Outside Stage



side:夏煌胤飛将

 渋る智昭を説き伏せて、私は一人で指示の通り人気のない裏庭へ向かう。道中で、同じく呼び出された涼月と紫吹に出くわした。涼月のほうは私同様に羽鳥を説得してきたらしい。
 文化祭初日、昼を指定して我々を呼び出したのは生徒会顧問の国語科教諭、聖夾竹だった。
 彼が何故私たちを――守人は必要ないとまで言って呼び出したのか、理由は定かではない。しかし聖先生は若様の知己であるから、蔑ろにもできない。
 疑問を抱きながら、しかし議論をしたところで答えが出るはずもない。もとより裏庭へ行けば明らかになるので、特に会話もなく人目を避けて裏庭へと向かう。
 そうして辿り着いた先で、我々は息を飲み開けるだけ目を見開いたのだった。
 ――なぜならば。

「わ、若様……!」

 木陰で幹に背を預けて佇んでおられたのが、春宮司家次期当主であり、私たちを統べるお方である、若様こと春宮司志桜様だったのだから。
 夏の熱気など些かも感じさせない佇まいの若様は、青玉と黒曜石の眸をす……と我々に向けられた。
 気圧されながらもお傍に寄らせて頂き、若様の形よく美しい唇が開かれ、玲瓏と声が紡がれるのを待った。

「まずは、忙しい中呼び立てて悪かったな」
「とんでもございません。若様のお召しとあらば、いつ如何なるときであろうとも、御前に馳せ参じますれば……」

 胸元に右手をあてて腰を折る。

「顔を上げて楽にしろ。……気楽な話はしねぇが、そう気負うな」
「は……」

 お許しをいただいたので、固くならないように頭を上げた。
 しかし気負うなと仰られても、若様を前にしてそれは無理難題というものだ……! 一歩後ろにいる涼月と紫吹も同じ心地でいることだろう。
 私たちが頭を上げたのを確認して、若様は再度口を開かれる。

「呼び立てたのは、本家で預かった調査の報告をするためだ」
「件の……三條の、でございますね」
「ああ。あの女の罪状をあらため、俺達に仮釈放の審理開始を隠しやがった馬鹿を突き止めた」
「――! それは……一体」

 どこのどいつが、本家様を煩わせたのかは気になっていた。しかし秋大路家に本家様から調査は本家に任せるよう達しがあったため秋大路は調査から手を引いた。ゆえに涼月からの報告も入らず、犯人を呪い殺したくなるような苛立がつのっていたのだ。
 若様は一瞬だけ苦々しい表情をなさって、知りたかったことをその美声にお乗せになった。

「事を行ったのは――皐月家だ」
「な……っ」

 馬鹿な、と叫びそうになった己を律する。若様の前で感情的になるなど、できるものか。
 皐月家――。本家様には勿論遠く及ばない家ではあるが、私が動揺してしまう程度の家柄ではある。
 あの家は春宮司分家第一位である我が夏煌胤家と比べても遜色のない家なのだ。……これでは手出しできん……。
 しかし私が動揺したのは、皐月という家柄だったからだけのことではない。

「皐月家といえば、若様の知己である皐月紫珠(しじゅ)という男の……それが、何故……」
「知己っつうかなァ……。ああ、やらかしたのは、皐月じゃねぇよ。アイツの祖父だ、皐月家現当主。それが分かった時点で皐月に連絡を取ったんだが、やはり皐月も知らん事だったようだ」
「理由については……?」
「皐月の推測だが、俺が皐月家の会社との提携を断った腹いせじゃねえのかって話だ」

 ――殺す。
 皐月家だろうが何だろうが、若様に対してなんたる不遜な……!
 皐月家現当主の噂――惚けが始まっており、家を動かすことにも支障がある……というのは耳にしているが、だからといって若様に対し腹いせなどと断じて許せん。ええい殺しても飽き足りん!
 ぎりと奥歯を噛み締めると、涼月に小声で名を呼ばれた。落ち着け、ということだ。わかっている、わかっているがはらわたが煮えくり返って仕方がない。

「皐月家当主はこれを切欠に春宮司の足元を崩そうと画策しているらしい。この程度で崩れるほど脆弱な地盤ではないが……。学園の方には、皐月家と繋がりある家の子供もいる。余波がお前達や白水にいかぬとも限らん。重々注意しておけ」
「――承知致しました」
「それから――紫吹」
「は……はいっ」

 普段御前に出ることはできても、お声をかけられることのない紫吹が、唐突に若様に声をかけられた。基本的に分家が揃っている時に本家様と言葉を交わすのは、第一位である夏煌胤の者だ。それぞれからの報告などがあれば別だが。
 それに紫吹は次期当主というわけではないから、若様から声をかけてもらえることなど極めて稀なことだろう。恐らく奴の心中は緊張と喜びと焦りやらがごちゃ混ぜになっているに違いない。

「既に実家から聞いているとは思うが……冬香院の仲細君が、実家である真山家と縁を切った」
「は……聞き及んでおります」
「お前から真山に近づき、仲細君の決断を無駄にするなよ。今後一切、真山友紀への接触は断て」
「心得ましてございます」

 紫吹は深々と腰を折る。
 流石は若様だ。紫吹めが真山友紀に友好的であるのをご存知だとは……。
 しかし、紫吹もやはり分家の人間なのだな。友好的な相手を捨てろと命じられ、声にも迷いなく即承知するとは。まあ、所詮は真山程度が、我々分家の本家様への忠誠と憧憬を越えられる訳などないのだが。

「それでは俺は、視察に戻る。お前達も生徒なんだから、ちゃんと楽しめよ、文化祭」
「――はい!」

 ああ、若様はほんとうに素晴らしい……! 私たちを分家の人間というだけでなく、学園の生徒としても思いやってくださるとは!
 この夏煌胤飛将、死するときまでも若様の御為にあると、より一層深くまで誓約いたします……!

side end.
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