Outside Stage



side:夏煌胤飛将

 校内の見回りを行っていると、特別棟三階の階段前でうろうろと行ったり来たりを繰り返している不審な三條と出くわした。

「……何をしている、三條」
「っ夏煌胤……」

 足音がしていたろうに、私の存在に今気付いたらしい三條は、駭遽(がいきょ)して私を見た。彼の文化人らしい手には、落ち着いた緑の携帯が握られてある。
 三條は足を止め、私と向き合う。何か言おうとしては口を閉じ、また開くといったことを重ねる。

「何だ。言いたいことがあるなら、言え」
「ああ……その……いや、これをあんさんに言うてもええもんか……個人的なことやさかいに……。いや、白水にも関わるのかもしれへんけど……」
「――白水? 白水芳春か」
「へえ……」

 頷いて、三條は落ち着かないのかまた右往左往しだした。
 三條の個人的なことが、何故あの白水に関わるのだ。
 …………ふむ。

「もしや、お前の叔母の件か」
「――! 夏煌胤、なして……」
「私を誰だと思っている。例の件ならば、私と涼月めは知っておる。無論代理もな」
「……ああ、春宮司家……。それやったら知ってはっても……」

 "春宮司家"なら知っていても不思議ではない、と納得する三條は、どうやら例の事件の後始末に本家様が関わったことを知らないらしい。

「それで、あの女がどうした。今は塀の向こうにいるのではないか」

 一応、声を潜めて口にする。どこに耳があるかわからないし、拾われてどう影響するか分からない学校だ。正直三條がどうなろうと興味はないが、その程度の配慮をしてやる良心はある。あの女から、白水の事件に辿り着かれても面倒だ。

「……ご存知やないん?」

 訊ねると、三條は虚をつかれたように目を瞬かせた。

「何をだ」
「その……」
「――飛将様!」
「っ?!」
「智昭(ともあき)か。何用だ」

 気配も足音も消し去って現れた私の守人、上野(わの)智昭に、三條がびくりと体を揺らす。私は慣れたが、智昭と親しい訳でもない三條は驚くことだろう。
 しかし珍しいこともあったものだ。智昭の気質は沈厚であるのに、焦りを表に出すなどと。
 ふと智昭の無骨な手を見ると、そこにも三條と同じように、智昭の赤い携帯が握られてあった。
 ――ふむ。

「今、葵様から連絡が……」
「――葵殿から?」

 葵殿といえば、理事長代理である若様の守人でいらっしゃる闥家の末子だ。時折校内にも、養護教諭としていらっしゃるが。
 分家には分家の連絡網があるように、守人達にもそれがある。
 だが葵殿から分家の守人――少なくとも私たちの世代の守人に連絡が入ることは、殆どない。我々が若様と行動をともにさせて頂くことなどほぼ皆無で、守人同士による警護の打ち合わせも必要ないからだ。各家の次期当主が一堂に会するのは年始年末か、或いは冠婚葬祭の折か。それでも若様のお傍に控えることは叶わない。未だに、私たちはあの方に気圧されてしまうからだった。
 普段ならまだ近寄りやすいが、次期当主として佇む若様はあまりに気高く美しく、その輝きには夏煌胤家嫡男として教育されて来た身でもお傍へ侍ることが躊躇われるほど…………いや、話がずれたか……。
 兎も角、葵殿から智昭に直接連絡が入るのは、かなり珍しいことなのだ。
 智昭はちらと三條を一瞥してから、私に耳打ちをした。

「三條の叔母が、仮釈放されたそうでございます」
「――なに」

 思わず瞠目し、囁かれた内容が聞こえただろう三條を見る。和の趣きを体現したかのような男は、硬い表情で頷いた。

「……どう言う事だ」

 その連絡が本家様からではなく葵殿から智昭に入るのは、本家様がご多忙であらっしゃるからだろうと容易に察せる。側に侍る機会がない、とはいっても、やはり次期当主世代を取り纏めるのは若様なのだ。そして我々の守人を統括するのも、若様の守人でいらっしゃる葵殿となる。
 智昭は険しい顔をする私を気にすることなく、調査中でございます、と低い聲で言った。

「調査するような不審があると――?」
「人物が人物だけに――ああ、失礼」
「……かましまへん。あの人がとんでもないことを起こさはった、っちゅうんは、事実やさかい」

 甥を前にしての発言に智昭は表面だけで謝罪し、三條は苦笑して先を促した。

「仮釈放に至るまでには、何の不審も。ですがその審理が行われるということを、本家様は直前までご存じなかったと葵様は仰っておられました」
「何……? あの女の動向に関しては本家様はもとより、"秋大路"が監視していたはずではないのか」
「左様でございます。――本家様、秋大路両家の目を眩ませた何者かが存在していると、断定して宜しゅうございましょう。でなければ事前に察知出来ないはずはございません」
「ほお……」
「羽鳥が言うには、あの女の罪状をあらためた形跡があったとか……。そこから例の事件を辿ったような痕跡も認められたと申しておりました。白水芳春への審理開始の通達が届かなかったようですが、これは単なる郵便事故のようでございますね」

 羽鳥というのは、涼月めの守人だ。言動も態度も軽い男だが、涼月への忠誠心だけは性質に反している。羽鳥が言っていたということは秋大路で調べたことなのだろう。
 ……ということは、本家様に対しての敵対行為の可能性は低くなった、か?
 いや、例の事件から本家様の足下を崩そうという馬鹿を考えた可能性も否定出来ん。
 いずれにせよ秋大路は兎も角、本家様の目を欺いたのは許し難い。本家様が庇護する白水芳春に、仮に邪念もって手を出そうというのなら、それだけで本家様への敵対行動だ。

「そない大事なもん、郵便事故やなんて……」
「まあ、そこは納得いかんが。貴様も今知ったような風だったろう」
「あ、ああ……へえ。実家の祖父と父には届いたようどすけど。あてには事後報告で、今さっき父親が電話を。……白水は知ったはるんどっしゃろか……」
「さすがに白水の祖父母が連絡したと思うが――智昭?」

 智昭ならその辺りの確認もしているだろう、と智昭を見るが、しかし智昭は首を横に振った。

「あの一件は白水のトラウマですから、わざわざ報せて悪夢を甦らせることもないと判断したようでございます」
「……そうか」

 それは白水が仮釈放を知ったとき、奴の精神に余計な負荷をかけるようなことにはならんだろうか。……別にあいつを心配する訳ではないが。
 ひどく憎たらしいが、若様は白水に期待しておられるのだ。こんなところで倒れられて、若様の期待を裏切ってもらっては困る。

「……涼月に会いに行くか」

 恐らく涼月めにも伝わっているだろう。この件について話し合わねば。

「ではな、三條。……白水には伝えるなよ。あちらの祖父母の配慮を、無駄にする訳にもいくまい」
「へえ。ほな……」

 その配慮が凶と出るかもしれんが……さて。
 兎も角今は、涼月と首謀者について私たちの方でも探らねば――。
 そのことばかりに気を取られていた私たちは、どうやらまだまだ未熟だったらしい。第三者の気配にすら、気付けないなどと。
side end.

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