side:龍鳳寺アシル

 急ぎの仕事をなんとか――いや、なんとか、なんてことはなく片付けて、ふと時計を見上げると、短針は何と七の位置にあった。

「おや、もうこんな時間かね……」

 僕と同じようにした誠吾は、疲れを滲ませた声を吐き出した。一瀬たちも誠吾の声に時計を見て、深い息を吐く。一日中生徒会室に缶詰だったから、さすがに僕も疲れた。
 目頭を揉んで、背凭れに身を預ける。誠吾の一言で集中が切れたか、皆溜め息を吐いたり首を回したりしている。
 これだから、イベント前っていうのは嫌いなんだ。遅くまで生徒会室に残って仕事仕事仕事……。疲労で僕の美しさまでが衰えてしまう。

「……今日はもう開くか」
「ん……いっぱい、した」

 疲れを顕に一瀬が言えば、千影がそれに同意した。僕も賛成だ。無我並の集中が切れた今、これ以上は多分、やっても非効率的だろう。
 何となく携帯を取り出して開くと、画面には新着メールが一件ある、と表示されていた。受信は三十分ほど前。
 家族からかな……と思いながら開いたメールは、驚いたことに、なんと愛しい愛しい友紀からのものだった。完璧な不意打ちだ。
 友紀かもしれない、なんて思わなかったのは、アドレスを交換しても、あちらからメールしてくることがなかったからだ。いつも僕が他愛ない内容を送って、メールで雑談する。友紀がメールしてこないのはきっと、毎日会って話してるし、メールより顔を合わせて話すほうが好きだからなんだろう。
 胸を躍らせながら開いた友紀からの初めてのメールは、なんとも嬉しいことに、今度一緒に食事をしないかという誘いだった。今忙しい僕を気遣ってか、時間がゆっくり取れる時に……とある。

(友紀が望むなら、今すぐだって飛んで行くよ)

 友紀が望むことは何だってしてあげたい。守ってあげたい。愛おしい。――ああ、こんな気持ち初めてだ。
 初対面で僕を、兄さんの影に隠れる《僕》を見つけ出してくれた友紀。初めて、あの立派な兄さんを通さず《龍鳳寺アシル》という個を見てくれた友紀。僕は友紀に見つけ出してもらって、こんなにも救われた。歓喜びを貰った。光を貰った。
 ――僕は兄さんみたいに、立派になりたかった。兄さんを見倣えばそれが叶うと思っていた。
 でも僕はいつの間にか《兄さん》を演じていて、《僕》を殺していた。僕は兄さんの〔ように〕なりたいのであって、兄さんになりたいんじゃないのに。友紀が僕の笑顔を指摘してくれなかったら、きっと僕は未だそれに気付けていなかっただろう。
 だから、今度は僕が友紀に与える番なんだ。喜びを、心の安らぎを。大好きな友紀に。

「――おい、アシル」
「ッ、……ああ、何、一瀬?」

 携帯をみつめたまま思考していると、一瀬がドアのほうから声をかけてきた。気付けば生徒会室に残っているのは、僕と一瀬だけだった。

「鍵閉めてえンだけど」
「ああ……うん。出るよ」

 ――と、一瀬にせっつかれるまま腰を上げ、ともに生徒会室を出たところで気付く。

(……オートロック……)

 そう、生徒会室の扉は――重要な部屋はもれなくそうだけれど――、オートロックだ。わざわざの施錠なんて必要ない。つまり、声を掛ける必要もない。
 一瀬はひどくマイペースで、必要性の感じられないことは絶対にしない。その一瀬の不必要な行動が妙に心に引っ掛かって、何事もなかったかのように隣を歩く一瀬の顔を見上げる。
 どうして、鍵を閉めたいなんて言って、僕を生徒会室から追い出した? 僕が一人で生徒会室に残ることに不都合でもあるというの? 不安があるとでも。
 この僕を――信用していないとでも?

「……妙だと思わねえか」

 僕の疑いの視線に気付いたのか、一瀬は前を向いたまま発言した。

「妙って、なにがだい」
「……静か過ぎる」
「そりゃあ、ここは一般生徒は立入り禁止だし、そもそもこんな時間じゃあ誰も残って、……っていうことじゃあ、なさそうだね」

 静か、か。騒がしくないってこと……だよね。騒ぎがなく、落ち着いているっていうこと。

「……親衛隊のこと?」

 この学園で騒ぎといえば、不良同士のいがみ合いか、親衛隊のくだらない制裁を指すのが殆どだ。不良のほうは僕らとは関わりないから、一瀬が言うのは違うだろう。……まあ、補佐の望月と圷は、底辺クラスにいないだけの不良らしいけど。
 今一番騒ぎがあっておかしくないのは親衛隊だ。もちろん、友紀のことで。
 一瀬は僕の答えに肯首して、また「静か過ぎる」と言った。僕を追い立てたのは、この話がしたかったからか。

「友紀が僕に相応しいって、親衛隊の頭でも理解できたんじゃないの? っていうか、僕のところは、手を出すなって言ってあるし」
「……《裏》の動いた気配すらないのは? 嘉山のところが大人しいのはどう説明する」
「ちょっと、僕の前であの気狂いの名前出さないでよ」

 名前を聞いただけで不愉快なんだから。……だというのに友紀は、なんであの気違いなんかと仲良くしたいなんて言うの。あんなのと仲良くしたら、きれいな友紀が汚されてしまうのに。

「はあ、まあそれはそれとして……ほかのやつらも、友紀に制裁は不要だって理解ったんでしょ」
「……真実そうなら、良いんだけどな……。お前、真山が心底大事なら、あれの身辺に気を遣っておけよ」
「それは当然だよ。友紀は僕が守る」

 友紀はすぐにひとを惹きつけて仲良くなっちゃうから、貞操のほうも心配だし……ね。なんたって友紀にまとわりついてるのは親衛隊持ちのセフレ持ちばかり。いつ襲われるかと気が気じゃないよ、まったく。
 ああ、そういえばさっきのメールに返信するの、忘れてたな。友紀の望むときでいいよ、と返すとして……、この初めての友紀からのメールは、保護をかけておくとしよう。……あと、外部メモリへの保存も。それと私用のパソコンにも転送しておくべきだよね、やっぱり。なんたって、初恋の人から初めて送られてきた記念すべきメールなんだから。
Side end.

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