核心どころか、世界の輪郭にすら触れていない



 銀蘭高等部の文化祭は、一学期の期末試験を終えてから少し間を空けた土日に開催される。
 今日はその、一日目だ。生徒全員がクラスや部活の出し物で使う位置について、スピーカーから流れる生徒会長サマの声に耳を傾けている。
 諸々の注意事項を伝え終え、鴻巣は一拍、間を置いて息を吸った。

『――見て回る側も、接客する側も、俺ら裏方も、今高等部にいる全員で、この日のために走り回ってきた。総てのものが、今年だけの文化祭を作り上げる参加者だ。……だからお前ら誰もかも、心の底から楽しみやがれ! これは俺達の、お前達皆の祭だ! 第四十七回目銀蘭学園高等部文化祭、これより開催だッ!』

 笑顔で言い切ったろう鴻巣の楽し気な声音に、どこの教室でも応と答える歓声が轟いていた。
 悔いを残すな、でも羽目を外しすぎんなよ! という鴻巣の放送が終わって、教室の全員が俺を見た。……なんか言えってか。

「……ま、会長サマの仰せの通り、二日間楽しみながら走り抜けようぜ。それじゃ――午前A担当、配置に付け! 午前Bと午後担当組は、交代時間まで好きに楽しんでこい!」
「応ーっ!」
「ついでに宣伝もしてくるから、期待してろよーっ!」
「そーそ、お客来過ぎでてんてこまいにしちゃうんだから!」
「やってみろ、トラブル起こすなよ!」

 続々出て行く奴らに声を投げかけ、俺は軍服の帽子の位置を、鍔を持って調整する。どいつもこいつも、良い顔をして祭に繰り出していく。真山というトラブルメーカーがいるからどうなることかとは思ったが、なかなかうまく開催までこぎ着けたじゃねえか。
 俺と嘉山、そして千影と伊能は午前組のAチームだ。っても明日は午後Aになるが。Aの中じゃ伊能だけ連合側の軍服だが、捕虜設定でいくらしい。振り分けに不満そうだった真山は、話し合いを悉くサボるほうが悪い、ということで無理矢理納得させた。
 今もさっさと守川が真山を引き摺っていったので、開始早々面倒くさいやり取りをせずに済んだ。よくやった、守川。

「――行くぞ、嘉山」
「はーい」
「伊能、千影を頼んだ」
「お易い御用さね」
「芳春、がんばろ」
「あァ。お前らも楽しめよ」

 千影に片手を挙げて答え、嘉山と一緒に教室のドアの前に立つ。既に廊下に出て見回っていた生徒達がどよめいた。
 視線は殆ど嘉山の頭だ。旧海軍の軍服着るのにいつもの色じゃシマんないから、とかいって、今朝スプレーで黒く染めていたから。こいつの黒髪とか何年振りだ。
 俺達がやるのはいわば客寄せ。生徒会の二人の方が寄るのではないかとも思ったが、中で接客に回した方が近づけて親衛隊にはオイシイだろう、ということであいつらは接客になった。
 つっても客引きは主に嘉山の仕事だ。俺は腕を組んでけだる気に壁に寄りかかっていろといわれた。

「はいはーい、ムチ装備の女王様に見惚れるのはいいけど、立ち止まるくらいなら寄ってってねー。中にも人気どころいるからー」
「どなたがいらっしゃるんですかっ?」
「ふっふっふ、なーんと、接客係として書記の千影優太と、会計の伊能誠吾が! 軍服を! 着用済み! しかもちーちゃんはいーちゃんとおそろいなんだぜ!」

 テンション高い嘉山の言葉に、親衛隊だろう生徒がひょいと教室を覗き込んで、本当だと歓声を上げた。そこに、すっとSSの軍服を着た小美玉が立ちはだかる。

「タダで目の保養はさせないよっ! じっくり眺めたいんだったら、中に入ってプレイしてね!」
「うそっ、絆ちゃん?! かわいいのにかっこいいー!」
「それはありがと! って……誉めても逃がさないから。さあ撃っていきたまえ!」
「わっ、兵士さんに捕まっちゃったーっ」

 戯れあいながらもしっかり客を引き入れ、金銭代わりのチケットを一回の代金分せしめていく小美玉は、存外男前だった。
 文化祭の間においてのみ使用されるチケットは、あらかじめ一定額全生徒、教員、職員に配られる。使い切った際には引換所でカードキーを提示して、希望額と交換してもらうことになっている。俺らは普段現金を持ち歩かないし、万が一生徒側で清算を行って不正があった場合を考慮してのシステムだった。引換所の担当は勿論、特に信頼ある教師だ。
 ぼんやり、時折話しかけてくる生徒を適当にゲームに誘導しながら客寄せのパンダになっていると、いきなりぱしゃりとシャッター音が響いた。

「はーい、ども! 文化祭の生徒記録担当の写真部です! お二人の写真、撮らせて頂けます?」
「もう撮ってんじゃねえか」
「あっはは、そこはご愛嬌……。で、どうです? 結構売れると思いますよ!」

 気さくにウインクしてくる写真部員に、俺は嘉山と目を合わせる。
 ……確か被写体となった生徒の写真は、文化祭中に売り出されるのだったか。売られるのは外来日だから、一般客に悪用されないようにこっそりと、関係者以外立ち入り禁止にした区域で。
 その売上の一部は、被写体のクラスの売上に加算される。だから好きなだけ撮らせて多く売らせれば、それだけクラスの売上金も増えるが、しかし裏を返せば写真部の売上を増やすって言う事だ。
 後夜祭では売上金のランキングが発表され、見事一位に輝いたクラス、あるいは部活には褒美がある。食堂のメニュー、売店の全商品どちらかが一ヶ月間割引という食べ盛りの奴にとっては素晴らしく魅力的な褒美が。
 特別割引などを気にする家柄ではないにしても、定額より安く購入できるというのは、心引かれるものがある。
 飄々とした写真部と腹の探り合いのように視線を合わせていたら、いきなり肩を組まれた。言うまでもなく犯人は嘉山だ。

「いいじゃん、べつに? 写真部以上に稼げば問題なしっしょ」
「お、言ってくれますねー、嘉山様ったら! こちとら生徒会役員をはじめ、風紀や親衛隊持ち一般生徒をバシバシ撮りまくりますし!」
「こっちだって美形どころ揃ってるし? その役員様だってエサですしー?」
「でーも、そっちには超弩級のマイナス要素あるじゃないですかー」

 にやり、と部員が目と口を歪めた。
 確かにな、接客に組み込まれてる真山は高確率で親衛隊あたりと問題起こすだろうし、そしたら客足は遠退くだろう。

「ふっふーん。クラスの不利益になること起こしたら、裸に向いて目立つとこに逆さに吊るして一晩以上放置するだけだしね」
「……えげつないっすね……さすが親衛隊がドMばかりの鬼畜様……」
「やだなー、序の口序の口。で、どうすんの。撮るの、撮らないの?」
「撮りますとも。ぜひそのまま密着しててください」
「おっけー」

 と言うと、嘉山は肩を組んでいただけの体勢から俺の腰を抱き寄せて頤をとり、目元にキスを降らせてきた。うわ、周りうるせ……おい今嘉山の同類がいたぞ。
 写真部も興奮して嘉山を煽るもんだから、きっちり着込んでいた軍服は乱され鎖骨どころか胸元まではだけている。

「ヒャッホー! こいつぁ売れるぜー! 嘉山様、いっそここで白水様を犯しちゃってください!」
「埋まってこいテメエ」

 調子に乗り過ぎだ。見せつけるように胸板を舌先でなぞり上げていた嘉山の頭に、肘鉄を一つ。舌を噛んだようだが、自業自得だ。
 つーか、こんな悪ふざけしてっから、人が溜ってんじゃねえか。小美玉やらが頑張ってクラスに誘導はしてるが、微々たる効果しかない。
 さっと乱されまくった軍服を整え、ムチをびしっと張って野次馬に向かい声を放つ。

「……ここまで見といて、うちのクラスに寄らねえで立ち去るなんて愚挙、……しねえよなぁ?」

 一応疑問系にはしておいたが、顔を真っ赤にして列に並んだ奴らには、そうは聞こえていなかったろう。写真部は中にいる千影達を撮影することなく、「有り難うございましたぁぁ!」と叫びながら逃げていった。
 ムチを腰に戻してまた壁に寄りかかる。隣を見ると、嘉山が滅茶苦茶身悶えていた。

「うは……女王様すぎる……いーちゃんGJ! マジ萌える! 女王様軍人受けとかなにそれおいしい! あまりのエロさに欲情した下っ端兵士たちに囲まれマワされそれでもプライドの折れない女王様は同僚の攻めの前でようやく悔しさに涙してお前の熱で上書きしてくれと熱っぽく迫ったりなんだりああもうこれで一曲書けそうですけど! でも兄さんじゃキャラ的にちょっと違うね?! むしろ曲にしないでも俺が小説でも書けばいいの?! でも今から夏あわせじゃどう考えても間に合わないし俺ボカロで委託するんでしたよ?! ねえ俺どうすればいいのいーちゃん!」
「散らせばいいんじゃねえの、股間を」
「……おっそろしいこと、真顔で言わないでください……」

 じっと股間を見つめて言い放ってやれば、降参だとばかりに両手を挙げて一歩離れた。
 ふん、と鼻で笑ってやっていると、「相変わらずですね」とゆったりした清涼な声がかけられた。声のしたほうを見遣り、見慣れた姿を視界にいれる。

「田名部先輩」
「と、湊センパイじゃん」
「お二人とも相変わらず、仲がよろしいですね」

 はんなりと微笑んだ田名部先輩は、一瞬だけ嘉山に視線を遣る。彼の眸にはその一瞬だけ、嫉妬の色が宿っていた。大人しそうで案外嫉妬深い人なのが面倒で、俺のセフレと呼べる人間は現状田名部先輩だけだ。……無論、俺がタチで。
 嫉妬深さはさておき、統率力も管理能力もあるから、この人が隊長であることに不満というのはない。妬み嫉みを抱いても、俺が拒絶を言葉にしない限りは動かない。俺の意思を蔑ろにすることこそが、俺の邪魔になるというのをよく理解しているから。
 嘉山を除いて一番真山を排除したがっているのは彼だろうに、よく辛抱していることだ。

「嘉山様も白水様も〜、すっごくかっこいいです〜」
「それはどーも。で、ちゃんとうちの売上に貢献してくれるんですよねー?」
「当然です。白水様の御為に……」

 田名部先輩は紳士然と腰を折る。優雅なそれに、通りすがりの生徒が見惚れていた。

「それと――いつなりとも、盤上の駒となれますので。ご下命さえあれば、即刻」

 穏やかそうな微笑から一転して、田名部先輩は冷たい顔でゆるやかに笑んだ。それに「そうですか」とだけ返す。彼は満足げに一礼して、湊先輩と待機列に入っていった。

「芳春は甘いね」

 顔だけを俺の方に向けて、無表情一歩手前で嘉山は言った。
 俺がこれからも、踏み込んで欲しくないところに真山が入らなければ何も言わない、というのを見越しての言葉だろう。
 塞き止められた親衛隊の不満がいつ溢れ出すかはわからないが、限度も近いはずだ。言葉で不満を吐き出すだけで抑えていられれば、それに越したことはないんだが。

「お前のタイミングで動けばいいだろう。そもそも、さっさと追い出したがってたのはお前だ」
「そーだけどね……。ま、それは今はいいや。呼び込みしよー」

 ぱっと表情から真面目を取り払って、嘉山は客引きを再開し始めた。
 ――このまま、もう誰にも踏み込まれることなく時が過ぎ行けば良いのに。

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