side:真山友紀

 ぼんやりしていると、すぐに芳春の冷たい目と声と言葉を思い出してしまう。
 人を否定するのが好きだな、っていままで向けられたことのないような、氷みたいな目で見下ろされた。
 俺は――俺は芳春のこと、否定なんてしてない。芳春のために言ったんだ。
 あんなほんとは寂しいんだって言うような絵よりも、そんなの感じない絵を描いていたほうが芳春だって楽しいだろうから。
 寂しいんだったら、俺が寂しさなんか吹っ飛ばしてやりたいから。友達のためなんだから、そうするのは当たり前のことだ。
 ずっと渡り廊下で考え込んでいたら、そのうちに俊哉が現れて俺を教室に連れてった。割り当てられた時間になったらしい。
 でも俺は作業してても上の空で使い物にならないから邪魔だって、俊哉に控え室に押し込まれてしまった。
 普段だったら怒って、接客に参加したろうけど、気付いてしまったんだ。
 ――時々俺のこと、さっきの芳春みたいな目で睨んでくる奴らがいるって。
 あいつらの目を見たら芳春の事まで思い出してしまって、どうしたって集中出来なかった。
 それからはずっと控え室でぼんやりしていて、気付いたら文化祭の一日目が終わってた。終了の放送が入ってから教室に戻ってきた芳春は、一度も俺の方を見なかった。
 クラスの奴らが解散して、俊哉が帰るぞって言ったけど、俺は一人でいたくて裏庭へ向かうことにした。和治と和昭とに出会った、ベンチのあるところ。
 人足のまばらな廊下の角を曲がったとき、真正面から何かにぶつかった。

「いてっ……」
「おっと……」

 人の声がしたので鼻を押さえて見上げると、どうやら俺がぶつかったのは生徒だった。
 おっとりしてて、とてもやさしそうな雰囲気の……制服のラインが青だから、三年生だろう。その人の隣にはしっかりした体格の爽やかそうな三年生もいた。

「大丈夫か、水町?」
「うん。――きみ、大丈夫? ごめんね、よそ見をしていたから」
「あ……いや……! 俺もぼんやり歩いてたし」
「ねえ、きみ、真山君?」
「えっ……あ、うん……」

 頷くと、その人はふわっと笑った。

「よかった。話に聞いていたより静かだから、人違いかと」
「水町、もう行こう」

 爽やかげなひとは俺を警戒するみたいな視線を向けてきて、水町を促す。
 警戒の視線にも冷たいものが混ざっていて、俺はやっぱり芳春を思い出して俯いた。

「小牧、先に帰っていいよ。俺、真山君とお話しするから」
「は? でも、置いてく訳には……」
「大丈夫だよ。風紀だって巡回してるんだから、滅多はない」
「けどそいつは――」
「ね、小牧。お願い」

 水町が両手を合わせて小牧ってひとを見上げておねだりすると、何でか小牧は赤くなって言葉に詰まった。
 しばらく唸った後に小牧は「わかったよ」とぶっきらぼうに言って、ひとり立ち去った。

「ねえ、真山君。元気がないようだけど、どうしたの?」
「え……」
「俺でよかったら、話を聞こうか? あ、でも初対面の人間に悩み相談なんてしないか」
「い、いや、全然そんなことない! ほんとに聞いてくれるのかっ?!」
「あは、元気出たみたいだね。うん。俺でいいなら何でも話して」

 水町夏宏、と名乗ったその人と連れ立って、最初に行こうとしてた裏庭に来た。裏庭という割に日差しのよくあたるここは、今日も明るい。木陰に置いてあるベンチに、夏弘と腰を下ろす。
 道すがら聞いたけれど、夏宏は3Aの生徒なんだそうだ。明日クラスの出し物見に行くって言ったら、是非おいでって笑ってくれた!
 あ、夏宏と一緒にいたのは、夏宏の親衛隊長なんだそうだ。

「親衛隊なんかっ……あいつらのせいで夏宏も友達が作れなかったろ! でもこれからは俺がいるからな!」
「あは、友達なら普通にいるけど、まあアリガトー。補足しておくけど、俺の親衛隊は何でもかんでも制裁するような集団じゃないよ。俺を邪な目で見ている生徒から護ってくれてるんだ」
「そうなのか?! 俺、てっきり親衛隊って芳春や鶫のとこみたいなキャンキャンうるさい奴らばっかりなのかと思ってた」
「それはネコの子達だね。確か白水君のところはネコだけじゃなくて、小牧みたいに大柄なタチの人もいると思ったよ」
「ネコ? タチ?」

 ネコって動物の? と首を傾げると、夏宏はへらっと笑って爆弾を落としてきた。

「セックスの時に突っ込む方がタチで、突っ込まれるほうがネコっていうんだよ」
「わーーーーーーーー!」

 そ、その……男同士で付き合う奴がいっぱいいるってそれは知ってるしわかってるけど! どこになにを突っ込むのかとかあんまり想像したくないけど何よりも!

「夏宏の外見からそんな表現飛び出して来るところは見たくなかった……!」
「えー? やだなあ、俺だって高校生男子なんだから猥談くらいするよ」
「やめてくれー!」

 そんなアシルと同じような王子様系フェイスで猥談とか!
 人を見た目で判断するようなことは駄目だって思ってるけど、これはあんまり心臓に悪すぎるだろ!?

「面白いなあ真山君」
「友紀でいいって……」

 項垂れる俺の隣でからから笑っていた夏宏は、「それで」と話を変えた。

「友紀君は、何を悩んでいるの?」
「あ……」

 穏やかな目で促す夏宏が嬉しくて、じわりと涙が浮かんできた。だって今日は冷たい目に見られ過ぎていたから。きっといつも親衛隊の奴らはそんな目で俺を見ているんだろうけど、普段は気にならなかったんだ。

「俺……芳春の絵を見たんだ。美術室で。ずっとどんな絵を描くのか気になってたから。でも、いつもアシルや誠吾が見る必要ないとか気にする事無いとか言って見れなくて、今日、やっと」
「うん」
「そしたら……上手かったけど、でも変なんだ! すっごい綺麗な絵なのに、どろどろしてて……」
「どろどろ?」
「っていうか、なんか……押し付けて来るみたいで!」
「なにを?」
「本当は寂しいんだって……。芳春はいつもつんと澄ましてるから、余計押し付けてくる感じがして! 絵は綺麗なのにそんなの、勿体ないだろ?! それに、寂しいんだったら口で言えばいいだろ! 絵で訴えるよりよっぽど伝わるんだ!」

 だから、寂しかったりするのは言葉にして、絵には楽しいのを詰め込んで欲しいって、そうしたら芳春だって楽しめるじゃないかって伝えたかったのに。
 返ってきたのは、とてもとても冷たい拒絶の目だった。

「俺……芳春のために言ったのに……!」
「そっか。伝わらなかったのが悲しくて落ち込んでたんだ」
「でも、芳春ならきっと分かってくれるよな! 急に言われてびっくりしただけなんだ、きっと」
「……それはどうかな」
「え?」

 きっと、きっと……って、冷たい視線を振り払うように信じれば、夏宏がとても重々しく零した。その顔はどこか痛まし気だった。

「あのね、白水君の絵がそうなのには、深い事情があるんだよ」
「事情? なんだ、それ?」
「知りたい?」
「知りたい! 教えてくれよ、夏宏!」

 ぐっと迫ると、夏宏はうーんと人差し指を口元にあてて首を傾げた。

「教えても良いけど、条件があるんだ」
「条件?」
「そ。二度と生徒会室に行かないで欲しいんだ。最近は行ってないみたいだけど」
「なんで?! それにあれはっ、アシルや誠吾が誘ってきて……まさか、夏宏はどっちかの親衛隊なのか?!」
「違うよ、冗談きついなあ。龍鳳寺君や伊能君はどうでもいいんだ。生徒会室に行って騒いで、会長の邪魔をしないでほしいだけだから」
「……?」
「俺、会長に憧れてるんだ。すっごく努力家だし、細かいところまでよく見ているし、理想の生徒会長ってかんじで。ね、だから友達の俺からのお願いだから、生徒会室で騒いで会長の仕事の邪魔をしないでほしいんだ。できるね?」
「あ……うん」

 騒いでるつもりはないけど、一瀬に怒られたのは事実だし気をつけようと思って頷く。
 それに生徒会室云々よりも今は芳春があんな絵を描く事情の方が知りたかった。
 頷いた俺に夏宏は「よかった」と微笑んで、少し間を置いてから口を開いた。

「実はね――……」

 齎された真実に、俺は目を見開く。

side end.
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