side:嘉山鶫

 人間に対して本気で心底から殺意を抱いたのは、これが二度目だ。
 一度目は十二年前。芳春の両親の葬式でのことだった。玲夏さんの母親――俺と芳春がクソババアと呼んで憚らない氷上家当主は、芳春に対して「お前が殺されればよかったのに」と言い放った。
 あの女は早くに旦那を亡くして、一人娘の玲夏さんを溺愛していたらしい。端から見ていて気持ちが悪い程に、と俺の母親は語っていた。
 だから玲夏さんが殺されたことよりも、玲夏さんが晴一さんを選んだこと――奴の中では晴一さんが玲夏さんを奪ったことになっている――を恨んで、晴一さんの子供である芳春を人間として見ない。厭わしい男の遺伝子が入っている時点で、玲夏さんの息子でもあるという事実は消え失せているんだろう。
 そのとき俺も同席していて、子供だった俺でも、それは言ってはいけないんだと分かるような言葉に、俺は氷上のババアに真っ向から歯向かった。母親はそれを止めも咎めもしなかったから、同じように怒りと嫌悪を覚えていたんだろう。
 俺は本当にクソババアを殺してやろうと思った。それは理事長と代理と本家当主の乱入で押さえられてしまったのだけれど。
 二度目は言わずもがな、まさしく今だ。真山は一番、愚かなことをした。人の集まってる食堂で、大声で芳春の過去を口にするなんていう、配慮も何もないことを。
 これはもう、暴力だ。余計な好奇の視線に曝されないよう、せっかく代理達が芳春を護っていてくれたのに。
 かえって冷静になった状態で、俺は立ち上がって真山の胸倉を掴む。
 芳春は吉良が連れてったけど、それでいい。多分こんなことになったら、俺じゃ駄目だ。"あの日"にまつわる過去の一部である俺じゃ、きっと抉るしかできない。
 ――芳春が俺を歪めたと思って負目を感じてるのをいいことに、芳春に寄りかかってる俺では。

「どこからそれを仕入れたかなんて、どうでもいい。何が友達だ。こんなとこで、あんなこと大声で叫んで、それで芳春が傷つくって考えなかったのか、この下衆」
「な、俺は……っ、俺は芳春のために……!」
「そうやって自分が他人を救えるなんて思い上がって、救おうという他人の心をないがしろにしているお前が、何が芳春のためだと! 全部てめえが良い子ちゃんぶるための、自己満足の独り善がりだろうが! 本当に芳春のためを思うというなら、やっていいことと悪いことの分別くらいわきまえやがれ……!」
「――そこまでだ!」

 葬式の日に感じたような嫌悪と怒りにまかせて拳を振るおうとしたが、張りつめた声に静止された。
 誰も口を開くのを躊躇っている食堂を、俺達の方に向かって突き進んで来るのは、険しい顔をした分家組だった。
 先頭に立つ夏煌胤は、真山の胸倉に延びている俺の左腕を掴んだ。

「嘉山、ひとまず殴るのはやめておけ。お前の方を処罰せねばならなくなる」
「……」
「その手を放せ。そこの知性のない猿の身柄は風紀が預かる」

 顔と声と腕を掴む手とに力を込められて、しかたなく真山から距離を置いた。ここで風紀とやりあうことにでもなったら、面倒だ。
 俺が戦意をおさめたのを確認してから、秋大路の守人の稲舟羽鳥が真山を拘束した。

「な、何するんだよ?!」
「んー、うるさいな〜。何で捕まるかわかんない欠陥品に、一から十まで説明してあげる程、俺お人好しじゃないからサ? 黙っててよー、愚物は」

 飄々と笑いながらの罵言に、真山は絶句したようだった。
 稲舟は秋大路や夏煌胤家、春宮司家の人間以外には配慮しないから、ああやって素で他人を傷つけられる。似たような俺が口を出すことじゃないけど。
 黙った真山を秋大路と稲舟がどこかへ――多分真山の部屋に――連行していってから、夏煌胤はぐるりと食堂を見渡した。

「風紀委員副委員長の権限をもって、今の一連のことを口外することを禁ず。とりわけ新聞部、広報委員からの流出があった場合は厳しく処分するゆえ、そのつもりでおれ。――用済みの者は、即刻部屋へ戻れ」

 食堂全体に、それこそ厨房の方まで行き届くように凛と声を張った秋大路の一声で、食事や話し合いの終わった生徒は足早に食堂を出て行った。

「……嘉山、貴様余計なことはするなよ」
「何言ってるんだか、わかんねぇけど?」
「そうやって貴様が、きまぐれに脛に傷を作るから、余計白水が負目を抱くのだと気付け」
「――……大きなお世話。そんくらい知ってるけど、届いて欲しいとこまで届かねえんだから、伝えられねえよ……」
「……ふん。ともかく、風紀に面倒はかけるなよ。行くぞ、智昭」

 解放してやれ、とでも言いたいのか、秋大路は。

(違うんだ。違うんだよ、芳春。俺がこんな人間なのは、人間が嫌いなのは、少しも芳春のせいじゃねえだろ……)

 俺が勝手に絶望して、勝手に芳春を支柱にして、勝手に芳春が疎む人間を排除して護ったつもりになってるだけだ。
 そうやって何度も伝えたかったけど、言ったって取り繕ってるって思われて、本心だって伝わらないんだろう。
 ――今は、まだ。

「嘉山……」

 横からおずおず呼びかけられてそっちを見たら、テーブルにはまだうちのクラスの実行委員たちが気まずそうな顔して座っていた。

「話し合いって――」
「もー、終わってんじゃん。なんかあったら、適宜対応ってことでいーっしょ。俺も帰るから、解散解散」
「あ、ああ」

 ひらひら手ぇ振って実行委員たちから離れて行く俺を、いくつもの視線が追ってくる。入り口の近くで、親衛隊の集まりみたいになってる3Aの話し合いを見かけたので、そこにいた親衛隊長たち――田名部先輩、江田島先輩、槌谷先輩、湊先輩の四人――を一瞥しておいた。
 あの面子ならこれだけで伝わるだろう。――解禁だ。さすがに明日速攻で、というわけにはいかないだろうけれど。
 鴻巣の裏にも捨てアドで通達しておこう。あっちは解き放たれたら何仕出かすかわからないから、文化祭終わったら。
 ああ、それから各親衛隊には流血沙汰は避けるようにきつく言い含めておかないと。この上芳春が近くで血を見たらどうなるか、わからないから。
 でも伊能方は動かないだろうな。最近は真山との接触も少ないし、何より我らがわんこ書記にお熱のようだし。あれ何で当の本人が気付かないんだか。もどかしいCPもまた萌えですけど。
 守川んとこも、守川が真山にちょっと厳しい態度とったら満足しちゃってるようで、戦力外だ。

(あとは双子)

 ……も、兄の方はどうかな。どうも意識が守川に向いてるからなぁ。仕返しより恋を取るってんなら、それもまぁ構わないけども。もう俺最近雑食ですから、よっぽど地雷じゃなきゃどんなCPでも萌えポイントを見つけておいしくいただきましてよ!
 って腐男子発動してはみたけど、やっぱ駄目だな。真山への怒りは収まりそうにない。
 こういう苛立とかをぶつける相手は、当人に向けられないんじゃ親衛隊連中だ。今夜行く、とだけ書いたメールを湊先輩あてに送信した。何でも興奮するようなマゾヒストがセフレだと便利だな。あの人は変態過ぎて将来が少し心配になるレベルだけど。
 今はとりあえず部屋に戻って、作曲なりゲームなりで芳春にさえ当たらないように気を散らしておくのが先だ。

(ああもう、本当にもう……)

 代理を無視してでも、真山なんて早く追い出せばよかった。代理は真山家を潰すけど、真山の卒業くらいは待ってやるつもりだって言うから、先走ることは控えたけれど――こんなことになるのだったら。

「……っつうか、誰だよ真山にアレ教えたの」

 そもそもそちらのほうが重要だ。真山に自分で調べるような頭はないし、冬香院だって聞かれても答えないだろう。あれは腐っても分家だ。
 芳春を深く傷つける原因を齎した奴のことも、俺は許さない。気を散らすよりも、犯人を突き止めることの方が先決だ。
 さて、それじゃあ――情報屋になれちゃう俺の、本領発揮といきますか。……本領というわけでもないけど。だって俺の本分腐男子ですから!

side end.
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