死贈り



side:陵和昭

 芳春は両親が殺されるのを目の当たりにした――って、真山友紀が食堂で大声で叫んだって話が伝わってきたのは、文化祭が終わった翌日の昼時のことだった。食堂で和治と昼ご飯食べてたら、周りのひそひそ話が聞こえてきて知った。
 成る程なー、だから嘉山は初日の夜にもう動いて構わないってメール寄越したんだ。きっとそれが、嘉山が前に言ってた"真山が踏み込んではいけない場所"だったんだろう。
 動いて良いって言われても、外来日じゃ人目があるからどうにもできないので、とりあえず真山にくっついてトモダチ演出を続けてた。さすがに外来日は親衛隊だって動かない。保護者の耳に入ったらとんでもないもんね。どんなに馬鹿でもそこは忘れないのが親衛隊だよ。
 さて僕らは、効果的な裏切り時を見定めるために引き続きトモダチごっこの、休み明け登校中。「何だよこれ!」という真山の憤った大声を聞いて、真山の下駄箱まで行ってみると、案の定というか、ゴミだらけにされていた。生ゴミがない代わりに、上履きにはピンクのペンキがたっぷり注がれている。……なんでピンク?

「わぁ」
「すごいね」
「ぐちゃぐちゃだね」
「ある意味ゲージュツ」
「感心してる場合かよ! 何でこんなこと……!」

 何でも何も、自業自得なんだけどね。お守りの守川は呆れたような顔をするだけで、真山が制裁の被害にあったことに対して怒るでもない。
 まあ、守川は事の顛末を知っているのだろうし、その上で理由を理解していない真山には呆れるのも頷ける。

「こーゆーことするのは……、副会長の親衛隊か、それとも白水のところとか?」
「でも白水芳春のところは、いきなりこれよりも――」
「芳春のっ?! こんなことして芳春から人を遠ざけるなんて、親衛隊なんか最低だ!」

 和治は、芳春のとこはいきなり実行するよりもまず警告文を出すって聞くから副会長のところかな、って言おうとしたんだろう。それを遮って叫ぶ真山に、近場を通りかかった親衛隊の子が微妙な顔をした。
 最低なのはどっちなのさ……と言ってしまいたいけど、我慢我慢。
 実は芳春と副会長、嘉山の親衛隊長と打ち合わせて、どうせやるなら一緒にやろうって話になってるからね。

「生ゴミないだけマシなんだよ」
「屍骸がないだけマシなんだよ」
「バリエーションなんかあるのかよ?!」
「生卵ぶつけられたりするかもよ」
「温泉卵かもしれないけどね」

 生卵かと思いきや、温泉卵やゆで卵だったというフェイクの実例が、あったらしい。ぜひとも目撃したかった。

「おい」

 制裁のバリエーションについて話を広げていたら、守川俊哉が不機嫌そうに割り込んできた。

「重要なのは種類じゃねえだろうが」
「っていうと?」
「こいつが大馬鹿やらかした以上、休み明けに親衛隊が動くかもしれないってのは、風紀でも考えてたろ。見張りもあったろうに、親衛隊は風紀を出し抜いた」
「それが?」
「風紀の監視を出し抜くような奴ら相手で、そんな生卵だの温泉卵だの、お遊びの制裁だけで片付く訳ねえだろ」
「んー」

 そうだね、最終的にはリンチもレイプもありだろうね。なんて正直に言っちゃうと真山が騒いでうるさそうだから黙っとこう。

「なんとかなるのじゃないかな。ホラ、僕らが友紀を護ればいいんだよ」
「そうだね、和昭! 僕らが護れば問題ないよ。ずっと一緒にいればいいんだよ」
「あんたらな……」
「和治も和昭もっ、俺は護られてる程弱くねーって! でも、ありがとな!」
「どういたしまして、友紀」
「友紀、どういたしまして」

 トモダチごっこでこんなに簡単に信用しちゃうなんて、すっごく単純で助かるよ。

「それにしても、噂を聞いたよ、友紀」
「うわさ?」
「友紀が親切心で、白水のトラウマを覆ってあげようと声をかけたのに、それを白水が無下にしたって話だよ」
「あ……」
「ひどいよね、白水。友紀は白水芳春のためを思ってのことなのにね」
「ちょっと待て、あんたら――」

 やだな、黙っててよ守川俊哉。こんなの全然本心じゃないんだから。
 口を挟もうとした守川の袖を、和治がくいくい引っ張って気を逸らした。うんうん、そんな風に袖引っ張られて上目遣いで小首傾げられたら、和治に気のある守川じゃクリティカルヒットだろうね。
 思った通り、守川はちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。和治グッジョブ!
 あ……っと、いまの、田名部に聞かれちゃったかも。すっごい冷えた目で通りすがりに一瞥された。僕はそっち側だって分かってるのに、嘘でもあんな発言許し難いなんて、ほんと健気っていうか、なんていうか。

「まあ、分からず屋なんて放っておきなよ、友紀。僕らがいるじゃない」
「そうだよ、僕らがいるんだから放っておきなよ」
「放っておけはしねーけど、ありがとな、和治、和昭!」

 ――外来日に見かけた芳春は、普段と変わりなく振る舞っているようだったけど、ちょっと怖かった。
 なんていうのだろう、ほんとのほんとに無表情っていうの? 芳春は表情少ないけど、呆れたり、顔を作ったりっていうのはする子だと思う。
 けども、あの日は……目が暗闇みたいで恐ろしかった。芳春が壊れちゃうんじゃないかって、芳春から遠い僕でさえ心配になるような脆さがあった。
 そんな様子を作ったのは他ならない真山自身の配慮のなさなのに、罪に気付かないなんて、こいつはひどい人間だ。人の心を踏みつけておいて、その自覚なく、あまつさえ踏みつけた心の持ち主のためだなんて主張する。
 僕らを見分けられて、芳春の絵の心を気取る敏感さがあるのに、どうして自己主張を押し付けられるのか理解できない。

「和昭、行こうよ」
「あ……そうだね、和治」

 ぐい、と手を引かれて、和治の体温に安堵する。こういう、現実に引き戻すような役目はいつもは僕のだったのに、今回ばかりは和治がお兄ちゃんだね。
 和治と手をつなぎながら真山を教室まで送って行く。最中、真山に向かって嘲笑を投げつける生徒がいくらもいたのは、机の方もひどいことになってるからなんだろうな。
 その予測は果たして大当たり。真山の机は赤以外の色や傷やらで、びっしりと罵る言葉が敷き詰められていた。普通ならやっぱり生ゴミとかあるんだろうけど、隣の席が芳春だから、それは迷惑になるって控えたんだろう。

「な……っ! これも親衛隊の最低な奴らの仕業かよ!」

 憤って喚く真山の隣の席には、既に芳春が登校していて、我関せずで本を読んでる。前の席は嘉山なんだ。嘉山は後ろ向いて、芳春の机で頬杖ついてる。その顔が、無表情でなんかすごく恐ろしい。周囲の席の生徒が可哀相になる程度に。

「芳春、鶫! 先に来てたんなら、何で机綺麗にしたりしてくれないんだよ!」

 するわけないよね。ほんと、自分が芳春に対して何を仕出かしたかわかってないんだから。
 怒鳴られた二人は、それでもまるで真山が存在してないみたいに反応しない。何度真山が呼びかけたって。教室にいる親衛隊所属の生徒からは、ひそひそと笑われている。
 トモダチとしては、ここで芳春達に文句を言った方がいいんだろうけど、ちょーっとこの状態の二人にちょっかい出すのは、ご免こうむりたいよね。怖いもん。

「机の中も確認した方がいいのじゃない、友紀?」
「あ、そ……そうかっ」

 そっちに矛先を向けようとした真山を、和治が誘導する。
 にしても、この罵詈の低レベルったら。消えろ、とか売女、とか、ネタ切れなのか外国語での罵倒語もある。日本語って人を罵る言葉が、他所に比べて少ないんだよね。
 とりあえず席に着いた真山が机の中に不用心に手を突っ込んだ。ちょっとそれ、刃物でも入ってたら危ないって考えようよ――って脳内で突っ込んだ途端、真山が叫んで手を引き抜いた。

「いってぇ! くそっ、何だよ、こんな……!」
「うわ、さっくりいってるね」
「さっくりいっちゃってるね」

 引っこ抜いた手の指先からは、だらだらと派手に血が流れていた。指一本なら大したことなくても、人差し指中指薬指いっちゃってるからなぁ。

「――っ……!」

 慌てた方がいいのに悠長に構えてると、真山の隣から息を飲む音が聞こえた。
 発生源を見遣ると、とても強張った表情の芳春が、青ざめた顔で真山から流れる血を見ていた。
 もしかして芳春、血が駄目なの?

「っ、芳春!」

 慌てた顔で、嘉山が芳春の目を手で覆った。途端、芳春の身体から力が抜ける。気を失った、の? 血を見て?
 ……そんなに傷が深いってことなんだ、芳春の。それを抉ったのに無自覚の真山に、いっそう嫌悪がつのる。

「守川! 役目に戻して欲しけりゃ、その馬鹿の机に刃物仕込んだのが誰か調べろ!」
「は、はい!」

 普段の人を食ったような態度が取り払われた嘉山は、厳しい声で守川に下命して、芳春を横抱きに教室を出て行った。守川もすぐに親衛隊を掴まえて話を聞いている。
 ……これって、僕らが真山を保健室に連れて行くべき? ……だよねぇ。
 嘉山はあんなに急いでたから、きっと本館にある第一保健室に芳春を連れてったろう。じゃ、真山は東棟の第二保健室だね。

「とりあえず、保健室行こうよ、友紀」
「何で……俺、怪我したのに、鶫も、俊哉も……!」
「ほら行くよ」

 単純に、彼らの優先順位の問題でしょ。
 自分が一番じゃなきゃ嫌なお子様を引っ張って、僕と和治は第二保健室へ足を向けた。

「は? 机にカミソリ仕込まれた? 何だそれ羨ましい」
「は?!」

 ……第二保健室の黒谷先生は、なんか変態だった。

side end.
[*前] | [次#]
[]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -