――翌々日。
 下僕と言う名の嘉山を引き従え、俺は登校した。すれ違う生徒達は嘉山の頬の湿布を二度見して、それから隣の俺を見て納得したふうに通り過ぎていく。
 嘉山を殴れるのは俺ぐらいだと認識されているらしく、ああ何かあったのかと思われているようだった。

「いーちゃんが休んだの、俺が激しくし過ぎたからだとか思われてたりしてっ」

 と言って悪びれなく笑う嘉山の足を、力の限り踏んでおいた。
 ここ最近の煩わしさですっかり記憶の彼方だったが、そういえば俺と嘉山が付き合っているという噂もあったのだった。不名誉だ。

「――よしはるっ!」

 教室に辿り着いた俺を出迎えたのは、ぐずぐずの涙声と、大型犬の突進だった。抱き着かれた衝撃で蹌踉けた俺を、横にいた嘉山が支える。

「……千影」
「うっ、う、よし、はる、」

 ほとんど泣きながら俺に抱き着いて来たのは案の定――というか考えるまでもなく千影で。千影の後を追うようにして、伊能が苦笑しながら歩いて来た。
 役員が二人揃って朝から生徒会室に詰めないでいいくらいの仕事の余裕は、まだあるということだろう。

「おはよう、白水、嘉山」
「ああ……ハヨ」
「もるげーん。ちーちゃんどうしたのコレ」
「ああ、ほら。白水、昨日休みなさったろう」

 伊能が言うには、昨日担任から俺が風邪で休みと伝えられるなり、まるでこの世の終わりのような顔をして泣き出したらしい。……ああ、容易に想像できちまうな……。
 そこでまた真山が騒いだようだが、これは関係無いので省かれた。段々真山に容赦なくなってきていないか、こいつ。

「心配で心配で授業も手につかない、仕事も手につかないでねえ。会長が見舞いにいったらどうだと言ってくださったんだが、怒られるから行かないと泣きながら仕事してたよ」

 多分、仕事放り出して見舞いにいったら俺が怒ると思ったんだろう。ただでさえ忙しい時期だから。
 まあ……怒りゃしねーが、生徒会は、とは聞いたろう。それが考えなしに放置したというなら兎も角、"生徒会長"から提案されたことなら、怒ることはない。

「……仕様のねえ犬」
「よし、はる……大丈、夫? 熱、もうない? 痛いのない?」
「どこも何もねえよ。大丈夫だからもう離れろ」
「ん……よかっ、た」

 盛大にベソかきながらふにゃりと笑った千影に、周囲のいくらかが和んでいた。おい誰だもらい泣きしてんの。

「あ、白水」

 驚いたような声に振り向くと、教室の後ろのドアのところには守川が一人で立っていた。
 守川は少し怖ず怖ずとした様子で近寄って来て、

「……風邪治ってよかったな」

 と言って、それをじっと見ている嘉山に気付くと身体を強張らせて自分の席に向かった。……お前役に戻りてえんじゃなかったのかよ。怯えてどうすんだ。
 嘉山が無表情じゃねえなら、見られてても特段気にする必要はない。

「……やっぱ王道総受けにはならないかー。固定カプの予感」

 ほらみろ、やっぱロクなこと考えてねえんだから。

「それにしても、優太、これで仕事に専念できるねえ」
「ん。芳春、元気だから、心配、あんまないの」
「はは、少しは心配残っていなさるか。……何だかねえ、少し羨ましいね、白水。優太にあんなに心配されて……ん?」

 苦笑しっぱなしだった伊能は、そこで初めて表情を変えた。
 目を瞬かせ顎に手を当てて首を捻っている伊能は、どうやら"千影に心配されて羨ましい"という自分の発言に疑問を抱いたらしい。
 視界の端で嘉山が小さくガッツポーズをしていたので、多分そういうことだろう。これはまた、先の長そうな二人だ。

「……席行こうぜ。いつまでも固まってたら、いい加減邪魔だろ」
「はーい」
「ん」
「そうさなあ。ところで嘉山、その頬はどうしなすった?」
「……聞かないで」
「どうせ、自業、自得……」
「うわあちーちゃんの呆れたような眼差しが心に痛い……! そうですよ自業自得だよ調子に乗りましたよごめんなさいね!?」

 移動しながらの会話に、嘉山は叫んだ後に頬を抑えて自分の机に突っ伏した。大袈裟に口を動かしたせいで痛んだらしい。ざまあ。

「だってせっかくの看病イベントだもの……定番ネタはやらなきゃ損だもの……」
「うるせえ」

 そうやって人で遊ぶから怒るんだっつの。
 うだうだと話したり、実行委員に模擬店に関して訊ねたり――射的は通ったという――しているうちに担任が現れてHRが始まる。
 真山はどうした、と訊ねた担任に、守川は「起きないから置いてきた」と答えていた。近頃は守川は、自分が遅刻するようなら真山を置き去りにすることを覚えたようだ。
 担任も担任で、真山への意識へなにか変化でもあったのか、それに対して過剰な反応を見せることもなかった。――というか、真山が来る以前に戻りつつあるというか。
 連絡事項を伝え終えた担任は、さっさとHRを終わらせて出て行った。出て行く時に、何故かドアから頭だけ出して左右を異様に警戒していたが、奴に何があった。
 ……と思っていたら、俺は嘉山の呟きを聞いてしまった。

「敬語眼鏡数学教師×ホスト系古典教師萌え」

 ……そういうこと、らしい。
 呆れた視線を嘉山の背中に送っていると、嘉山は気がついたのか急に振り向いて実に生き生きとした顔でその二人に起きたことを長々と語った。
 半分聞き流していたのであまり理解してないが、担任は数学教師に惚れていて、気を惹こうとして真山にちょっかいを出したらしい。子供か。
 嘉山の長話が終わってから壁掛け時計を見上げる。既に一限開始の一分前になっていた。

「俊哉っ!」

 ロッカーに現国の教科書やらを取りにいった後で、真山が憤慨しながら登校して来た。
 現れた真山は脇目もふらず、一直線に守川のところへ向かう。

「なんで置いてくんだよ!」
「お前が起きなかったからだろが」
「起こしてくれたっていいだろ!」
「起こしたっつの」
「な……起きるまで起こせよ! 起きるまで待っててくれたっていいだろ!」

 朝っぱらからうるせえな。
 真山の抗議に、守川は溜息をついて軽く頭を振った。そうしてから、真山を睨み上げる。守川は座っていて真山は立っているので、どうしたって真山の方が視線が上になる。

「甘えんな」
「な……」
「俺は友紀は寝汚ぇんだから早く寝ろって言ったのに、それを無視して夜更かししたのはお前だろ。手前が悪いのに俺を責めんな」

 何やら今日の守川は強気だ。教室内の全員が、半ば呆然とした様子で守川の方を見ている。
 始業のチャイムとほぼ同時に入って来た現国の聖夾竹(ひじりきょうちく)は、教卓に凭れて区切りがつくのを待つらしい。まあ、進行に余裕があるからこそだろう。

「な、なんでそんな……そこまで言う事ないだろ!」
「俺は真っ当なことを言ってるだけだろが。いーから席つけ。授業出とけ、静かに」
「っ、何だよ! もういいよ、俊哉のバカ! 謝るまで許してやんないからな!」

 と叫んで、真山は出て行こうとする。それに聖教諭が待ったをかけようとするも、真山は俺に気付いて急に方向転換しやがった。

「芳春! 昨日なんで休んだんだよ、寂しかったじゃないか!」

 担任が風邪だっつったはずだろ。

「耳元でがなるな、うるせえ」
「うるさくないだろ! 休んだりしたら駄目だろ!」

 サボりまくってるお前の口にして良い台詞じゃねーだろ。

「――おい真山、いい加減黙って席に着きやがれ」

 ちらと嘉山を見た聖教諭は眉を顰めて溜息をついて、ようやく仲裁に入る。嘉山が余程不穏な空気を醸し出していたのだろう。
 反論しようとした真山は、聖教諭に凄まれて、怯えたように着席した。
 聖教諭もホスト系だが、担任とは違って随分と凄みがある。嘉山情報では元ヤンで代理と同じチームだったというが。
 人をビビらせることには長けているようだが、それにしてもあの真山まで大人しくさせてしまうとは、いっそ恐ろしい。
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