12 years ago.



side:春宮司志桜

 その凶報が齎されたのは、アメリカへの留学もそろそろ終わろうかという時期のことだった。幾度か会ったことのある、再従叔母夫婦が殺された――と。父様と伯父さまはその二人を気に入っていて、だから個人的な親交があった。夫婦の息子とそのハトコを、俺は気に入っていた。
 夫婦の息子――白水芳春のためにも、一度帰国して葬式に顔を出さないかと言われ、俺は葵を伴ってすぐに日本に帰国した。
 白水は、両親が殺されていくさまを、目の当たりにしてしまったらしい。殺されかたは聞くだけでも残虐で、幼稚園児が目にするには酷という一言では表しきれない。
 惨劇を目撃しながら、ただ一人生き残った息子……なんて、いかにも自称報道屋が群がりそうなネタだ。父様たちもそれは思ったらしくて、白水のことは既に情報規制を行ったそうだ。
 葬儀は白水家のほうで行われる。純和風のつくりの邸は、うちほどではないが広く、庭も全体の調和を考えて木々が配置されている。
 数ヶ月振りに顔を合わせた父と伯父は若々しいが、二人とも少し消沈した空気を纏っていた。ということは白水の両親は、二人にとって正真正銘、心からの友人だったということだ。この図太い男どもが、上っ面だけの友人をなくして気落ちするものか。

「本心で悲しんでいる人が、多いのですね……」

 参列者たちの様子をうかがうと、殆どの人間が二人の死をきちんと悼んでいるのを察することができた。あまり見慣れない光景に零した言葉には、父の春宮司一華(いちげ)がそうだね、と頷いた。

「晴一も玲夏も、それほどの人間だったということさ」
「私と一華が気に入る人間だから、当然のこととも言えるがね」
「……こういう自信過剰なんだから、杉葉が当主をやればよかろうに、さっさと学園の理事長になってしまうしなあ」
「なだめすかしたり、脅したり、掌で転がしたり……というのは、一華の得意分野だろ。私は直情型なので、本家の当主なんてとてもとても!」

 どの口がそれを言うよ……。俺の心中と父様の言葉が重なった。脅しは大得意ではないですか、伯父さまは。この元ヤンめ。……というのは、アメリカで不良チームの溜まり場に顔を出してる俺が言えたことではないが。
 父様と伯父さまは双子の兄弟で、学園の理事長をしている杉葉伯父さまのほうが兄にあたるのだが、当主は不向きだと言って先日候補から降りてしまった。

「志桜。君は芳春君のところにおいで。そのために呼び戻したのだから」
「いるなら、母屋か裏のほうだろ。葵、私の可愛い甥っ子を頼んだよ」
「畏まりましてございます」
「怖いもの知らずが邸の外をうろついているようだから、気をつけるんだよ」

 俺が頷くと、二人はそれぞれの守人を連れて受付に向かった。俺も、勝手に人の邸をうろつくのは気が引けたが、それよりも白水のほうが気にかかった。
 あいつは――あいつだけじゃなく、奴のハトコの嘉山もだが、幼稚園児にしてはらしくない才覚の発達振りがある。本家のほうじゃ、隔世遺伝春宮司……なんて言われてる。
 だから、白水は今回何が起こったかを明確に理解してしまっているだろう。園児の心には余る出来事だというのに。

(年上の気張りどころだな……)

 同情とか、安っぽい感情で言っているのじゃない。よく育ったのなら、いずれ部下にしたいと思ってる奴だから、そのための手助けも当然だろ。助けてやりたいと思うのは。
 裏手のほうへ向かって進むにつれて、人の気配は薄くなっていく。やがて近くには葵以外誰も感じなくなったところで、ふいに進行方向から大人の男の声を耳にした。

「……は、怖いもの知らずね」

 漏れ聞こえる言葉から、その声の主は自称報道屋であることが察せられた。捕まってる奴が誰かも。家屋の角から、声のするほうを覗き込む。
 報道屋はどうやら裏口から入り込んだらしい。下衆に捕まってるのは、予想通り白水だ。舌打ちひとつ。俺は角を出て、できる限り厳しい声を報道屋にかけた。

「そこで、何をしている?」

 報道屋は慌ててこちらを振り向いたが、俺が子供なのでどうやら安心したらしい。……葵は成人してるのにな。男の向こうから顔をのぞかせた白水と嘉山は、俺を見て明らかに安堵した様子を見せた。

「関係者と参列者以外の、敷地への立ち入りは禁じられているはずだが? それがマスコミなら……尚更な」
「き、君は? こちらに君くらいの子供がいるという話は……」
「そいつらの親戚だ。ったく、マスコミってやつは何だってそう、配慮も思慮も足りない馬鹿ばかりなんだ? こっちは、分かりきってる遺族の声なんて望んでねぇんだよ。他人を気遣うこともできねえ野郎が報道屋なんぞやってんじゃねえ。不法侵入で警察呼ばれたくなければ、とっとと消え失せるんだな」

 身長も歳も、自分より低い俺に思い切り見下ろされると思っていなかったのか、男は顔を赤らめてはくはくと口を動かす。
 こいつが白水に聞き出そうとしてたのは、親が殺されるのを目の当たりにした心情だった。ンなもん、こんな小さい子供にわざわざ聞くか。頭がおかしいとしか思えない。
 いつまでも立ち尽くしていた男は、葵が強制的に追い出した。古風な裏門を睨みつけていると、腰の辺りから小さく声が聞こえた。

「志桜、さま……」

 驚いた風に目を瞬かせている白水が、俺を見上げていた。その小さな顔の生彩の欠きように、俺は内心舌打ちをする。

「邸の中に入っていろ。またあんなハイエナが出ないとも限らないからな」
「……はい。あの、ありがとうございました……」
「構わねえよ。――嘉山。ちゃんと見とけよ」
「はぁい。いこ、いーちゃん」

 手を挙げて緩く返事をした嘉山は、白水の手を引いて邸の中に入って行った。
 嘉山が触れた瞬間だけ、白水の目にはっきりと安堵が灯っていた。数秒黙考してから、俺は葵を振り向く。

「白水は、父方の祖父母に引き取られるかな」
「おそらくは。氷上当主は拒否しましょうし、他に比翼の親類もないと聞いておりますので……」

 確か晴一さんも玲夏さんも兄弟はないのだったか。

「では、嘉山とは引き離されるか」
「そのようになりましょう」
「……危ういな。それでは白水の精神のほうが心配だ」

 葵も白水の様子を見逃さなかったようだ。肯定が返ってきた。いまのあいつには、支えになる存在が必要だ。白水夫妻ではあいつの堰には届かないだろう。

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