするんだよ?」

 俺達全員の疑問を口に出した会長を、吉良は何だか呆れたように見やった。

「あいつが補佐のとき、俺が白水に惚れてるからって目をかけてたのは、どこのどいつだよ」
「……俺デスネ」
「それで大っぴらに話しかけたりしてたのは、どこのどいつだ?」
「……俺です、ゴメンナサイ」

 会長は両手を挙げて、吉良から顔をそらした。っていうか、吉良は白水に惚れていなさるのか。だからさっきアシル先輩を睨みつけたというわけか。なるほどねぇ。
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