俺と五瀬は、血の繋がった実の兄弟だ。片親が違う、などということもない、本当の。
 優秀な弟が何よりも誇らしく、会う奴全員に自慢して回りたいぐらいに俺は五瀬が好きだ。俗に言うブラコンというやつだろう。初等部に入ってからはそんなにべったり出来なくなって、五瀬不足だと唸っていたような覚えがある。その代わり、家の中ではウザがられるほどくっついていたが。
 ――それが壊されたのは、俺が六年に、五瀬が五年に上がる春休みだった。
 夕食の時唐突に俗物、もとい祖父が、五瀬を捨てろと言いだしたのだ。男児は一人でいいと。
 親父殿が理由を問い質せば、争いの火種になるようなものは要らないと宣った。家督は嫡男にしか継がせない、とも。
 俺には何故爺がそんな事を今更言い出すのか、理解出来なかった。家を継ぐのは長男である俺、と言うのはかねてより言われていたことで、誰もが承服していた事だというのに。
 爺は重ねて言った。「相続争いを齎すものは要らん」と。
 何となく分かった。――五瀬は、俺よりも出来が良い。だから五瀬を擁立して、派閥争いを仕出かす輩が出るのを嫌がっているんだと。
 そんな気配はないと言う祖母や親父殿、お袋殿の静止も聞かず、爺は五瀬を捨てろと喚き、終いには五瀬に汁物の入った椀を投げつけた。
 これにブチ切れたお袋殿は二日と要さず親父殿と話を纏め、五瀬を連れて実家――吉良家に帰った。
 初等部はまだ街中にあったから、両親が離婚したって噂はそう広まらなかった。ゴシップに食いつく程、誰も退屈していなかったというのもある。五瀬が俺の弟だと知っていて、かつ覚えている奴はさほど多くないはずだ。顔も五瀬は祖母の母方(イギリス)の血が強くて、兄弟と分かるほどは似ていないし。俺も割と出ている方だが、成長するにつれて髪の色も濃くなったから、言わないとクォーターとはわからないかもしれない。

「……まぁ、確かに当時は爺を怨んだがな。あの糞どうしてやろうかと」
「その割には、わざと成績下げたろ。今だってFになるようにしてる」

 五年に上がってから五瀬は、優秀さを隠すようになった。勿論教師達は訝しんだが、親の離婚で拗ねたか何かだろうと結論付けたようだった。
 一方で俺は、より勉学に励んでいた。何でもそつなくこなせるように努力した。だって五瀬がその明晰さで追い出されたと言うのに、長男というだけで将来を約束された俺が不出来じゃあ、五瀬に顔向け出来ないだろう。

「……あんたのためかな」
「え」
「兄貴が、爺にとやかく言われることを減らそうと思った。俺が不出来でいりゃあ、爺も兄貴に嫌味を言わないだろうと、幼いなりに考えたんだよ」
「五瀬……」

 だから俺は今でも、これからも努力することを惜しまない。何もかも、五瀬のために。
 そんな俺を、五瀬は「ウゼェ」と評する。

「爺のことはな、白水の絵を見たら、それはひどくちっぽけでとるに足らないことのように思えた」
「……白水の?」
「昔から、あいつの絵はそうだ。どんなに柔らかくてもあたたかくても明るくても優しくても、その裏はいつも悲しい。あいつは泣いてんだ、本当はずっと、本人さえ知らないままに」
「そう、か……」

 あのいつもつんと澄ましたような男にも、なにか抱えているものがあるのだろう。だから、五瀬はなおのこと白水に執着するのかもしれない。
 不思議な絵を描く奴だと、何となく俺が気にかかっていたように。それ以上に。

「白水の静かすぎる慟哭に比べたら、少なくとも俺にとっては、爺のことなんざ、どうということもない……。俺は少しも、あんたのせいで泣く暇もなかったしな。兄貴は本当にどうしようもないくらいにウゼェが、そう言うのも含めて、俺はあんたが好きだよ」
「っ五瀬……!」
「言っとくが、今出て来たら問答無用で殺すぞ」

 五瀬の言葉に感極まって出て行こうとしたら、気取った五瀬に釘を刺された。
 つまり、今顔を見られたくないと言うこった。照れているんだろう。
 久々に見たい表情だが、見たら容赦なく殴られるのは目に見えているので、自重しておこう……。
 手加減無く殴られるのは御免なので大人しく湯につかり直して気付く。
 ――心は、いつの間にか凪いでいた。

side end.

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