side:吉良五瀬

「貴様は馬鹿か? 私は人目につくところを徘徊していろとは言ったが、騒ぎを起こせとはひ、と、こ、と、も、口にしていないはずだが? 貴様が不用意に猿に対して敵意を向けたせいで、風紀が真山の敵に回ったなどと勘違いした輩も出ているようなのだが、我らが風紀委員長殿はこのことについて如何お考えであらっしゃるのか、是非ともお聞かせ願いたいものだな、ん? 今回の件で親衛隊連中が、風紀は真山を助けないと思い込んで暴走でもしたらどう責任を取るつもりだ? そもそも電話に出ぬとは一体どう言う了見なのだ貴様は? 小言を言うために繋ごうとした訳ゆえ一度で諦めたが、もしあれが問題の通達だったらどうするつもりだったのだ? 白水が大事だというのは理解してやらんでもないが、それ以前に貴様は風紀委員長としての自覚を今一度持ってはどうなのだ、この愚物。何だ、反論でもするつもりなのか? この私に対して反論できる身の程だと思っているのか? 口を開くというのなら全面的に貴様の非を認める発言でなければ受け付けんぞ? だいたい貴様は――」

 初日終了後、報告や反省会のために風紀室に戻るなり、夏煌胤に口答えする暇も与えられない小言が浴びせられた。
 延々と続いた小言は、上野の助け舟――野郎は俺を助けようなんざ欠片も思ってなかったろうが――で一旦途切れ、集合から三十分程過ぎてようやく違反者やトラブルの報告会が始まった。
 案の定、祭の熱気に浮かされた馬鹿どもは人目につかないところで強姦やリンチに及ぼうとしていたらしい。馬鹿が、人目につかないなら風紀の目があるに決まってんだろ。毎年毎年そうやって検挙されるのに、まったく学習能力のねぇ奴らだ。
 今日掴まえた奴らにはとりあえず明日は謹慎させておき、正式な処分は追って与えるということになった。校長と寮監に提出する、違反者のカード機能停止の申請書作って、それから部屋を抜け出さないか監視する奴も配置しねえと。校長は権力に弱い奴だから楽だが、寮監のほうはあれで真面目なんできっちり作らねえと許可出してくれねえんだよな。
 あとは謹慎処分者が部屋を抜け出したりしねえように見張る奴も組まねえと……あぁもう、面倒くせぇな!
 つっても手を抜いたりはできねえからちゃんと諸々決めて解散――となった瞬間また夏煌胤が小言を言おうとしてきたのでダッシュで逃げた。風紀委員長が情けねえとか知るか。なおもあいつからウダウダ言われたら、さすがに心が折れる。
 んで、腹が減ったから、ちっと早いが晩飯食うかと寮の食堂へ足を向けたら――

「芳春の両親っ、芳春の目の前で殺されたんだろ!? そんな大事なこと、何で俺に教えてくれなかったんだ! 俺達友達なのに……っ!」

 ……これだ。
 今まさに食堂に入ろうとしていた連中にも、真山の大声は聞こえていたようで呆然としている。
 正直今すぐにでも捻り殺してやりたかったが、忍耐力を総動員させて自分を落ち着かせる。胸ポケットにしまったままの携帯を取り出し、夏煌胤にメールを送った。真山の野郎が白水のこと食堂でバラしやがったぞ、と。多分これですっ飛んでくるだろう。
 ――春宮司家が隠していたのは、白水の両親が殺された、ということではない。
 白水が、両親が殺されていくのを目の当たりにしていた――ということだ。惨劇をたった一人生き残った子供なんて、マスコミが食いつかないわけがない。
 だから春宮司家は、白水を世間の好奇に曝されることから護ってやりたかったのだろう。マスコミなんかどうせ、あんな下衆な奴らは、おもしろおかしくある事無いこと並び立てて、白水を悲劇の主人公に仕立て上げるから。
 両親が殺されたということが広まっていないのは、そうやって白水を護るために情報規制を行った――というか、マスコミに圧力をかけたからだ。白水の親が死んでいるっていうのは、多分知ってる奴は知ってる。それは隠されていないから。
 ……にしても、あのクソ猿が。大声で喚いていいことと悪いことの区別もつかねえのか。つかねえから喚いてんだろうけど。つか、どう考えたって両親が目の前で殺されたなんてトラウマだってわかるだろうが。
 考えもしなかったのか。それを言われて、白水がどう感じるかを。どう思うかを。
 どうしていちいち、あいつは白水の傷を抉る。

(あ゛ー……ぶっ殺してぇ)

 感情が抜け落ちたような無表情で真山に水をぶっかけて、こっちに向かってしっかりとした足取りで歩いてくる白水を見ると、物騒だが強くそう思う。

「白水」

 目の前にいんのに俺に気付いてない様子の――というより、視覚が認識してても脳が反応していなさそうな白水に声をかけた。
 やんわり腕を掴んで顔を覗き込んでやれば、ようやく俺に気付いたらしかった。

「大丈夫か」

 なわけねえよな、と思いながらも訊ねた言葉には、やはり否定が返ってきた。今にも泣き出しそうな、顔をして。
 俺は咄嗟に白水を横抱きにして、静かなままの食堂に背を向けた。エレベーターに乗って少しすると、白水は俺の肩に頭を乗せてきた。
 俺の部屋についてから下ろして靴を脱げと言ったって、白水は言われた通りにするものの身体は俺に預けたままだった。

(……やべぇ、か)

 こんな状態、多分俺ではどうしようもできないだろう。きっとまだ、白水の中でそこまでの位置にいない。
 今俺に何ができるかって言うと――何もできねぇ、よな。何をすれば正解かってのがわからねぇ。
 ただとりあえずソファに座らせた白水を、俺は抱きしめた。俺の心音が聞こえるように。心音を聴かせていれば、少しは落ち着くのじゃないかと思って。
 生きている音に、安堵して欲しかった。お前も俺も生きていて、ここに死は追いかけて来ないと、分かって欲しかった。

「……白水?」

 五分もしないうちに、白水の身体から力が抜けた。どうやら寝ちまったらしい。気を失ったんじゃねえから、少なからず良い対応だったんだろう。
 ……しかしこれって、ベッドに運んだ方がいいのか? 添い寝しといたほうがいいだろうか。

「吉良」
「って何勝手に入ってきてんだ、夏煌胤……!」

 確かに副委員長のカードも他人の部屋の鍵を開けられるが!
 いきなり扉が開いたから例の如く一瀬かと思いきや、我が物顔で入り込んできたのは上野を伴った夏煌胤だった。上野と一緒にいない方が珍しいんだけどよ。
 夏煌胤はちらと白水を一瞥してから、苛立たし気に鼻を鳴らした。こいつが食堂に来る姿は見ていないが、この様子じゃ、ちゃんと真山の件を片付けてきたらしい。

「あのクソ猿はどうした」
「涼月と羽鳥めが部屋に連れて行き、聴取中だ。一応箝口令も布いてきたが」
「どこまで黙ってられるか、だな」
「問題はまだある。嘉山が盛大に切れていた。手が出る寸前で押さえられはしたが」

 ……いたのか、嘉山。いたんだったら白水をほったらかしてんじゃねえよ。
 っつーか、嘉山が切れたってなら、心配なのは親衛隊のほう……か。
 何も言わず夏煌胤の黒い双眸をとらえていると、夏煌胤は頷いた。

「さすがに明日動くような馬鹿は、親衛隊といえどもせんだろうが」

 明日は一般人も大勢来るし、ここぞとばかりにあちこち――展示もなにもないような場所まで見て回ろうとうろつく奴もいる。そんな状況で直接的な制裁に踏み切りはしないだろう。もし目撃されたらごまかしようがないからな。
 一般人から噂になって学園のブランドを貶めるようなことは、控えるはずだ。悪名が流れたら将来自分に不利になる、と分からない程の馬鹿じゃねえだろ。

「文化祭の振替休日明け……だろうな、動き出すのは」
「うむ。監視の目を強めておこう。……それで、真山の処分はどうする」

 処分、な。

「何が妥当だと思う、夏煌胤? とんでもねえこと暴露しやがったとはいえ、何かを壊したり殴ったりしたわけじゃねえ。ただ食堂で大声で、他人のトラウマ暴いただけってのには」
「案外冷静だな」
「馬ァ鹿、今すぐあの猿の部屋に乗り込んで、気が晴れるまで殴ってやりてえよ。だがそれは俺の私情であって、風紀の沙汰に持ち込むべきじゃねえだろ」
「……そこを冷静だと言っているのだがな。そうだな、トラブルといえるトラブルではないが、騒ぎには変わらん。反省自体期待できんが、反省文三枚でよかろう」
「だな。じゃ、秋大路がまだ奴んとこいるようなら、伝えるように言ってくれ」
「わかった」

 つとめて冷静な声で承諾した夏煌胤は、踵を返す前にもう一度白水を見た。そうしてかけられた言葉に、いささか驚いて瞠目する。

「……そいつは大丈夫なのか」
「……珍しいじゃねえか。お前がこいつの心配なんざ」
「馬鹿を言え。白水には若様が目をかけておられるゆえ、こんなことで潰れてもらっては困るだけだ」
「はいはい」
「貴様、私を馬鹿にしているのか」
「してねえ、してねえ。ほら早く秋大路に伝えてこいよ、副委員長サマ」

 あれか、巷で噂のツンデレってやつか。なんて思いながら追い払うように手を振ったら、「覚えておけよ」なんて捨て台詞を吐いて上野とともに出て行った。
 去って行く気配を耳で追いながら、思う。

(白水が潰れて困るのは、俺も同じだ。俺はこいつと持ちつ持たれつ、走って歩いていきてぇんだからよ……)

side end.

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