雨水に心を浸す



 六月上旬、金曜六限のLHRで俺は教壇に立ち、教室を見渡した。殆どの奴が期待に胸躍らせているといった風な目やら顔やらをしていやがる。

「っしたら、これから文化祭の出し物について話し合う。意見があれば挙手をしろ。――そこ、模試の勉強はひとまず後にしやがれ」

 来週ある模試に備えて、話し合うっつってんのに勉強してやがる奴らをねめつける。必死なのはいいが、少しは協力しろ。
 その勉強してた塊のひとりが、のんびり挙手した。

「ッて言われても、喫茶店とかお化け屋敷くらいしか思い付かないよ」
「喫茶店とお化け屋敷〜。……はぁ、超ありきたりすぎっしょ」

 俺の背後で書記しながら不満を零した嘉山に、村上が首を傾ける。

「じゃ、嘉山は何かあんの?」
「……。……混ぜちゃえば? カフェ・ホラーハウスとか」
「何をどうすんの、それ」
「焼け爛れたナースが紅茶を淹れてくれます」
「……やだよそんなん」
「つーか嘉山……だけじゃねえが、女装は控えろ」
「えぇっ!?」

 女装禁止令を持ち出すなりクラスの大体半分がガタガタと立ち上がった。背後の嘉山は絶句している。打ちひしがれている担任は、大方真山に女装させようとしていたのだろう。
 ちなみにその真山だが、午後からまるっと行方不明だ。どうせ探検だのなんだの言って、校内を徘徊しているんだろう。守川は捕まえることを諦めたらしい。まァ放浪してる分にゃ、俺らに迷惑かからねえし。

「だッ、断固反対ーッ! 俺いーちゃんに……」
「俺に女装させようと思っていた――とはよもや言うまいな、腐れ蜜柑」
「思ってません!」

 にっこりと嘉山を見上げて笑ってやれば、嘉山は機敏に黒板に向き直った。それでいい。
 前を向き直り教卓に手をついて、あらためて教室を見渡す。女装禁止に親衛隊連中が不満げだ。

「あのなあ……。どうで女装なんて他がやるンだ。クラスのコンセプトを女装系にしてその上飲食店にしてみろ、絶対に被るぞ。……まあ二、三人なら構わねえが、女装メインは止めろ。そうでなくとも飲食店やりてぇってクラスは多いんだから。それを踏まえた上で意見のある奴、いるか」

 どうせやるなら、余所のクラスと似通わないものが良いだろう。去年は何故かクラシックなメイドでクレープ屋だった。食べ歩き出来るようなものじゃなく、皿に載せて出す形の。そもそもこの学園の奴らには、食べ歩きと言う概念があまりない。地域の祭の出店さえ後込みするような奴らなのだ。
 発案者がどういう経緯でその発想に至ったかは分からないが、所謂萌え系のメイド服ばかりの中で、中世ヨーロッパを思わせる正統派メイド服は好評だったらしい。……ちなみに俺は着ていない。断固拒否した。
 発言を締めてから一拍、俺の親衛隊の小美玉絆が挙手をした。

「あのっ!」
「小美玉」
「僕、射的がやってみたいです! エアガンで的撃って、高得点ほど良い景品がもらえるとか。景品はみんなで持ち寄って、それが自社製品とかだったら宣伝にもなりますし!」
「エアガン、ねぇ……風紀やらから却下されそうだが」
「うーん、説明すれば、或いは……。使うとしても子供用エアガンですから、大人用より威力は全然劣りますし。まあ、注意が必要なことに変わりはないですけど……。ダメだったらお祭りで使ってるって言うコルク式にするとか」
「それだったら軍服着よう!!!」

 小美玉を遮る勢いで、黒板に案を書き終えた嘉山が叫んだ。……うるせえ……。つうか、何が"それだったら"なんだよ。

「俺前からいーちゃんにナチス親衛隊の制服着せたかったんだよね。鞭は勿論装備してもらって」
「……ッ白水様になら拷問にかけられても良いです!」
「き、絆落ち着いて!」

 思いあまって叫ぶ小美玉を、小美玉の友人である里美詠が宥めている。奴もなかなか苦労しているようだ。
 小美玉(と言うか、俺の親衛隊の奴ら)が落ち着いてから他に案がないか聞いたが、どうやら小美玉の意見に興味がわいたらしく、射撃がいいと言う声だけだった。担任が真山にも軍服着せろと口を挟んできたが、嘉山が

「あのもさもさに似合う軍服なんかこの世のどこにも存在しないから却下」

 と一蹴していた。

「……それもそうか」

 と拒否理由に納得してしまう担任は、本当に真山を好きなのだろうか。
 とりあえず多数決を取って、1Aの出し物は射撃で決定した。軍服コスプレなので射撃訓練場と嘉山が言ったが、だったら警官コスプレのほうが似合うのではないだろうか。
 エアガンは里美所有の小美玉の実家のもの(かなり精巧でその筋じゃ国内最高峰とまで言われているらしい)を使用させてもらう。

「貸すのは全然良いけどさ。エアガン却下された場合どうしよう? 僕、コルク式は持ってないから用意できないんだけど」
「あ、うちそれ作ってる。借りられるかどうか交渉してみるよ」
「コルク栓なら、うちの系列で作ってますぅ。絆ちゃんのがダメだったらぁ、安値で買えるよう交渉しますねぇ」

 ……小美玉にゃ悪いが、コルク栓式で進めた方が許可も下りやすそうだな……。BB弾使うエアガンじゃ、いくら子供用っても学園にゃ低脳な馬鹿もいるんだ、当日は兎も角、悪さしたがる輩が出るだろう。
 俺が代表してるクラスの出し物で使うもんが盗まれ悪事に使われた……なんてことは、ありうべからざることだ。んなことになったら絶対ェあのクソババァがそれ見たことかと難癖付けてくるし、嘉山の両親や春宮司本家(あと一応白水の祖父母)にも申し訳ない。

「……ちーちゃんに聞けばよくない?」
「あ」
「あ……」
「ちーちゃん……気付こうか、最初に」

 そういえば、千影参加してたんだった。いるんだったらエアガンの許可下りそうかどうかは生徒会役員に聞けばいいじゃねえか。
 声を漏らした通り「あ……」って顔してる千影……と、一応(傍観していた)伊能に視線をやった。

「たぶん、だめ、かも」
「そうさなぁ、不良だとか落ちぶれたのだとかが、盗みでもしちゃあ大事だからねぇ。いちいち持ち帰ればその点は安心だろうが、風紀や教師の説得の手間を考えれば、端からコルク栓式で考えた方が早いだろうさ。あと……友紀が絶対触りたがるだろうけども、悪い意味で危なっかしい気がするし」

 苦笑する伊能に、クラスの大半が、だよな……と頷いた。真山にエアガン触らせたら誤射だの何だの絶対問題起こす。そしてエアガン壊す。

「射的、は、さんせい……」
「うん。だからねぇ、コルク式にするなら会長たちの説得は任せておくれよ。せっかく皆がやりたいと言いなすってんだ、通してみせるからねぇ」

 ……何だこの伊能、どうした。今までなら任せろだのやってみせるだの、そんな事は口にしなかったろうに。
 内心首を傾げながら伊能を見ていたら、奴は何故か笑った。悪いものではなく。

「小さな事から、ちょっとずつ頑張ってみることにしたのさ」
「あ……?」

 明らかに俺に向けての声に、伊能親衛隊がはっと伊能を見て泣きそうに笑った。奴らには心当たりのあることらしい。

「……何かは知らんが、まあ、いいんじゃねえの」
「有り難うよ、白水」

 何で俺に礼を言う。真山の王道効果なんじゃねえのか?

「……で? 結局軍服は着るのか?」
「当然でしょー!」

 妙な空気を取り払うことを兼ねて話を進めれば、嘉山が張り切りだした。

「うちの子会社にコスプレ用の軍服作ってるとこあるから、そっから出来合いの借りよう。サイズは限定されるけど、オーダーメイドじゃ経費馬鹿になんないし、後で使い道も軍人プレイ以外ないだろう……し……」
「どうした」
「……下剋上軍人CPっていいよね……!」
「黙れ腐れ蜜柑」

 一体何を妄想した。何でこいつ普段からこうなのに人気あるんだよ。
 ――俺らがどうして衣装やらを自分で作らないかといえば、一般公開の目的のおおよそが自社(或いは系列、子会社)の宣伝だからだ。そうだとはっきり言われるわけではないが、二日目だけ至る所に生徒の実家の会社のパンフレットが置かれてあれば察するには十分だ。
 というか、でなければ良家の子息がゴロゴロしてる銀蘭で一般公開なんてデメリットが目立つことはしないだろう。

「気を取り直して! いーちゃんはSSでしょ、他はどうしようねえ」
「俺も、芳春と、いっしょがいい」
「似合うだろうけどちーちゃん、接客してる暇あるの?」
「ちょっと、だけなら、たぶん、きっと……?」
「見回りがあるから、難しいんじゃないかねえ」

 特に二日目は、と言う伊能に、千影がたちまちに落ち込んだ。伊能の頬が焦りを孕んで引きつる。

「ま、まあ、初日だったら暇も見繕えるんじゃないかね。そうしょげないでおくれでないか、優太」
「生徒会……仕事……どかーん……」
「会長たちもそんな鬼じゃないから、クラスに参加する時間くらいはくださるよ。な、いじけなさんな」

 余程参加出来なさそうなのがショックだったのか、千影は机に突っ伏した。そんな千影の隣の伊能は心なしか必死で千影の気分を持ち上げようと、頭を撫でてやっている。

「……なにこの空気……ちーちゃんったらいつの間に伊能フラグを……。なあにヘタレ遊び人×舌足らずわんこなの? それともチャラ男受けなの? 俺としては純真わんこ受けがいいなぁ。俺ちーちゃんは絶対わんこなにゃんこだと思うから。攻めとご主人様が別人っていうのも美味しいし!」
「……お前うるせえ」

 誰かこの腐男子を黙らせろ。

「ちーちゃんもSSで良いとして、そうしたら伊能は連合側の軍服かな」
「え?」
「ナチスに捕らわれた敵軍の将って裏設定で、そこで出逢ったちーちゃんにいつしか心惹かれて愛してしまう……! 一方でちーちゃんも伊能のことばかり考えてしまうようになり、伊能が捕虜になってから暫くしたある日――」
「うるせえって言ってんだよ黙れ腐れ蜜柑が!」
「いたたた!!! ぼ、暴力反対ですいーちゃん! 髪引っ張らないで禿げる!」
「禿げちまえこの腐れ野郎!」
「ある日何なんだね、気になるんだが」
「一緒に逃げようって、戦争なんか関係ないとこに逃げて二人で暮らそうって愛の告白をね、痛い痛いマジ禿げる!」
「伊能聞くな、馬鹿も答えんな、話が進まねえ」

 告白された受けの葛藤がまた萌えるんだよ、とうずくまって頭を押さえる嘉山が涙声で言ったが、これは無視する。

「かやま……白い、SS……」
「ああ、似合いそうだねぇ」
「えー? 白だったら俺、旧海軍士官がいい、第二種軍装の」
「じゃあお前はそれな。他に軍服で接客したい奴がいれば希望言ってけ」

 ちらほら手が上がって、誰某にはあれが似合うだの、自分はあれが着たいだのいう意見が大体出揃った。何でかWW2時代に偏ったので午前は枢軸、午後が連合とも分けてしまう。

「内装は……」
「あ、白水さ、何か描いてよ。看板とかに」
「――あ?」

 クラスメートの言葉を聞いた途端、嘉山と千影が固まった。嘉山のあからさまな無表情に、発言した奴は狼狽える。

「え、あ、美術部で手一杯とか?」
「いや……そっちは別に問題ない。分かった、請け負う」
「っよしはる……」

 千影が、慄然と俺を見上げる。本当に今描くのかと。普段の深層と今の感情が混ざり合った奇妙な感覚の絵を。

「……大丈夫だ」
「いーちゃんがやるってなら止めないけど。集客力あるのも確かだし」
「かやま」
「俺としては、是非とも軍人×軍人を描いてほしいかな!」
「自重しろっつってんだろ誰が描くか」

 拗ねたような顔から一瞬でいつものアホ面になったことで、クラスの連中が安堵する。伊能や守川はまだ引っかかってるらしいが、いちいち話すことでもないだろう。
 そのまま内装について話し合い、内装班を決めたところでチャイムが鳴った。SHRは連絡事項もないというので省略された。
 出し物はもう決まっているので申請書を書いて千影に託す。尚も不安がる千影にもう一度大丈夫だと言い聞かせて、俺はいつもの大樹へと向かった。
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