Back to the subject.



 ようやく泣いて、ようやく眠った芳春の髪を梳いた。これで少しは、溜め込みにくくなったろう。涙を流せるだけでも、随分と違うものだ。

「……ったく」

 涼月に話を聞きに行った葵からの報告メールを読んで、悪態をつく。まったく余計なことをしてくれやがる。
 真山に芳春のことを吹き込んだ水町夏宏、これは皐月家の命令ならどんなことにも手を染める狗と有名な水町家の倅だ。
 とある俺様ヤロウからの報告待ちだが、水町の行動は皐月家の指示ではないだろうか。過去を知ったのは皐月の耄碌ジジイで、奴は春宮司家を崩そうとしている。……しかしそれにしては疑問が残る。涼月の話では、真山は情報規制のことは知らない様子だと言う。皐月家の命を受けて、水町が真山を利用して広めさせたのなら、これはおかしい。真山が芳春の過去にこだわってそっちを覚えてないって可能性もあるが……。
 携帯をしまおうとした瞬間に、またランプが光って着信を報せてきた。画面に表示されている名前は、あまり待ちたくないが仕方ないので待っていた男の名前だった。

「――春宮司」
「よォ、志桜。麓から高等部まですっ飛んでったらしいな?」

 相も変わらずのひとを揶揄するような声音に、内心溜息をつく。

「るせぇよ、バカ皐月」

 電話の相手は、元銀蘭高等部生徒会長であり、皐月家跡取りの皐月紫珠だった。高校時代は本気だったのでまだ少しはいいが、いまはおもしろ半分で人のケツ狙ってくるから、なるべくこいつに借りを作りたくないんだが。

「テメエいま都心だろうが。そんなもん誰から聞いた」
「蘭からに決まってるだろ。あいつ面白がってお前の行動追ってるからな」
「あの野郎……」

 めんどくせえ奴にいらんこと教えてんじゃねえよ!
 蘭っていうのは、皐月と同い年で元会計だった学園OBのタチ食いの悪魔だ。いまは趣味で探偵をやっていて、昔から引き続き情報屋でもある。つーか、あいつ近くにいるのか? 仕事しろよ。

「……まあいい。とっとと本題に入りやがれ馬鹿」
「何かしら見返りせびりてえが、迷惑かけたのはうちだからなァ。チッ、あの耄碌ジジイ毒殺してやりてえ」
「いいから本題に入れって言ってんだよ」
「わかった、わかった。――水町の当主が吐いたぜ。その白水って奴の過去に関して、春宮司家が情報規制のために圧力を各所にかけたっていうのを広めるよう、ジジイから命令があったとよ。で、学園にいる息子にも、そっちで噂を広めるように指示したそうだ」

 ……耄碌ジジイと水町当主の指示は、あくまで春宮司家のしたことを主体にしているか。ではやはり真山が覚えていないのか?

「志桜?」
「……芳春の過去を広めるように、という命はないのだな」
「あァ。ジジイがやりてえのは、あくまで春宮司崩しだからな。野郎は本命しか見えてねえよ。……何故だ?」
「こっちで広まったのは春宮司家のことではなく、――……いや。協力感謝する。暇があったら、酒くらいならば付き合ってやる」
「そいつは有り難いな。……で?」

 で、って何だ。無言を返すと、何故か溜息をつかれた。

「お前は大丈夫なのかよ、志桜」
「何がだ」
「お前、手前のことで周囲を傷つけられることのほうがこたえるだろ」
「今回は別に――」
「だが、自分が耄碌ジジイの誘いを一蹴しなければ、白水の過去が暴かれることもなかった……と思っただろ」
「……」

 ……まあ。あれがなきゃ、耄碌ジジイが過去を漁ることもなかったろうとは思う。奴があの女の罪状と関係者を漁ったのは、あの女を秋大路にマークさせていたからだ。そこから春宮司家に何か関わりがあると踏んで調べたんだろうしな。
 そこから芋づる式に芳春のことまで暴かれ、結果がこれだ。本来なら、広まるのはうちが圧力をかけたということのほうがメインだったはずだ。芳春の過去がメインになったことに、俺のことは関わりがないのだとは、思うが。

「あれだろ、広まった噂は水町家の意に反して、白水の過去だから、余計気に病んでるんだろ」
「……また柳情報かよ」
「フテんなって。蘭の情報網は役に立つんだからよ」

 そりゃわかってるし、俺もよく頼らせてもらうが。なんで柳、未だに学園内の情報握ってるんだよ……。

「そっちは完璧に生徒間の問題らしいぜ。だから気にすんな。いまの会長って、非公認の親衛隊があるんだろ?」
「らしいが」
「ソレ関連だとよ。詳しいことは水町本人に聞くように蘭が言ってたぜ」
「聞けたらもう聞き出してる」

 水町は尋問に対して無関係を貫いたそうで、不敵にも、証拠を示せと言い切ったとか。水町が真山に教えた、って証拠なんてねぇんだよな。真山の証言だけでは信憑性が薄い。実家からの指示を証明しても、真山に話したことの証明にはならんし。

「……チッ。つうか、何で柳の野郎は学内の情報握ってんだよ」
「苛ついてんなァ、代理様は」
「そのいちいちに人をからかうような喋り方をやめろ」

 棘を含んだ声で咎める。電話の向こうから、不満をこぼされた。

「気を紛らわそうとしてやってんじゃねぇか」
「そりゃありがとうよ! 余計に苛ついてきたわ、このド天然が!」
「おい待て、それテメエにだきゃァ言われたくねえぞ」
「俺は天然じゃねぇよ!」
「俺だって天然じゃねぇよ」
「……」
「……よそうぜ」
「……ああ」

 こんな問答は泥沼になると経験済みだ。つーかやべぇ、つい声を荒げちまったけど、芳春起こしてないよな?
 伺い見た美顔は呻くこともなく、安堵している様子で眠っている。悪夢にうなされてもないようだ。

「……優しい夢、見ろよ」
「あ? 何か言ったか」
「お前に言うことは何もねーよ。他にないなら切るぞ」
「おう。あ――」
「何だ」
「言っとくが、眼帯だけでバレねえと思ってたお前は天然っつうかバカだからな」

 じゃあそれで俺に気付かなかったお前は何なんだ畜生!!!
 怒鳴りかけたところをぐっと堪えているうちに、耳に届くのは無機質な機械音に変わっていた。
 ……野郎、言い逃げしやがった。くっそ、今度会ったら覚えてろよ……!

side end.
[*前] | [次#]
[]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -